遊戯の終了と清算
後半戦が開始され、檜が早速小向先輩にパスを渡す。
「さてと、シンがこの2年でどう変化したのかお手並み拝見」
クマのある目を下に落として、英理はハーフタイムの間に買ってきたらしい缶をあける。
私にはアイスティーを置いてあるのは配慮か。
猫舌なのになんでホットコーヒーなんて買うかな。
冷ましながら見るつもりなのだろうか。
「え」
あっという間のポイントだった。
もらった瞬間とほぼ同時にロングシュートを決めていた。
「ほら、次行くよ」
淡々と小向先輩は次の点のためバスケメンバーに声をかける。
「なんだ、色ボケしたかと思ったらそうでもない」
「ボケるのは俺の文が担当でね。ギルこそトミーにかまけて、たるんでるんじゃないか」
「はっ!よく言う」
なじみ同士で火花が散ってる。
ボケ担当か私。
ボケてない、むしろ突っ込みどころが多いのはあなただ。
「ひのきー、先輩たちー、小向先輩に負けずにがんばれー」
「アイちゃんそれこのタイミングで言う?!」
「え、なんで?」
「おー会田さん俺らがんばるぞー」
「会長ばかりに活躍とられるのもな、つまらん」
油を注いだらしい。
東泉と西平の応援にも熱が入る。
教師陣も見守り、前半に離れていた点数差がジリジリと近づいた。
「すごく、気持ち悪いほど、青春」
声援の向こう側で、英理が顔を無表情にしてかすかにつぶやいた。
聞こえたのは私ぐらいだろう。
「このシーン作ったの英理なら、誇ればいい」
「ギルにも言われるんだけど、理解できない」
「感覚でも?」
横目で見た英理の顔はさびしそうで、うなづくが見えた。
「……携帯、赤外線通信使える?」
「ん、あるけどやり方理解してない」
「勝手に入れとく。姉のもね」
彼女の取り出した携帯電話に私と姉の電話番号を登録する。
「いいのに」
「英理のいいのにはよくないいいのにだ。私のしたい事だからいいの」
「こどもみたい」
実際まだまだ未成年だ。
残り20秒で点数は同点、次に入れたほうが勝ち。
興奮はピークまで来ていた。
体育館の空気が薄く感じて、息があがる。
良い意味で心臓に悪い感じがたまらない。
ボールは西平だ。
東泉が勝つためにはボールを手に入れてゴールに入れなければならない。
小向先輩と檜が何か雑談して別れた。
笛が鳴り、西平のボールは当然のように白糸さんのところへ行く。
ボールを持って駆ける白糸さんを止めるのは小向先輩で。
「ギル!」
鋭い少女の声に反応するように白糸さんが小向先輩の横を抜ける。
白糸さんの体が宙に浮いて、ダンクが決まった。
それさえも計算済みなのだろう。
ゴール下で落ちてきたボールを受け取った檜は、歓声のやまない中で審判の笛と共に小向先輩に向かってボールを投げた。
残り7秒、でも小向先輩がもっとも得意とするのは3Pシュートだ。
誰も反応できない中で、ただ一人彼だけが理想的なフォームで動いた。
試合終了のブザーがなる。
放たれた球は静かにゴールの輪の中に納まった。
爆音に体育館が包まれる。
思わず耳を押さえたが、それでも振動として全身から熱狂が伝わってくる。
……本当に勝ったよ。
さすがにもう一度2階から飛び降りるのはやめて、ちゃんとしたルートで1階に下りる。
人ごみを分けて、3年の先輩たちに撫でくりまわされもみくちゃになっている小向先輩のところまで行った。
「ごめんなさい。失礼」
途中前に進めずにいると、私を知っている生徒会のメンバーが道をあけてくれた。
お礼を言って、コートのそばまで進む。
「おい、さらりとブザービーター決めるなよな晋作」
「いや、でも逆転の方法があれしか思いつかなくて」
「考案会長です」
「やっぱりお前すげえ」
男子に嬉しそうにぼっこぼこにされている彼は苦笑いしている。
このまま気づくまでいようかと思ったら、声かけてあげてと2年の先輩に言われた。
「小向さん」
そう声をかけると彼が笑顔で振り返った。
「文」
嬉しそうに彼は私を抱きしめる。
力加減をあまり考えてないのか苦しいが、まあいいかな。
「勝ったよ勝った!ギルに勝った!」
「おめでとうございます」
私のあごに手を添えて何を……。
「っ?!」
柔らかい唇の感触に体を強張らせる。
「ありがとう、文。お礼」
