48話
グラトニアの街は本格的な冬を迎えてからもその活気は変わらず健在で、暖かそうな毛皮を売る商人や、酒を飲んでいれば上着などいらぬと言わんばかりに、真っ赤になるまで酒を飲みガハハと豪快に笑う男たちであふれていた。
「う~寒っ!はやく穴倉で一杯飲みたいわね」
小柄で金髪ショートカットのテトラがオヤジの様な事を言っている。こんな見た目だが酒好きで、クエスト後の一杯を何よりの楽しみに見ている節があるのをアバラは少し心配している。
「私も早く温まりたいですね。ポルコさんの穴倉はしっかり暖房の魔道具も設置してありますから、お店自体も暖かくて良い場所ですよね」
家出王女セシルはその綺麗な青色の長髪の上に毛皮の帽子を被り、同じ毛皮の手袋をした手をすりすりと擦っていた。
「で、なんでアンタはいつもの同じトッコウフクなわけ?馬鹿だから風邪ひかないわけ?」
そんな辛辣な物言いをされたアバラだが、本人は特に意に介した様子もない。
「もちろん寒いけどよ、スイレンさんに教わった【マジックアーマー】って戦技を使ってると寒さも平気なんだよ。【鬼纏】の訓練にもなるから、常に使っとけって言われてよ…使っとかねぇと寒いからいいトレーニングになるんだよ」
【マジックアーマー】はいわゆる【鬼纏】の下位互換の様な存在で、全身にただ魔力を纏い防御力を上げるという技術だ。ただ、一点突破の攻撃を防ぐような防御力はなく、濃い魔素の瘴気から身を守るために使ったりが主な用途な為、使い手が少ない。
アバラは将来的に【鬼纏】を常時発動し続けることが目標になるため、その下準備としてスイレンが課した訓練だった。
「くっ…!スイレンさんのスパルタ訓練がまさかアバラがトッコウフクを着続ける理由になっちゃうなんて…!」
「グラトニアブラザーズの皆さんも最近常にトッコウフクですが…寒くないのでしょうか?」
特攻服はすでに一部の人間の中では流行りの最先端を行っており、街中でもちらほらと特攻服を着た人を見かけることがあった。実はアバラを介して【ヤンキー】のサブ職を手にして人生が好転した者がほとんどなのだが、アバラ達はまだそのことを知らない。
そんなことを話しているとポルコの穴倉に到着したのだが、中から言い合いをするような声が聞こえてくる。
「いいから謝れと言っている!」
「獣人風情が偉そうに何を言うか!」
アバラ達が中に入ると、黒髪をウルフカットに切り上げ、その上にはピンと立った耳がついた獣人の女性が騎士らしき男と言い合いをしていた。騎士は5名程で獣人の女性を囲んでいたが、獣人は怯む様子もない。
「お前がその子を蹴っ飛ばしたんだ。私は見たぞ」
「仮にそうだとしても誇り高き神聖騎士の我々の足元を汚らしい獣人の子どもがうろつくからいけないのだ。それになんだこの店はドワーフが料理を作って獣人が給仕をしている。何かの冗談か?」
リーダーと思しき男が店を貶し始めた所で店内の空気がピリッとする。見れば店の中の常連たちは皆男を睨みつけ、今にも殴り合いの喧嘩が始まりそうな勢いだ。
そんな様子を見たポルコが、悲しそうに目を背ける。そしてそれを見て黙っていられない男を皆知っていた。
「おわぁぁぁぁああぁぁぁ!!!」
そんな間抜けな声と共にリーダーらしき男が店の外に投げ出された。両手に一人ずつ騎士の首根っこを掴んだアバラが店の外に出てくる。
「お前らみてぇな性根の腐った奴らがいたらどんな飯も不味くなっちまうわ。出ていけ腰抜けども、二度と顔見せんな!」
残りの騎士も店から蹴りだされるように追い立てられる。慌てて立ち上がったリーダーの男がアバラに指をさし吠えたてた。
「き、貴様!私が誰だかわかっているのか!?神聖騎士の第二中隊隊長のアドルフ・レインガードなるぞ!」
「知らねぇよ、ここじゃどんな奴もただの客だ。貴族も平民もねぇ」
「そんなバカな話があるか!貴族を愚弄するなど言語道断である!ここで切り捨ててくれる!」
「あぁ…!?喧嘩なら買ってやるが…相手を選べよ?」
そう言ってアバラは新スキルの【メンチ切り】を発動させ神聖騎士達を睨みつけた。このスキルで威圧された者は防御と攻撃が下がり、弱い相手なら戦意を喪失するというものだ。
アバラのスキルによって威圧された騎士たちはうろたえた様に下がって行くがリーダーのアドルフと名乗った男は引き下がらず、自身の白い手袋を取りアバラに投げつけた。
「け、決闘だ!拾え、愚か者!」
「あん?」
「貴様の様な野蛮な男は公の場でその伸びきった鼻をへし折ってくれる!日程は追って伝えるから精々怯えてブフェッ!!!」
アバラは手袋を無視してアドルフを殴りつけた。まわりの騎士たちが「卑怯な!」と色めき立つがアバラのひと睨みで黙らされてしまう。
「アホか!誰が!わざわざ!決闘なんか!するか!汚ねぇ!手袋!投げつけ!やがって!」
倒れたアドルフは自分を踏ん掴みボコボコにするアバラに助けに乞うようにイヤイヤと首を振る。
「す、すまなかった!もう!もう来ないから!ゆ、許してくれ!」
そう懇願して解放されたあと、騎士たちに担がれて連れていかれるアドルフ。そんな騎士たちが去っていくと、近くで見ていた街の人達から歓声が上がった。
「いいぞー!兄ちゃん!アイツらいつも偉そうだったんだ!スカッとしたぞ!」
「教会のバカ共にはコリゴリだぜ!うちの客には獣人も亜人もいるんだ!いい迷惑だ!」
そんな声援を送られてまんざらでもないアバラを尻目にアドルフは悪態をついていた。
「クソ!あんな奴にいい様にされるとは…許さん…!許さんぞ!」
「あの、少しよろしいでしょうか?」
「なんだ!貴様は!何の用だ!」
苛立ちを隠せず話しかけてきた女性に当たるアドルフだったが、その女性が帽子をとると顔を真っ青にして頭を地面にこすりつけた。
「セ、セシル様!申し訳ございません!大変失礼を!」
「いえ、いいんですよ。私も今はただの冒険者ですから…少しお話が聞きたいだけなんですよ。私も教会に勤める者の一人でもありますし」
全く意に介した様に見せずにセシルはにこやかに話す。
「あなた方は第二中隊に所属していると仰ってましたね?第二中隊の管轄といえば神聖協会グラトニア支部神官長のムサファ様でしょうか…?第二中隊は神聖騎士団の管轄から独立した“教会が直接指揮可能な部隊”でしたか?」
「は、は!そうでございます!な…何卒この度の件はご内密に!神聖騎士団の沽券にかかわります故!」
騎士団の、ではなくあなたのでしょう?という言葉を飲み込みつつ、セシルはにこやかに返事をする。
「告げ口のようなことはしませんよ。今はただの冒険者ですから。でも…」
そう言って言葉を切るセシルを見つめアドルフはゴクリと喉を鳴らす。
「あちらのお店は私も常連なんです。次来られる時にはぜひお料理に舌鼓を打って行ってくださいね」
「では…」と一介の騎士に行うには丁寧なお辞儀をして去っていくセシルを見送った後、冬なのにどっと流れてくる冷や汗を拭うアドルフ。
「に、二度と行くか…!」




