32話
「いやぁよかったわねぇ。ポルコさん、良い人そうで」
「ええ!またあの人に食事を作って頂けると思ったらそれも楽しみですね!」
帰り道はゴーレムの様な魔物に出会うこともなく廃坑跡を抜けた。辺りはほんのりと夕焼け色に変わってきており、来た時よりも少しだけ不気味に見える森に入ったところだった。
終始にこやかに話をしていたアバラだったが、ふと違和感を覚え立ち止まった。
「止まれ、なんか変だ」
「え、何よ」
いぶかしげにアバラを見るテトラだったが、アバラの真剣な表情を見て気を引き締めた。
言葉では表せない違和感、アバラの目が、肌が、直感が、敵がいると警笛を鳴らす。
その瞬間ピュ!という音と共に地面を謎の斬撃が切り裂いた。
「下がれ!!俺はアバラだ!夜露死苦!」
即座に【名乗り】を発動させ仲間を下がらせるアバラ。テトラとセシルもすぐに臨戦態勢に入る。
「一体何が!?【プロテクション】!」
テトラは相手が目視できないため魔法の発動を待機している。
斬撃を回避した一同だったが、その直後、アバラの腕に何かが絡みついた。
「なんだこれ!?鉄の糸!?」
「っ!【ポイントフレイム】!」
テトラが即座に発動した魔法で糸は断ち切られたものの、よく見れば周囲は糸で囲まれており、光の反射でキラリと光っていた。
「逃がさねぇって事か…隠れてないで出てこい!」
アバラがそう叫ぶと、木の陰から全身を黒服で包み、口元を布で覆った男が現れた。
「呼ばれたからってノコノコと出てきやがって、隠れるまでもねぇってか…」
「コイツ、ヤバい気配がプンプンするわ。出し惜しみ無しで行くわよ!【ポイントフレイム】!!」
テトラが黒服のいる場所に魔法を発動させるが、発動する直後に素早く回避されてしまう。
「【炎拳】!!」
アバラが【属性拳】を発動させ黒服に肉薄するが、黒服の動きがあまりに早く、捉えることができない。
「は、速い!【スプラッシュ】!!」
セシルが広範囲を襲う水の奔流を出すもそれすらも回避して黒服がセシルに迫る。
「きゃ!!」
「うげぇ!アタシ!?」
黒服が襲ったのはセシルでなくテトラだった。テトラは胸倉を掴まれ簡単に浮かされてしまう。
「この!テトラを離せ!!!」
炎を拳に纏わせて突撃するアバラだったが、黒服がピュ!と腕を振るうと鉄の糸がアバラの身体に巻き付き全身を捉える。
「ク、クソ!動けねぇ!!」
「アバラさん!テトラさん!」
セシルも魔法を発動させようとするが、セシルのコントロールでは二人も巻き込んでしまう。首を掴まれ動けないテトラも魔法を発動させることができずにいる。
「っ、一か八か…!【鬼纏】!!」
「っ!」
アバラが発動させた【鬼纏】は普段は成功率は低いものの、この時は運よく発動させることができたようだ。【鬼纏】はアバラを捉えていた鉄の糸をバチン!と弾き飛ばし、そのままの勢いで黒服を攻撃した。
糸が解けて一瞬驚いた黒服だったがテトラを降ろしすぐに距離を取った。
さらに追撃を仕掛けようとしたアバラだったが、黒服が臨戦態勢を解除しパンパン!と手を叩いた。
「はい!お仕舞いよ!3人とも」
「はぁ!?」
面食らってしまったアバラを躱して、黒服は頭を覆っていたローブを外し、口元の布をずらすと、それは緑色の短髪と朱色を差した薄い唇をした痩身の男性だった。
「えっ!イ、イールスさん!?」
黒服の正体は【被服師】のイールスだったのだ。
「ごめんなさいね、みんな。もうやる気はないから安心して」
「痛てて…安心できるわけねぇだろ!今まで襲われてたんだぞ!」
イールスの後ろで派手にコケていたアバラが戻ってくる。
「じゃあ、これが証拠よ」
そう言うとイールスはアバラ達を囲んでいた糸をギュ!と引き締めた。その瞬間糸はあっさりと大木を切り裂き周りの木々はドサドサと倒れてしまう。
「ワタシが本気を出せば、人ぐらいは簡単に細切れにできるわ。アバラちゃんなら少しは耐えられるでしょうけど、痛いじゃ済まないとだけ、言っておくわね」
「つまりは、さっきまでは全然本気じゃなかったって事かよ…」
「そういう事」と言いイールスは自分が倒した丸太に座った。
「イールスさんが、なぜ私達を襲ったのですか…?」
セシルが恐る恐る聞くとイールスは事もなげに話し始めた。
「誘拐犯に囚われたセシル王女を救出せよって、とある方に言われたからよ。なお、誘拐犯の生死は問わず…でね」
「なっ!」
「わ、私は誘拐などされていません!」
セシルが大声で否定する。
「わかってるわよ。私はね。でも残念ながら命令に逆らうことはできないのよ、私たち【雀】はね」
「【雀】って、何よ」
喉元を押さえたテトラがイールスを睨めつけながら聞いた。
