42話
王宮までの馬車での移動中、アバラは特に気負う事もなく、テトラは落ち着かずにソワソワとしていたが、セシルは流石の落ち着きように見えた。しかし、命を預けあった二人だからこそわかった、セシル背後にはフツフツとオーラが漂っていることを。
あぁ、これはちょっと針でつつけば破裂するなと。
謁見の間に通されたアバラ達は大臣や官僚と思わしき人達に囲まれ針のむしろの様な気分だった。アバラからすれば、丁度異世界転移させられたその日と同じような光景だった。
「セシル、わが娘よ。この度は対泥竜戦において大きな武功を立てたと聞くまずはそれを褒め称えよう」
「はい、お父様。ありがたく頂戴致します」
「して…」と国王はアバラとテトラを見やる。
「その者たちは何故連れてこられたのかな?」
「はい、彼らは私の命の危機を救った恩人であり、また大切な仲間でもあります。この度の戦いでの武功が私にあるならば、彼らもまたその称賛に値する人物です」
「…うむ、そうか。大儀であったぞ」
国王はアバラと目を合わせることができないでいる。クソ王などと呼ばれた日は記憶に新しく、異世界召喚に踏み切った愚行を娘の前で晒すのも嫌だ、そう考えているのだろう。
「ここからの話はセシルの個人的な話になるじゃろう、お二方は下がって頂けるじゃろうか?」
「おいおい、また牢屋か?もうこりごりなんだが?」
そうニヤニヤしてアバラが冗談めかす。
「貴様!無礼な!!」
そう息巻く兵士をセシルが二コリと一瞥し「うっ」と兵士はたじろいでしまう。
「どうやらお父様とアバラ様には少々因縁があるご様子。私としても個人の話をするのならば、ここにいる官僚や、兵士に聞かれるのもおかしな話ではありませんか?もしお二人に席を外して頂くなら他の方もみな出て行って頂くのが道理かと」
「出て行った先が普通の部屋だといいよなぁ?」
一切動じないアバラが茶々を入れ国王は「ぐぅ…」と呻く。
「…わかった。同席を許そう」
「ありがとうございます、お父様」
「して、セシル。お前はガマル辺境伯の所に輿入れしたハズ。どうしてこの街戻ってそれも冒険者などしておる」
「…お父様は、ガマル辺境伯のご子息、私の婚約者とお会いしたことはございますか?」
そう聞かれ言葉につまる国王。
「…会ったことはない。ただ身体があまり強くなく、長く屋敷から出られぬと聞く。そのような者を王都へ招くのは心苦しいであろう」
「…そうですか…これは王女ではなく娘としてのお願いです。私のこの度の沙汰を決める前に、どうぞお父様が一度ガマル辺境伯の元へご自身で向かわれてみては頂けないでしょうか。そうすればきっとどうして私がここにいるのか、ガマル辺境伯からなんのご報告もなかったのか、すべてご理解いただけると思います」
「説明するのではなく、ワシの眼で見てこい、と?」
「無礼なのは何よりも承知しております。お父様が私を本当に大切にしてくださっていると言うのなら、娘からの最初で最後のお願いです。聞いて頂けませんか?」
そう言って深く頭を下げるセシルに国王の臣下が口を挟む。
「いけません、国王様ともあろう方があのような辺境に態々行くなど…私が使いの者を出して聞き取り調査をさせますのでそれでよろしいかと…」
「うむ…」と小さく言う国王を見てアバラが舌打ちをする。
「おいクソ王、アンタの娘の事だろうが。アンタが真剣に決めなきゃどうすんだよ」
「なっ!お主、またその様な口ぶりを!ええい、セシルをたぶらかしよったのはお主じゃな!一度ならず二度までも手を煩わせよって!もうよい!今度こそ…」
国王が激高し、そう言いかけたその時
セシルが拳を握り、大理石の床を全力で殴りつけた。
小さくない衝撃音が鳴り響き、大理石にひびが入る。同時に謁見の間には静寂が訪れた。
イールスによって完璧に修繕されたドレスがふわりと元に戻りスッとセシルが立ちあがる。
「お父様、私、家出をしようと思います」
「…は?セシル、今なんと…?」
「家出をします。お父様なんて知りません。行きましょう、アバラ様、テトラ様」
そう言ってカツカツと謁見の間を後にしようとするセシルにアバラとテトラが続く。
「なぜじゃ!セシル!ワシはお前に安全な辺境で暮らしてもらおうと思っただけなんじゃ!なぜわからん!?」
なぜ、と聞かれ振り向くセシルは満面の笑顔の背後に怒りのオーラを漂わせながらこう言った。
「なぜかを考えるのはお父様の仕事ですよ?私は家出娘ですから、帰ってきて欲しければお父様がなんとかして頂かないと…それから」
一拍置いて言う。
「意見を聞く相手はきちんと選んでください、国王様。私は数日前【雀】の接触を受けました。王に報告せず、暗躍しようとしている者がいます」
その意味がわからぬほど愚鈍ではない国王は、茫然と椅子に座り込んでしまった。
それからセシルは決して振り返らず、謁見の間を後にした。最後に「国王様」と言ったのは為政者としての進言という、ひとつのケジメだったのだろう。
国王であり、父親であるアザイ・グラトニアに生まれて初めて逆らったセシルのステータスプレートには【ヤンキー】がセットされていた。
娘と異世界人と冒険者の三人が出て行ってから数秒の静寂が訪れたが、先ほどの臣下の者が慌てて国王に進言する。
「国王様、すぐにセシル様を呼び戻しましょう!あの異世界人にも罰を与えるべきです!奴はセシル様を懐柔し国家を陥れようとしている!」
「…もうよい、お主は下がれ」
「は?いえ…そのようにな訳にはいきませぬ!」
「…下がれと言っている!」
国王の剣幕にたじろいだ臣下は「失礼いたしました…」と下がって行く。
「…シーラよ」
「はっ」
国王の後ろに控えていた剣聖シーラを呼ぶ。
「ワシは、間違えたのか」
「私は国の盾でございます。ただの盾にそのような事を言う権利はございません」
「良い…今は進言を許可する。お主は亡き王妃とセシル、二人と懇意にしておったな。お主の率直な意見を聞きたい」
そう言われ目を伏せたシーラは、黙考し顔を上げた。
「セシル様は聡明なお方です。きっとただの我儘や短慮ではあのようなことはしないかと」
「で、あろうな…」
ため息をついて深く椅子に腰かけて目を閉じる国王。
「…急に旅に出たくなった。なに、お主と二人、ほんの半月ほどの気ままな旅行じゃよ。……昔、王妃やセシルと出かけていたように、な」
「…知っておられたので?」
「知らぬわけがなかろう……。さて、行く先はどうするかな…半月で帰ってこられる、景色の良い場所がいいのう。……ガマル領あたりなどは、どうじゃろうな?」
「……すぐにご用意いたします」
ほんの少し喜色を浮かべ下がっていくシーラを見送った国王は、フンと鼻をならした。
「あの男が絡むといつも思ったようにならぬ…腹の立つ奴じゃ」




