51話
夜誰もが寝静まった頃、真っ赤なリーゼントの男が一人、隠れる様に宿から出てくる。辺りを気にするようにきょろきょろと挙動不審に視線を彷徨わせながら夜の街を歩いて行く。
そんなアバラをこっそりと尾行する金髪ショートヘアのテトラとウルフカットの黒豹獣人フェリス。
「怪しいわ…最近時々こっそり夜に宿を抜け出すのよ、アバラの奴。一体何をしているのかしら」
「昼間に聞けばいいんじゃないか?アバラなら嘘はつかんだろう?」
「嫌よ!もしはぐらかされたらどうするの!?それこそ気になって眠れなくなっちゃうわ!」
「あぁ…純粋な野次馬精神ではあったのか…」
そうして見つからない様にアバラを追いかけていくと、どうやらイウラ商会の方に向かっている様だった。
「夜更けにイウラ商会になんの用かしら…も、もしかして…逢引き!?」
「イウラ商会で、ということは相手はハナコか?」
「いえ、商会には他の異世界人の女の人もいるはず…ねぇ、見て!」
暗闇でよく見えないが、アバラが商会の前で誰かと話している。シルエットは長髪でウェーブがかったヘアスタイルをしているようだ。
「…!?女よ!アバラの奴!やっぱり逢引きしてたんだわ!」
「いや、そうと決まったわけではないだろう…?む、どこかに行くようだぞ」
アバラと見知らぬ女性は二人でぼんやりと明るい繫華街の方へ歩いて行く。繁華街は夜もやっている店がいくつかあり、その中にはもちろん大人の店と呼ばれる場所も存在する。
「や、やっぱりそうなんだわ!アバラの奴!証拠を押さえてとっちめてやるんだから!」
「む?とっちめる必要があるのか?アバラが誰とそういう関係であろうと自由ではないのか?」
暴走気味にアバラを追いかけるテトラの後ろから冷静にツッコむフェリスがついていくと、アバラと見知らぬ女性が立ち止まり、煙の立ち込める屋台に入って行くのが見えた。
「なに、あれ…屋台かしら…あ、いい匂いがするわ…」
「うむ、繁華街に入る前から気づいていたが、嗅いだことのないいい香りだ。食欲をそそるな」
「あれ、お前ら何してんだ?」
匂いに気を取られていると何の気なしに振り返ったアバラに気づかれてしまった。
「おや、他にもお客さんが来たのかい?」
そう言ってアバラと共に来ていた女性が振り返った。その人はぱっと見綺麗な女性に見えるのだが、目には濃いクマができており、ウェーブがかったように見えた髪の毛はただ手入れをしておらずボサボサなだけというなんとも残念な感じの女性だった。
「あれ、テトラさんフェリスさん、いらっしゃい。初めてよね?どうぞ座って頂戴」
屋台の厨房には頭に鉢巻を巻きメガネを曇らせたハナコが立っていた。言われるがままにおずおずと座ったテトラとフェリスだったが、たまらずアバラに質問する。
「ちょっとアバラ!これどういうことよ!ここはどこ!その人は誰!?ハナコちゃんは何をしているの!?」
「ちょ、ちょっとまていっぺんに聞きすぎだっての、一個ずつ答えてやるからまずは注文しろよ。つってもよくわかんねぇだろうから基本の【ハナコラーメン】でいいな?」
「「ハナコラーメン?」」
時間は数週間巻き戻る。
フェリスの歓迎会をした翌日、アバラはイウラに「会わせたい人がいる」と呼び出されていた。時間通りイウラ商会に向かうと、イウラに商会の奥の部屋に案内される。
「こっちはイウラ商会の心臓部、開発室だよ。新発売する予定の商品とか開発中のものがたくさんあるから、中にあった物の話は外でしちゃだめだよ?」
「おぉ、そんなとこに連れてっていいのか?俺も見ない方がいいんじゃねぇか?」
「まぁアバラなら信用できると思うけど、今日紹介したい人っているのが、その開発室を根城にしてて滅多に出てきてくれないんだよね。だからアバラを連れていくしかないと言うか…」
そう言ってイウラが重たそうな扉を開くと、そこには本を開いて顔の上に置き、今にも倒れそうな椅子の上で眠る長髪でボサボサの髪の女性が眠っていた。
「ん…んぅ…あぁ、イウラ君か。どうしたんだい?今日は…」
「どうしたじゃないよ。今日アバラを連れてくるって約束してただろ?またこんな散らかして…」
そこら中に散乱した本や資料と思われる紙の束などを片付けながらイウラがごちる。
「ああ!そうだったね!すまない、眠ってしまっていたようだ!」
「いや、見ればわかるけどよ…」
女性が急いで立ち上がると周りにあった本がドサドサと落ちるが、気にした様子もなくパンパンと服の汚れを払いアバラに握手を求める。
