45話
翌日、冒険者ギルドからアバラ達パーティの呼び出しがあった。セシルは冒険者ギルドからの除名もありえると震えていたがそれは杞憂だった。
「確かに虚偽の情報で登録というのは褒められたものではありませんが、貴族の方が身分を隠して登録されたりすることはよくあるんですよ。流石に王女様ともなられると前例がないとは思いますが…」
「誠に申し訳ございません…」
真っ赤になって反省するセシルに「ハハハ…」と苦笑いして話を続けるルイシュ。
「ですから我々も、王女様とはいえ特別扱いはできませんから、それだけご了承頂けるのであれば問題ありませんよ。元々ギルドは貴族や教会の権力体勢とは線を引いていますから、過度に敬うこともなければ拒絶する理由もありません」
そういってニコッと笑った。
「はい!私も一人の新米冒険者として扱って頂ける方が嬉しいです!これからもよろしくお願いします!」
「まぁ、今回のスワンプドラゴンゾンビ掃討戦における功労者を新人だなんて言えませんよ。今日お呼び立てしたのもその件ですからね」
そう言ってルイシュは資料を出した。
「こちらがこの度の調査課結果です。スワンプドラゴンゾンビ、長いので【腐泥竜】と略しますね。この腐泥竜は全長78mの個体でした。おそらく死亡推定はアバラさん達が初めてオオヒルの異常個体に出会った一週間前後と思われます。それからグラトニアブラザーズの方が調査されている間に何体もの異常個体が確認されていますので、推察するに泥竜死亡後に血液を吸えなくなった個体が腐泥竜から離れ、食料となる生物を探していたところをアバラさん達が見つけたのではないかと思います」
「じゃあ、なんらかの理由で泥竜が死んだから元々泥竜にくっついてた異常に成長してたオオヒルが現れたってことか?」
アバラが顎に手を当て首を傾げる。
「あくまで推察の域は出ませんが、そう考えられています。偶然それをきっかけで眠っていた腐泥竜を見つけることができた、ということですね」
「見つけることができたって、見つけない方がよかったんじゃないの?起こしさえしなければ襲ってこなかったわけだし?」
テトラが疑問をぶつけるが、ルイシュは首を振った。
「かの腐泥竜は何者かに操られていた可能性が高いです。でなければ沼地を抜け一直線に王都に向かってきた理由がわかりません。そう考えるなら、何か目的があって隠されていて、見つかってしまったから仕方なく使ったと考える方が自然です。それならば被害を最小限に抑えられたと言っても過言ではありません」
「待ってよ、じゃああんな化け物を誰かが嗾けようとして隠してたっていうの!?冗談じゃないわ!!」
「まだ憶測ですから、絶対ではありません。ですが、現状その可能性が一番高いと思います」
「…なんともスッキリしない終わり方だな。何が起こってもいいように俺たちも力をつけねぇと…」
自身の慢心で死にかけた事を思い出し、身震いするアバラ。
「ええ。ギルドからも力のある冒険者には相応の地位を与える事が必要だと判断しました」
そういうと唐突にスッと銀に輝くプレートを三枚出すルイシュ。
「アバラさん、テトラさんは異常個体のオオヒルの早期発見と腐泥竜討伐の功労者としてシルバー級に昇格、セシルさんは腐泥竜討伐の際の卓越した指揮能力を評価、同じく功労者として異例ではありますが、アイアンから二段昇進してシルバー級となります。これからも精進してください」
そう言われて新しい冒険者証を渡されると周囲から拍手が起こる。
「よう!もうルーキーなんて呼べねぇな!アバラ!早速追いつかれちまった!」
「ありがとな!ホイ!」
「俺はローだ!」
「わ、私!いきなりシルバーですか!?う、嬉しいですけど!いいんですかね!?」
「や、やったわー!アタシもついにシルバーよ!これで主戦級の冒険者の仲間入りよ!やったわー!!」
そうして喜びを分かち合っていると唐突にアバラが肩を組まれた。
「よお、傾奇ボーイ!話は終わったかい?次はアタイの番だろ?面貸しな!」
そこには派手な和装に煙管を持ったスイレンがニヤリと笑っていた。
「アンタはスイレンさん?」
「呼び捨てでいいよ。アタイがいない間に面白そうな傾奇ボーイズが入ってるから是非話がしたかったんだけどね、ここ数年ギルドを空けてたせいでここんとこ質問攻めにあっててね、ようやく時間が空いたのさ!奢ってやるから酒でも飲みながら話そうじゃないの!」
そう言って馴れ馴れしくアバラと肩を組んだままテーブルへ連れていくスイレン。
「なんだかアバラと同じ匂いがするわ…」
「ええ、同種とでも言うのでしょうか…女性版アバラさんって感じの方です…」
「アンタらも来な!傾奇ガールズ!あんだけ良い戦い見せてくれたんだ!アンタらの話も聞かせな!」
有無を言わせぬ物言いで三人に酒を奢り、アバラ達の馴れ初めを肴に豪快にエールを仰ぐスイレンだった。
「いいねぇ!最高に傾いてるねぇアンタら!特にアバラ!アンタはやっぱり見どころがある!アンタの腕を見てやるからこっち来な!」
そういうと強引に訓練場までアバラを連れていくスイレン。訓練場にいた冒険者達がなんだなんだと道を開ける。
