40話
「魔法隊!打てー!!!」
王国騎士団の魔法隊から火魔法の雨あられが落とされる。テトラもそれに倣いファイアーボールを放っている。続けざまに弓兵の矢もドスドスと命中するが、すべてが泥に阻まれてなんのダメージも与えているように見えない。
攻撃を受けたスワンプドラゴンから泥の塊がドプッと落ち、その中からオオヒルがズブズブと這い出してきた。
「気をつけろ!泥の中にオオヒルがいるぞ!!前衛は後衛に被害が出ぬ様食い止めるんだ!!!」
おおおおお!!!と冒険者や槍を持った兵士たちが前線に迫るオオヒルに殺到する。アバラも同じくオオヒル相手に突撃し、一匹また一匹としとめていくが何匹倒してもスワンプドラゴンからボトボトと落ちてくる。
そしておもむろに、のそのそと動いていたスワンプドラゴンがゆっくりと顔をもたげ始めた。
「ブレスが来るぞ!!!退避!!退避だぁ!!!」
スワンプドラゴンの口から大量の泥が噴出し、弓兵がいた場所に猛烈な勢いで弾けた。
泥とはいえあれだけの出力でぶつけられれば普通の兵士ならまず助からないだろう。それにたとえ生きていても泥に埋まって動けなくなったり、泥の重さで足を取られたら致命傷だ。
現にスワンプドラゴンのブレスが当たった場所は泥の山になってしまい、この戦いの間は立ち入ることができなくなってしまった。
「なんて厄介な…!」
「再びブレス!!!来ます!!!」
今度は魔法隊がいた場所にブレスが降り注ぐ。幸い直撃を受けた者はいないようだが、陣営は大きく崩され、道に置いていた逆茂木はもはや何の意味もなくスワンプドラゴンに踏みつぶされていく。
「下がるな!!!魔法隊!構え!!!」
潰走しかけた兵士を気合いで止めて再び魔法を打たんと準備したその時。
先ほどよりも大きな咆哮が、地を揺らす暴力的な轟音が戦場に鳴り響いた。そこにいた全員が耳を塞ぎ苦悶に呻く。三半規管を直接揺さぶられるような激しい頭痛が襲い掛かり、スワンプドラゴンの近くにいた兵士などは泡を吹いて倒れてしまうほどだった。
「(マズい…心が…折れる…!)」
戦場を覆っていた濃い敗戦の気配が不変のものに変わってしまう瞬間。誰かが悲鳴を上げるそのコンマ数秒早く、戦場に鈴の音の様な声が響き渡った。
「まだです!!!まだ負けていません!!!」
いつの間に移動したのか、戦場のどこからでも見上げられる小高い丘の上にセシルが立っていた。フードを脱ぎ捨て伊達メガネを外し、兵士を鼓舞する。
「どうか!!!どうか立ち上がってください!!!私達の後ろには国民が!!!家族がいます!!!私達がここで戦う一分一秒が、一人でも多くの命を救うのです!!!」
「セシル様…セシル様がどうして…!」
「言ってる場合か!セシル様が戦っておられるんだぞ!!!俺たちが腐ってどうする!!!」
うおおおおお!!!と兵士たちから咆哮があがる。息を吹き返したかのように一人一人が立ち上がり、魔法を打ち、オオヒルを倒していく。
「すげぇ…持ち直したぞ…!」
「やっぱりセシルはすごいわ!!アタシ達も負けてらんないんだから!!!」
「おう!!!」
「火魔法が効かなければ水魔法です!!まずスワンプドラゴンの泥を落とします!私に合わせてください!!!」
セシルの号令で魔法隊とセシルから大量の水魔法がスワンプドラゴンに降り注いだ。泥と共にたくさんのオオヒルが地面にぶちまけられる。
「俺たちも根性見せるぞ!!!魔法使い共に負けるなぁ!!!」