「僕はイガラシカエデだ。【魔技師】の職を貰った君と同じ異世界人さ」
「おう、アバラだ。アバラリュウト、よろしくな」
「彼女は魔道具を作ることに適性をもった異世界人っていう、誰もが喉から手が出るほど欲しがる人材なんだ。もちろん最初は貴族に囲われちゃって全く手が出せなかったんだ」
イガラシが自慢気に腕を組んでいるのを訝しげに見るアバラ。
「じゃあなんで今はここにいるんだ?」
「それは僕が兵器の開発を拒否したからだよ。兵器だけじゃない、殺傷に直接関わるもの全てをね」
「あ?そうなのか?武器を作るのが嫌だったのか?」
「ああ、嫌だね。仮に僕がこの世界に銃器をもたらしたとしよう。最初は魔物を狩ることに使われるだろうが、いずれはその矛先が人に向く日が来るだろう。僕はそれが耐えられない」
そう言うとイガラシは椅子に掛けなおし、置いてあった冷めたコーヒーを一口飲んだ。
「もちろん、魔物を倒す必要があるのはわかっているよ。でもね、僕が生み出した兵器を元に数百年後にこの世界に核の雨が降る可能性だってあるんだ。僕はそんな責任の一端を担いたくないんだよ、だから貴族共に見限られてここにいるというわけだ」
「でもよ、そんなこと言ったらどんな技術が将来武器になるかなんてわからないだろ?イガラシが何の気なしに作った魔道具が兵器として使われる可能性もあるんじゃねぇか?」
「そうだね、だからこれは僕のエゴさ。それを捨ててしまっては僕は僕ではなくなってしまうのさ。面倒な人間だろう?」
そう自嘲するイガラシを見つめアバラはニッ!と笑った。
「いや、そうは思わねぇよ!職人ってやつはそういうこだわりってのを大事にした方が良い物が作れるんじゃねえかって思うぜ!芯の強い奴は好きだぜ俺はよ」
その言葉は、最近まで貴族の屋敷で「ろくに働きもしない怠け者」と揶揄されてきたイガラシの心にすっと染みわたる様だった。ほんのりと顔を赤らめながら、ニヒルに笑うイガラシ。
「聞いていた以上に君は面白い人の様だ。来てくれ、僕の発明を見せてあげよう!」
落ちている本を避けながら奥へ進むと、何やら大きめの機械が置いてある場所の前に来た。
「時に、アバラ君。この世界の文明はどれほど進んでいると思う?」
「あぁ?藪から棒だな…俺はあんまり歴史とか詳しくねぇけど、街並みとかは中世?っぽいよな」
「うむ、妥当だな。しかし、僕の解釈は違う。この世界は僕らが元居た世界とそれほど大差ない文明を持っていると思っている。例えば識字率、この国の人はおよそ90%以上の人が文字を読むことができる。これは現代の地球の発展途上国を上回るスコアだ。義務教育という制度こそないが、寺子屋や個人塾のようなシステムがうまく機能しているようだ」
「おお?うん?」
アバラの頭にクエスチョンが浮かぶのを面白そうに笑うイガラシ。
「つまりはね、僕らの世界とは違った方法で安定して発展しているのさ、この世界は。その証拠にエアコンや冷蔵庫の様な白物家電に変わる魔道具は当たり前に復旧しているし、環境への配慮を考えると現代日本よりも進歩した技術を持ってるくらいなんだ。電気文明ではなく、魔石文明として進歩してきた世界なのさ」
「んーとよくわかんねぇが、電気じゃなくて魔法や魔石で発展してきたってだけで、そんなに技術力に差はないってことか?」
「エクセレント!そういうことさ。そこで僕は考えた。サスペンションやマヨネーズは異世界物の鉄板だが、工業化されていないだけでそんなものはとうに存在している。ならば何が欲しいか!そう!」
そう言って機械の蓋を取ると中から取り出したものは。
「イ、インスタントラーメンじゃねぇか!!!」
「エクセレント!フリーズドライ製法を使ったインスタント食品の開発!これが僕が最初に作った発明さ!」
皿に乗ったそれはアバラも何度もお世話になったインスタント麺を彷彿とさせる、麺の塊だった。
「すげぇ!これ食えんのか!?」
「まだ味や麺の製法に不安があるからね、販売はできないが近々大々的に売り出すことになるはずさ!これで君たち冒険者や、騎士団の遠征における食事事情は大きく変わるはずだよ。どうだい?素晴らしいだろう?」
皿に乗ったフリーズドライされた麺をきらきらと見つめるアバラはテンションが上がって、イガラシを赤ん坊を持ち上げる様に高く持ち上げぐるぐると回り始めた。