「さぁ!喧嘩だよ!喧嘩は冒険者の華だ!どっからでもかかってきな!」
スイレンが大きく手を広げいつでもかかって来いとアピールする。
「いや、アンタ相当酔ってるじゃねぇか、とんでもなく強えのは知ってるが、流石にやる気出ね…っう!!」
「これでも出ないかい?ボーイ?」
突然アバラの顔を殴りつけ挑発するスイレン。
「あ~…あれはアバラには効くわね…」
「ええ、やっぱり似た者同士よく心得てるのでしょうか…」
しばらく俯いていたがフツフツと怒気が上がっていくアバラ。
「てめぇ…下手に出てりゃ調子に乗りやがって…あぁ!!やってやるよ!!!後で言い訳すんじゃねぇぞ!!!」
アバラの拳を避けずに額で受けるスイレン。
「ガァ!いいねぇ!これであいこだよ!さぁ楽しい喧嘩だ!盛り上がって行こうぜぇ!!!」
お互いに殴り、殴られ、避けたら負けだと言わんばかりの根性と根性の張り合い。テトラとセシルには何が楽しいのか全く理解ができなかったが、訓練場は他の冒険者達の声援で異常なボルテージに包まれていく。
「すげぇ!アイツ!スイレンと殴り合ってやがる!」
「いいぞ!やれぇ!もっとだぁ!!」
互いの拳が頬にめり込み、一瞬の空白が生まれる。
「…使いなよ【鬼纏】を」
「あ…!?知ってんのか…!」
「いいから、アンタの本気の一撃、見せてみな!」
「…ケガしても知らねぇからな」
ここまでお互いスキルの使用は一切ない。アバラもそれに答えて【鬼纏】だけを纏わせ全力の拳を放つ。スイレンも拳に魔力を集め、アバラの拳とスイレンの拳が激しい衝撃音と共にぶつかり合った。
とても拳がぶつかり合ったとは思えぬ金属音のような轟音と見ている人たちが身を守るほどの衝撃が場を包んだ。
さっきまでの喧騒が嘘の様に静まり返った訓練場にアバラとスイレンが倒れていた。
「アッハッハッハ!アタイと引き分けるなんてとんでもない奴だね!流石だよ傾奇ボーイ!」
「…何が引き分けだよ、全然本気出してないだろ」
いち早く立ち上がりアバラを助け起こすスイレンと、不貞腐れたように立ち上がるアバラ。二人の無事を確認すると訓練場に拍手が巻き起こる。
「すげーぞ!アバラ!スイレンとやりあえる奴なんてそういねぇぞ!」
「スイレン!強そうなやつ見つけたらすぐ喧嘩売るのやめろ!」
アバラに肩を貸し、テトラとセシルの元まで連れていくスイレン。セシルがアバラにヒールをかけ、スイレンにもかけようとするがそれを手で制して止める。
「アタイはいい、自業自得だからね」
「なんで喧嘩なんかしようって事になったんだよ」
「そりゃアタイがアンタの実力を見たかったからだね。アンタの腕次第じゃアタイが直々に修行をつけてやろうと思ったんだが、気が変わったよ」
「お眼鏡にかなわなかったか?」
そうアバラが言うとスイレンは首を振った。
「逆だよ、アンタにアタイの指導は必要ない。アンタは戦いって奴をよく知ってる。それに関しちゃアタイと同レベルだったよ、謙遜じゃなくね」
スイレンは自身の拳をグッパグッパと握ったり広げたりする。
「折れてるよ、アンタを殴ったからさ。アンタは攻撃の受け方をよくわかってる。拳に威力が乗る前に受ける、伸びきった後の攻撃を受ける、身体の固い骨で受ける、これは一朝一夕で出来上がる技術じゃない。アンタがストリートで磨いた技術の結晶さ。これに手を加えるのは勿体ない」
「でも…」というとアバラに強烈なデコピンをかました。
「魔力のコントロールはまだまだだね。【鬼纏】は3秒くらいが限界だろう?本来は常に纏っぱなしにする戦技だからね、まだまだ発展途上もいいところさ。でも山場は超えてるよ、【鬼纏】は一般的な魔力コントロールの技術を捨てて覚える戦技だからね。扱えるようになるまでに大怪我して引退なんてこともよくあるらしいのさ」
「痛てて…アンタはなんで【鬼纏】を知ってるんだ?」
「そりゃ知り合いに使い手がいるからさ。魔族だろ?それ教えたの。長い寿命がある魔族だからこそ、一度極めた技術を捨てて新しく使い勝手の悪い戦技を身に着けようなんて考えになるのさ」
「師匠は…【鬼纏】を教えてくれた人は、よくわかんねぇんだ。一度しか会ってないし、多分すげぇ強いんだろうなって事くらいしかわからなかった」
アバラは今いる訓練場で出会った謎の幼女、ラトネと名乗った人物を思い出していた。明らかに常人ならざる力を持った存在だったが、魔族である可能性は、その後得ることになった【魔拳士】の職業から想定することはできたが、結局本当の所はよくわからないのだ。
「まぁ、十中八九魔族だろうね。魔族でも使い手の限られる高度な戦技だからね、その辺の奴が知ってるとも思えないさ。アタシはしばらくグラトニアに留まる予定だから、気が向いたら魔力のコントロールを見てやるよ、あのポルコの穴倉ってのはあんたのお仲間がやってる店なんだろ?ありゃいい店だ。しばらく楽しめそうだからね」
スイレンがこの街に留まる理由は美味しい食い物と酒なのだろうか。ギルドの酒場で再び宴会を始めたスイレンを尻目に、シルバーに上がった喜びを嚙みしめ合い、ささやかに乾杯する3人だった。




