44話
その日の夜アバラ達はポルコの穴倉に来ていた。
「セシルの正式加入を祝ってぇ~かんぱーい!」
王宮でのプレッシャーから解放された反動かやたらとテンションが高いテトラが乾杯の音頭をとる。
「ギルドにも謝罪をしなければなりませんね…身分も名前も隠していましたし…」
「そんな事で怒るほど尻の穴の小さい奴らじゃないわよ!ギルドなんて素性の怪しい奴ばっかりなんだから!」
「もう!テトラさん!そんな言葉を使ってはいけません!」
「ダメだ、こいつもうベロベロだぞ」
早くも酔っぱらってしまっているテトラが近くで飲んでいたグラトニアブラザーズに絡んでいる。
「すまんな、ロー。うちのアホが絡んじまって」
「俺はホイだ。まぁお互い最近は大変だったからな、いいってことよ」
初めて会った時とは思えない対応の柔らかさだが、強いサブ職業を手に入れて精神的に余裕が生まれたのだろうか。グラトニアブラザーズもしっかりとベテラン冒険者としての風格が備わってきたように思える。
「いっつも思うけど、アンタら髪型までそろえちゃったら誰が誰だかわかんないのよ!個性を出せ!個性を!いや、個性的ではあるけどさ!」
セルフツッコミを入れるテトラを回収し席につくといつの間にかセシルがいなくなっている事に気づき、近くにいたハナコに声を掛けた。
「ハナコ先生、セシル知らねぇか?」
「セシー…セシル王女様よね?さっき夜風に当たってきますって出て行ったわよ」
そう言うとブランケットを寝てしまったテトラの肩に掛けてやるハナコ。
「アバラ君、これセシル様に持って行ってあげてくれないかしら。外は寒いから」
と、もう一枚のブランケットをアバラに手渡したハナコはウインクして去って行った。
ポルコの穴倉から少し離れた用水路に架かる橋の上。夜も息づく街並みの明かりがほんのりと届く場所にセシルはいた。
ハーと手に息を吹きかけ指先を温める。夜はもう寒くてそろそろ雪が降り始める時期だろうか。
家出なんて幼稚な建前でまた冒険者生活に戻って来たのに、みんな暖かく出迎えてくれた。王女だったと伝えた時には驚いた人もいたけど、もう知っていたであろう反応をした人も何人か混ざっていた。
多分イウラさんとハナコさんは知っていたと思う。商人の情報網は凄いと思った。
「一人で何やってんだ」
ぶっきらぼうな声と共に頭からほんのり暖かいブランケットを掛けられた。
「わぶ…アバラさん」
ブランケットを肩に掛けなおしぎゅっと握る。
「やっぱり心残りか?」
「そう…ですね。昔話からしてもいいですか?」
「おう」と頷くアバラを見て話し始める。
「私、子どもの頃はおてんば姫なんて言われてて、すごく活発だったと思います。上には姉が二人いて、第三王女だった私は跡継ぎのプレッシャーも少なくて王女にしては比較的自由な子ども時代だったと思います。実は亡くなった母が元冒険者で、その頃よくその話を聞いていた私は冒険者に強く憧れていたんです」
「セシルらしい子ども時代だな」
「私の職業がわかった時には興奮しました。神官なんてヒーラーの鉄板職業じゃないですか。もしかして冒険者になれるかもって。でも現実は違いました。お父様はとても喜んでくれました、神聖協会との強い繋がりが作れるとわかったからです。王家にとって大事な職業は戦う事ではなく、如何にその能力を王家に還元できるかが大事なのですから。それから私は淑やかに、清楚な女性であることを求められるようになりました。いつか輿入れする教会関係の方に気に入られる為です」
セシルはぎゅっと握った手を見つめてぽつぽつと続ける。
「その頃には私も大きくなっていましたから、諦めもついていました。王家の一員として生まれた者の当然の責務だと。普通の王女らしい王女を目指すことになったのです。それから先はアバラさんの知る通りです。結局逃げ出してしまいました。なし崩しですが、夢だった冒険者にもなれて今すごく幸せです。ですが、それでいいのかなとも考えてしまうのです」
アバラのリーゼントからハム助が出てきて、橋の手すりに下りて毛繕いを始めた。それをにこやかに見てそっと撫でるセシル。
「結局私は普通の王女様にはなれなかった様です。おてんばなあの頃のまま、怒りに任せて責務を放り投げ、自由を優先してしまいました。王家として、失格ですよね…」
そう自嘲するセシルの指をハム助が掴みクンクンと匂いを嗅いでいる。しばし黙っていたアバラだったがおもむろに手すりに腰掛け、話始めた。
「俺はさ、普通って言葉、なんか嫌いなんだよな。王女様の普通は俺みたいな庶民にはわかんないんだろうけどよ、結局は先人たちの轍ってだけだろ?その普通って奴が大好きな連中はよ、自分たちと歩く道が違うだけで『アイツはおかしい!普通じゃない!』って指さしてくるんだぜ?腹立つよなぁ、もしかしたら俺が歩いてる道には誰も見たことがないお宝があるかもしれねぇってのによ」
大袈裟に身振り手振りを加えながら話すアバラの言葉を静かに聞いているセシル。
「普通じゃない?上等じゃねぇか。セシルはセシルにしかなれない王女を目指せばいいんだよ。人生には誰かが歩いた道はあっても正解の道なんてありゃしねぇんだ。迷ってんなら、俺が一緒に歩いてやる」
そう言ってニッと笑うアバラのリーゼントに、寒くなったのかハム助がもぞもぞと戻って行く。
「流石に冷えてきたな。そろそろ中に戻るが、セシルはどうする?」
振り向いたアバラに見られぬよう顔を背けたセシルが慌てて答える。
「す、すぐ戻りますから!先に行っててください!ちょ、ちょっと熱くて…!」
「お、おう。こんな寒いのに、元気なんだな…風邪ひく前に戻って来いよ?」
そうして先に穴倉へ帰っていくアバラを見送り、大きくため息をついた。
「な、な、なんでこんなに嬉しいんでしょうか…!仲間として!仲間としてですよ!」
熱くなる顔を押さえてうずくまり、アバラに言われた言葉を反芻する。
「…不思議ですね。あの人はいつも私が一番欲しい言葉をくれるんです」
寒空の下、ようやく戻って来た顔色に安心しつつ伸びをした。
「せめてもアバラさんより素敵な殿方が現れるまで、結婚はできませんね」
穴倉から仲良しの仲間達が騒いでいるのが聞こえる。自分の居場所はここなんだと心の底から思いながら、セシルはポンポンと両頬を叩いて気合を入れ、温かい光が漏れる扉へと歩き出した。




