二ノ八.畏怖
*絵美佳視点です
その日の夜、成瀬が日本へ戻った後にウトゥヌに会いに行った。
神殿に来て日は浅いけど、ウトゥヌがよく時計台に居る事にアタシは気付いてた。
他の人には見えないだろうけど、小さなテラスにもたれかかってぼーっとしているのを見かける。
時計台は街と本殿をつなぐ門をくぐった先の、中庭の脇に建っている。
てっぺんは小さな部屋になっているから、もしかしたらそこに寝泊まりしているのかもしれない。
「おや、絵美佳。こんな時間にどうしたんだい?」
「ちょっと話があってさ。アンタいつもここにいるだろ」
ウトゥヌは面白そうに片方の眉を上げた。
「よく気付いていたね。ここから眺める街が好きなんだよ」
ウトゥヌが動かした視線を追うと、テラスから外を望めた。
確かに遠くまでよく見える。この辺りではこの時計台が群を抜いて高いみたいだ。
近くの飲食店に出入りする人や、歌いながら歩く酔っぱらい、小さな灯りの民家、遠くに続く林やそのもっと奥の海、それらを照らす星月夜。
おとぎ話の挿し絵みたいな風景だ。
「へえ―――うん、いいね」
なにがとは言わなかったけど、ウトゥヌは満足そうに頷く。
言葉を省いても話が通じる相手ってのは、なかなか居そうで居ない貴重な存在だ。一緒に居て楽で良い。
「気に入ってもらえたようで嬉しいよ。それで、話というのは?」
「ああ、うん。あのさ。王子と成瀬が変なの、気付いてるよな?」
当然だろうけど一応確認してみると、ウトゥヌは真顔で小さく頷く。
「それってやっぱヴィエナちゃんのせい?」
「分からないな。けれど、おそらくはそういうことなのだろうね」
ウトゥヌなら何か知っているんじゃないかと思ったけど、当てが外れたみたいだ。
「そっか……。じゃあなんで凹んでる成瀬を放っておくわけ?」
瞬間、一気に下がる体温。
身体の中心が痛いぐらいに冷たい―――やらかした!?
いつも皆の保護者や先生みたいに穏やかな態度で、飄々とした雰囲気を崩さないウトゥヌ。
その彼が殺気立っている。
知らずごくりと喉がなった。無意識に後ずさる。
これが神への畏怖というものか―――。
そんなアタシの様子に気付いたのか、彼の表情が少し緩む。
けれど、その声音は普段より低く暗いものだった。
「―――歯止めが、きかなくなる自信があってね」




