39話
「一体いつまで沼地でヒル退治すりゃあいいんだ!!」
「そう言うなよ、内容にしちゃ実入りのいいクエストなんだぞ。確かにもう嫌というほど沼地にいるけどよぉ」
グラトニアブラザーズと名乗る3人の男たち、ホイ、コウ、ローはアバラに手ほどきを受けたおそろいのリーゼントを揺らしながら沼地の奥へ奥へと入ってきていた。
「この辺りを調査すりゃもう見るところはないだろ?帰ったら新しくできたポルコの穴倉とやらで浴びるほど酒飲もうぜ!」
「あぁ、時間が無くて一回しか行ってねぇがあそこの飯は最高だった。あのドワーフ、アバラが引っ張ってきたんだろ?アイツが来てからいい事ばっかりじゃねぇか」
「ガハハ!俺たちは強くなれて美味い飯が食えるようになったんだ!これ以上望むもんはねぇって言っても過言じゃねぇぜ!」
男たちはガハハと笑いながら生い茂るツタや枝を鉈で切り落とし、沼地の最奥にたどり着いた。
「なんでぇ。やっぱりなんにもねぇじゃねえか」
「だな。オオヒルがデカくなったのは不気味だが、結局そんだけだ。ギルドにそう報告して終わりだな」
そう話してバシャバシャと来た道を戻りだす3人だったが、背後で既に聞きなれたズブズブという音がしてスッと身構える。
「きなすった、またオオヒルだぜ」
「さっさと倒して街で宴会だ!」
しかし、今までと違ったのは背後の泥の盛り上がりが一つではなかった事。
「おい!一匹じゃねぇぞ!」
「おいおいおい嘘だろ!何匹いるんだよ!!!」
キシャー!!と顔をもたげるオオヒルが3匹、4匹と沼から上がってくる。そのすべてが3m級、大きければ4mにもなろうかというサイズのものまでいる。
「とんでもねぇぞ!異常なんでもんじゃねぇ!!!」
しかし、3人は気づいていなかった。
本当の脅威はその奥。
否、その下。
男たちは度重なる調査をへて、沼地の底に潜む災害との邂逅を果たしてしまった。
数日の休みを挟み、完全にリフレッシュしたアバラ達はその日受けるクエストを吟味していた。
「討伐系は何が残ってるんだ?」
「えーっと、ゴブリン、コボルト、トレントかしらね」
「なんでぇ。食えねぇのばっかりじゃねぇか」
「最近は皆さんも穴倉へ降ろす食材集めに躍起ですからね。食材集めは他の冒険者に任せて、私たちは別のクエストをしてもいいかもしれませんね」
そんな取り留めのない話をしていると、突然ギルドのドアが勢いよく開き泥だらけの男が転がり込んできた。
「ローさん!どうされたんですか!?そんなに慌てて!」
ルイシュが急いで駆け寄ってヒールをかける。
「た、大変だ!ド、ドラゴンだ!ドラゴンが街に向かってるんだ!!!」
ローの話によれば、沼地の調査の途中に超巨大なドラゴンと思われる魔物に遭遇、命からがら逃げてきたのはいいものの、何故かドラゴンは沼地を抜け街に向かって一直線に向かってきているという。
「あの、オオヒルは巨大ドラゴンにくっついてた個体だったんだ…だからあんなにデカかったんだよ…」
「それはわかったけど、なんで街に向かってるんだよ!」
「知らねぇよ!とにかく一番スタミナのある俺が二人に荷物を全部預けて知らせに来たんだよ!奴は間違いなく街道沿いをまっすぐにこの街目掛けて歩いてきてる!軍も冒険者も総出で迎え撃たねぇととんでもねぇことになるぞ!!!」
それを聞き、冒険者ギルドの斥候職の者と、王国軍からも早馬が出て事実の確認が行われた。通信用の魔道具からローの証言が事実であることと、50m超のスワンプドラゴンと思われる魔物が王都に向かっており、半日もすれば到達するだろうという旨の報告があった。
グラトニア王都は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。王国軍がすぐに前線に逆茂木などを設置し、交戦準備をすすめ、冒険者ギルドからも精鋭を前線へ、ランクの低い者は避難誘導などに駆り出された。
最前線に陣を構える王国騎士団長代理の男は憤慨していた。
「このような、王国始まって類を見ない有事に国内の主戦力の半数がいないだと…!この数百年一度も相まみえたこのとのない魔王軍の為の演習などと言って国の守りを手薄にするなど…どっちが平和ボケなのだ…!」
教本通りの前線構築を行い、交戦準備はとうにできているが、まだ見ぬ災害級の魔物相手にどこまで通用するのか。このような時のための勇者もここにはいない。
男は奥歯をギリリと噛みしめながら士気が下がらぬよう王国軍に檄を飛ばしていた。
アバラ達のパーティも前線に来ていた。ランクはともかく、貴重な魔法使いとヒールの使い手だ。後衛に回している余裕はなかった。
「セシー、フード被っとけよ」
「は、はい」
王国軍には当たり前だがセシルの顔を知るものが多い。それどころではないかもしれないが、見つからないに越したことはない。
遠くからでも目立つリーゼントをした男が二人、街道から走ってくるのが見えた。一人は王国軍へ説明に走り、もう一人は冒険者ギルドの面々が集められたテントに転がり込んだ。
「お前は…!ホイ!」
「ぜぇ、ぜぇ…コウだ…もうすぐ見えるところまで来るぞ…!」
地平線の向こうから形容できない威圧感を感じる。遠くからは小さな小山に見えていた物体が徐々に近づいてきて全貌が露わになる。
高さは15mを超え、全長はさらに長く70mはあるだろうか。四足で歩く巨体はさながら動く山の様で、体のあちこちから泥がべしゃ、べしゃ、と地面に垂れて跡を残している。
泥で全身が覆われて中身がどのような生き物なのかうまく把握できないが、それが【泥竜】と呼ばれるスワンプドラゴンだ。
「なんという巨体だ…」
「怯むな!射程に入り次第攻撃する!魔法隊!弓隊!順次構え!!!」
緊張感が増す戦場でアバラ達もスワンプドラゴンを見上げていた。
「おいおい、ほんとにこんなのと戦うのかよ…」
「アタシ達、とことん運がないわね。今度こそ死ぬかもよ?」
恐怖を隠すように強がるテトラをアバラが見ると、その手は小さく震えていた。するとセシルがそっとその手を両手で包み込んだ。
「きっと大丈夫です。私たちはこの短い間で何度も死ぬような目にあったんですよ?2回が3回になるのと3回が4回になるのは何も変わらないじゃないですか。それに、もしダメそうなら逃げちゃいましょう。死ぬよりいいじゃないですか」
「ハハッ、王女様らしくねぇな」
「ええ、今の私は冒険者のセシーですから!」
テトラはそう嘯くセシルの手を握り返し、顔を上げた。
「そうね、アタシ達は死んだって死なないんだから。今度だって乗り切って見せる!」
魔法隊が構え、いつでも攻撃可能な範囲にスワンプドラゴンが入るその時、スワンプドラゴンの喉からそれ自体が暴力の様な轟音が響き渡った。
まるで衝撃すら伴っているように錯覚する咆哮は誰もが膝を折って逃げ出したくなる様な恐怖を与えたが、兵士たちはそれを耐え、ついに戦いの火ぶたが切って落とされた。