大量のオオヒルに怯む事無く冒険者や兵士たちが立ち向かっていく。
幾度もの応酬の末、体を覆う泥の何割かを失ったスワンプドラゴンの全容が露になった。
「こ、これは…!?」
「こいつ…アンデッドだ!!!ドラゴンゾンビだ!!!」
泥に隠れて見えなかったスワンプドラゴンの身体はあちこち魔素還りが進み腐敗しており、身体は溶け、剝き出しの内臓にオオヒルがまとわりつくという悍ましい光景が広がっていた。
「なんて醜悪な…!」
皆が顔をしかめる中、セシルからアバラ達へ声が届いた。
「アバラさん!!アンデッドならやりようがあります!!!一か所でいいんです!泥を完全に取り払ってください!それができれば勝機はあります!!!」
「OKだ!!テトラ!いけるか!?」
「愚問はやめてよね!!当たり前よ!!!新技、見せたげるんだから!!!」
そう言ってテトラがアバラに沼渡の首飾りを投げ渡した。
バチッ!と受け取るとすぐに首にかけてスワンプドラゴンゾンビに向かって駆けだすアバラ。
「火魔法です!!!テトラさんに合わせてください!!!」
セシルから魔法隊に号令がかかる。
「いくわよ!散々やってくれた落とし前、つけさせてやるんだから!【エクスプロード】!!!」
テトラが放った渾身の超火球はスワンプドラゴンゾンビの頭上に出現し、その頭に当たり大爆発を起こした。続けざまに魔法隊からも火魔法が降り注ぎ、頭の泥の水分が蒸発しひび割れる。
ただでやられる訳もなく、泥竜は大きく首をもたげると二足歩行になって立ち上がった。
立ち上がるだけで地面は揺れ、その巨体を見上げるだけで身がすくむ様な絶望感。それを踏みにじり【空歩】と沼渡の首飾りの効果でアバラがスワンプドラゴンゾンビの身体を駆け上がっていく。
頂点まで上り詰めた勢いで飛び上がり、自慢のリーゼントを振りかぶった。
「今の俺の最高火力!!!食らいやがれぇ!!!【鬼纏】!!!」
【鬼纏】と【ド根性頭突き】の合わせ技が立ち上がったスワンプドラゴンゾンビの頭に炸裂する。テトラ達の魔法でカラカラに干上がった泥がアバラの頭突きでバラバラに砕け散る。
「ありがとうございます。アバラさん、テトラさん……。行きます!【セイクリッド・ターンアンデッド】!!!」
アバラ達を信じて溜めていた全力の一撃がスワンプドラゴンゾンビの頭にぽっかりと空いた泥の風穴に降り注いだ。
時を同じくして、泥の塊が立ち上がる所を派手な和装の女が煙管を片手に見下ろしていた。
「…へぇ?」
女は倒れ行く泥竜を見つつニヤリと笑った。
全身から泥をまき散らしながらスワンプドラゴンゾンビが倒れ伏した。高質量の衝撃に皆が身を固めるも、動かなくなった山の如き泥塊に徐々に勝利の実感が皆を包んだ。
うおおおおおおおおおおお!!!!
戦場に雄叫びが響く。まだオオヒルは残っているがこの勝利は覆しようがなく、誰もが肩を組み勝利を喜びあっていた。
それはアバラも例外ではなく、倒れ伏した泥竜の元で気を抜いて座り込んでしまった。
まだ目に光が残る泥竜を背中に向け。
最後の力を振り絞った泥竜がアバラを噛み殺さんと牙をむく。アバラが振り向いた瞬間、見える泥竜の口内。今度こそ死を覚悟した、その時。
空から派手な和装をはためかせ、降ってきた女がスワンプドラゴンゾンビの頭を踏み抜いた。
「トドメだけ貰っちまって悪いね、傾奇ボーイ?」
アバラが謎の女の介入で九死に一生を得たその時、本当にこの戦いに幕が下りたのだった。