「ごめんなさいね、痛くして。【雀】は王家に仕える諜報、暗殺部隊よ。普段は街の人に紛れて生活してるの。ワタシもその一人」
「そのような部隊がいるとは聞いたことがあります…まさかイールスさんがそうだとは…」
「もちろん、隠してたからね。今回はとあるやんごとなきお方から依頼があってね。あ、セシルちゃんのお父様ではないとだけ伝えておくわ。ワタシ達は王家とかかわりのある貴族からも依頼されて動くことがあるから」
「でも、やらなかったのはなぜだ?命令だったんだろ?」
そう言われたイールスはニコッと笑いながらこう答えた。
「それはセシルちゃんが誘拐なんてされたわけじゃないことがわかってたからよ。アナタ達、運がいいわよ。命令されたのがワタシじゃなければあっさり殺されていたかもしれないんだから」
「それなら攻撃する理由もないでしょ?なんで襲ってきたのよ…」
まだ首を押さえているテトラに、いたたまれなくなったセシルがヒールをかけている。
「まあワタシとしてもセシルちゃんは子どもみたいなものですから、親心としてセシルちゃんを守れるかどうかテストさせてもらったってわけよ」
「正直あんまり納得いかねぇけど…テストの結果はどうなんだよ」
「ふふっ、合格よ。花丸あげちゃうわ。最後に拘束したところで終わりのつもりだったんだけど、まさか解かれちゃうなんて思わなかったわ」
指をくるくると回してアバラの頬をつんっ!と押すイールス。
「あの技、見たことないけど、どこで覚えたのかしら。お姉さん気になるわ」
「教えねぇよ、アンタの事まだ信用したわけじゃないからな」
「それでいいわよ。誰に命令されたのか、とかも探らない事をおすすめするわ。知ってしまえば今度こそ殺されるかもしれないからね。じゃ、そろそろ行くわね、ワタシもほとぼりが冷めるまで潜伏しないといけないから」
「じゃあね」と手を振り歩いていくイールスだったが「忘れていたわ」と振り向いた。
「セシルちゃん、お詫びにお店のいつものところに替えの洋服と直しておいたドレスを入れてあるわ。お代はいいから持って行って頂戴」
「イールスさん…」
「アンタも人が悪いぜ。ただの【被服師】って聞いてのに、戦闘職だったとはよ」
「あら、ワタシは正真正銘【被服師】よ。サブ職は戦闘職ですけどね」
クルクルクルっと鉄糸を空中で弄ぶ。
「覚えておくといいわ、職業だけが全てじゃないの。じゃあね」
イールスはそういうと森の中へ消えていった。
「はぁーーーー!!とんでもねぇ奴だったんだな、イールスって。ありゃガラムより強ぇぞ…」
アバラの言うガラムとは【要塞のガラム】と呼ばれた奴隷商の首魁だった男だ。アバラと勇者キサラギの共闘で撃破した相手だったが、その時よりも大きな実力の違いを感じたアバラだった。
「私も知りませんでした。子どもの頃からお世話になっていたのに…」
イールスと長い付き合いだったセシルはよりショックが大きかったようだ。
「【雀】って言ったわよね、王家にはあんなのがまだいっぱいいるのかしら、やんなっちゃうわね」
「流石に上澄みだと信じたいけどな。ただ、目標にはなったぞ。今度また襲われても大丈夫なように、もっと強くならねぇとな」
そう言って歩き出すアバラとテトラの後ろで暗い表情をするセシルだった。
無事王都まで帰ってきたアバラ達は次の日にイールスの店に行ってみることにした。
「やっぱり閉まってるな」
「えぇ、でもこういう時は…」
そういうとセシルは店の陰にある植木鉢の下に手を入れるとそこには鍵が入っていた。
「昔、こうしてイールスさんがいない時に店に入れるようにって鍵を置いといてくれたんです」
昔を思い出して懐かしむセシルはそのカギで店のドアを開けた。セシルが店の受付の下にあった箱を取り出すと中身を出した。
「これですね…置いてある場所も昔と一緒です…」
「結構量あるな。この短期間でよくこんなに用意できたな…」
セシルが一枚一枚服を出していると奥の方に大きな服が一着入っているのがわかった。
「おいおい!これってまさか!!」
その服はアバラ様に仕立てられた新しい特攻服だった。大きく目立つ鬼の刺繍と背中には異世界の言葉で【レッドライン】と書いてあった。
「レッドライン?って何かしら」
「多分イウラの奴が教えたんだろうな、俺が元の世界でリーダーやってたグループの名前だ。ちょっと恥ずかしいぜ」
「まって!これアタシのローブじゃない!?イールスさんアタシの分も用意してくれたのね!」
自分用のローブを見つけて大喜びするテトラと嬉しそうに新しい特攻服に袖を通すアバラ。
「イールスさん、きっと初めからこれを渡す気だったんですね…あの人は昔からやさしいのに、素直じゃないですから…」
きれいに直されたドレスを大事そうに抱えるセシルだった。