「あ……」
キスをされたと理解した瞬間に、思いっきり彼の足を踏んでいた。
「何すんだこの馬鹿!!」
「え、キスだけど」
「いつ許した?!」
「俺はしたいときにするだけだ」
それでお礼とする馬鹿なんですねあなた。
彼の腕の中から抜け出し、張り手を打ったが片手で避けられ受け止められた。
「これでデートだ」
「反省の色が見えない」
彼から向きを変えて、檜らのもとへ歩いていく。
「檜、お疲れ様。ありがとう」
「いーよ。アイちゃんこそ大丈夫?」
「そんな檜が癒し系だ」
その大きな体に抱きつく。
「え、あ、アイちゃん?」
「口直し」
最悪だ最悪だ。
「文、檜が困惑してる」
「千里ー私のファーストキスが……」
その一言で千里は理解し私の頭を軽くたたく。
「犬にかまれたと思えばいい」
「くあああ、馬鹿先輩めぇえええ」
そんな私の後ろで小向先輩の声が聞こえる。
「やったね、会田さんのファーストキスをゲットだよ」
「その代わりにお前の上がった好感度が急降下だけどな」
「会長、それだから中学のときから一定の距離取られるんですってば……」
油断するとすぐこれだ。
檜のタオルで口元をぬぐって、落ち着くことに集中した。
「落ち着いたか、会田」
「ちょっとは。久星、あれの暴走を止めて」
「お前がもう少し自重するか節度を持ったら変わると思う」
「だから黙ってれば伝説なんて作られるんですよ」
「あのね、私彼に何十回と付き合わないって言ってるんですけど」
「男にも女にも甘いからな、文」
言いたい放題だ。
「文ちゃん、ギル」
声をかけられて顔を上げる。
白糸さんと英理がそろって立っている。
「トミー」
「お久しぶり、シン。最近遊ばなくなったからどうかと思ったけど元気で何より」
小向先輩は英理を目の前に、ちょっと迷った後に私の隣に立った。
「聞いて良い?」
「何?」
「どうして、ギルにパワーリストつけっぱにさせた?」
「パワーバランサー。ただギルがはずさなかっただけ」
白糸さんは苦笑して小向先輩に指摘された足につけていたリストをはずす。
「いけるかなと思ったんだけどな。いい子じゃん文ちゃん」
「楽しければいいってのは相変わらずだね。トミーが心配だ」
「存在だけなら大丈夫。駄目だったら死ぬだけ」
冗談には聞こえなかった。
「英理。彼氏いい人みたいね」
「ありがとう、文もそう思う?」
「少なくとも付き合ってもいないのにキスする馬鹿よりましだ」
「やっぱり。シンはもうちょっと叩いても頑丈だよ。叩いたこと無いけど」
生徒会長たちは閉会式に向けて移動したのを見届け、白糸さんのほうを見つめる。
片付けの指示を彼は出してから私と少しだけ話す。
「トミーに、文ちゃんと知り合いってきいたら」
「はい」
「珍しくあいつがよくしゃべる。いい思い出らしい」
「私は英理があなたの横でいいのかまだ判断に戸惑っています」
「はは。シンの選んだ子だ。それぐらいで丁度いいさ。悪いやつじゃないんだ、晋作は」
「わかってます」
「頼んだよ。シンは文ちゃんが好きだから」
「無茶振りのような気がしてなりません」
「あ、ばれた?」
苦笑いをして彼はじゃあと手を振って体育館を出て行く。
おそらく英理の隣にむかったのだろう。
「文」
「うん、千里今行く」
私は友人たちと共に集合場所へ向かう。
毎年、球技大会で奪い合いが繰り広げられる優勝旗は東泉のものに。
現地解散なので、私は家にさっさと帰った。
「おかえり」
「ただいま。英理がやらかしてくれた」
庭で植物の手入れをしていた姉がそれをきいてくすくす笑う。
「エリー元気ですってことね。面白かった?」
「くやしいけど面白かったんだよ!史緒姉聞いて!」
「はいはい。シャワー浴びて着替えたらね」
姉は土ぼこりを払いながら立ち上がる。
「それで、勝ったの?」
「勝ったよ。東泉の勝ち」
「じゃあ約束通りにドライブの運転手務めないとね」
……この遠出に先輩つれて行くつもりだったんだけどな。
何かいまいちかみ合わない。
合同球技大会、おしまい
英理&白糸コンビはこれからたまに出る予定
日常的に転がっているフラグを折るのが文
文がたてたフラグを最後で自制がきかずに折るのが小向
次は流行のすぎた女子会の回