「すげぇぞイガラシ!お前は本当に天才だ!こっちでもまたインスタントラーメンが食べられるなんて夢みてぇだ!」
「ふ、ふふふ…!パッケージについても魔素由来の開ければ3日程で自然に還るエコ素材を検討中さ!どうだい!?魔法文明と我々の科学文明の融合だ…!素晴らしいだろうぅぇええ!降ろせ!酔う!酔う!!」
正気に戻ったアバラに降ろされて、ゼィゼィと肩で息をするイガラシは青い顔をしながらアバラに話す。
「うぷ……その食品の仕入れについてハナコ君から依頼があるそうだよ…聞いてあげてくれたまえ…。僕は久しぶりに褒められてお腹いっぱいだ…もう少し寝る…」
「まかせろ!他にも手伝ってほしい事があったら言えよ!何でもやるからな!」
そう言うと「ハナコ先生どこだー!」と開発室の外へ走って行くアバラを見送ったイガラシは部屋の掃除をしていたイウラと目があった。
「良い奴だろ?アバラって」
「うむ、気持ちのいい男だな。危うく惚れてしまうところだ」
「アバラって結構ライバル多いらしいよ?あのギャップがいいのかな…?」
「あの奇抜な髪型さえなければと思っていたが…よもや逆なのか…?」
「あぁ、アバラ君。イガラシさんに会ったのね。依頼の件はルイシュさんに通しておくから大丈夫よ」
ポルコの穴倉の開店準備を手伝っていたハナコを見つけたアバラが声を掛けたのだが、少し俯き考え事をしている様に見えた様で、アバラはおもむろにハナコの顔を覗き込んだ。
「ハナコ先生、考え事か?俺になんかできるか?」
「んっ、そんな風に見えた?」
「あぁ。なんか浮かねぇ顔してるなぁとは」
うーんと考えるハナコは意を決してアバラに話始めた。
「イガラシさんからインスタントラーメンは見せてもらったのよね?私、あれには問題があると思うの」
「問題?そんな風には思えなかったけど、なんかあんのか?」
「うん…あのね。この世界にラーメンって無いのよ」
アバラは絶句した。これはイガラシも盲点だったのだろう。インスタント以前にラーメンが存在しないということは初めて見る人には得体の知れない食べ物にしか見えないだろう。
「でも、きっと売れると思うのよ?美味しさや便利さが伝わるのは時間の問題だと思うし…でもね、私どうしても許せないことがあるの…」
「許せない?」
ハナコは目を伏せフルフルと震えていたが、バンとテーブルを叩くと大声で話し始めた。
「このままだとこの世界のラーメンはインスタントラーメンが元になっちゃうの!私はそれが許せないの!ラーメンとインスタントラーメンはどちらも美味しいけど、私としては全く別の食べ物なの!」
あまりの熱量にアバラが置いて行かれていると、我に返ったハナコは話のペースを落とした。
「わ、私ね、お父さんがラーメン屋だったの。だからラーメンには人一倍こだわりがあって…。もちろんイガラシさんは何も悪くないのよ?私が勝手に変なこだわりを出しちゃってるだけで…。ごめんねいきなり、こんな話聞かせて…!ギルドに出した依頼、よろしくね!」
そう言って立ち去ろうとするハナコの腕をアバラがぎゅっと掴んだ。
「ハナコ先生!無いなら作ろうぜ!ラーメン!俺もインスタントじゃねえラーメン食いてぇよ!そりゃどっちも違う良さがあるけどよ、やっぱりまずは本物が広まらねぇといけねぇよな!」
「アバラ!よく言ったぁ!」
するとどこかへ隠れていたポルコが飛び出してきた。
「ポ、ポルコさん!?」
「水臭ぇじゃねえかハナコちゃん!異世界にしかねぇ料理にワシが興味を示さんと思ったか?そのラーメンとやら、一緒に作ってみようじゃねぇか!」
突然そう言われおどおどしていたハナコだったが、ハナコの熱意に当てられた二人に背中を押されるようにぎゅっと両手を握り背筋を伸ばした。
「わ、わかりました!やりましょう!ラーメン!一番美味しい奴を作ってやりましょう!」
「うぉぉぉぉ!!イガラシのインスタントラーメンもハナコ先生の本物のラーメンも楽しみだ!俺は何をすりゃいい!?」
「アバラさんは冒険者ギルドに出した依頼をこなしてください!交易路に関わる依頼なのでそれが一番大事です!ポルコさんは大型の寸胴と製麺機の制作のお手伝いをしてください!製麺機はイガラシさんのインスタントラーメンにも必要ですから、ゴランさんも呼んで話し合いをします!!」
「「よし来た!」」
男共に指示を出すと、悩んでいた姿が嘘の様にテキパキと仕事をし始めるハナコをイウラがこっそり陰から見守っていた。




