26話
「おい!人だぞ!」
「大変!アバラ!抱えて沼の外まで行くわよ!」
「あの…どうか…飲み物と、食べ物を…分けては頂けませんか…?」
彼女はまだ意識があるようで震える身体で必死に助けを求めていた。
「意識はあるんだな!よかった!一旦安全な場所へ運ぶから我慢してくれよ!」
そう言われて安心したのか力を抜いてアバラに身を任せる女性。彼女は泥にまみれていたが、その服装は明らかに高級な素材でできており、あちこち破れていたものの確実に身分の高い者である事を察する事ができた。
どうしてこんな場所にいるのかという疑問はあったが、ひとまずは沼地から出て比較的清潔そうな木陰に彼女を降ろした。
「お水よ!たくさんあるからゆっくり飲んで!パンと干し肉もあるわ!」
「あぁ…ありがとう…ございます…!」
彼女は何日も食事をとっていなかった様に水をごくごくと飲み干し、パンと干し肉もあっという間に平らげてしまった。
「本当にありがとうございました…このご恩は必ず返させていただきますので…」
「気にしなくていい。水と食料くらい命に比べたら安いもんだ。話を聞くのは後にして、とりあえず沼地から出るぞ。近くに川と休めるスペースがあんだ」
そういうとアバラは彼女をお姫様だっこで抱え上げた。
「あ、もう歩けますので…!降ろして頂いて大丈夫です…!」
「いや、アンタ泥まみれだろ。泥って言うのはな、服の中に入ると気づかないうちに小さな砂粒が擦れて真っ赤に炎症したり、そこからバイ菌が入っちまって大変なことになったりすんだ。川で流すまでは大人しく運ばれとけ」
「で、では…大変恐縮なのですが…よろしくお願いします…」
テトラは見逃さなかった。アバラの腕の中で彼女が真っ赤になって照れている所を。
「いや、相手はあのアバラよ?まずはあの頭と恰好を見てドン引きするのが普通でしょ…?いくらまともに食事をとれてなかったとしても何の疑問も持たないなんて…」
「おい!なに小声でぶつぶつ言ってんだ!さっさと行くぞ!」
「わかってるわよ!すぐ行くから!」
テトラ達はまだ知らない。この青い長髪の女性、セシルがアバラの髪型など些細に思えるほど醜悪な化け物から逃げ出してきた事を。今ならたとえオークに助けられても最上級の感謝をしていただろう。
下心なくセシルを助けたと言う事実だけで、あの男よりも遥かにマシなのだから。
アバラ達は野営をした川の近くの休憩エリアまで戻ってきた。
「奥に川があるから、そこまで連れて行ってやるからな」
「いえ…もう大丈夫ですから…魔力が戻ってきたので…【クリーン】」
そう青髪の女性が呪文を唱えると身体や服の泥がキレイになくなっていく。
「凄い!聖属性の魔法だわ!アタシ初めて見た!」
彼女はアバラからゆっくりと地面に降ろされるのをほんの少し名残惜しそうにした後、丁寧に頭を下げた。
「助けていただいて本当にありがとうございました。私はセシル、セシル・グラトニアと申します」
「おう!大したことじゃねぇよって…いでで!何すんだ!テトラ!」
セシルの名前を聞いた途端急にテトラがアバラの頭を下げさせ、自分も同じように頭を下げる。
「ア、アンタ!頭を下げるのよ!この子は…いや、このお方はグラトニア王国の第三王女様よ!!!」
「ハァ!?王女様ぁ!!?」
急に畏まってしまった二人を見て慌てるように手を振るセシル。
「あ、あの!そんなに畏まらないでください!お二人は命の恩人ですし、ここには私以外誰もいませんから…ぜひお友達とお話するような感じで大丈夫ですので…」
「そんな…恐れ多くて…!」
「んだよ、ダチみてぇに話せって言ってんだろ?だったらいいじゃねぇか。俺はアバラ、アバラリュウトだ。よろしくな!」
恐れ知らずなアバラをギョっとした目で見て頭を下げる。
「申し訳ございません…!コイツには後で言って聞かせますから…!」
「よろしいのですよ。むしろアバラ様の様に砕けて話してくださった方がうれしいです。私達、それほど歳も離れてなさそうじゃないですか。ですから…ね?」
「う…じゃあ…アタシはテトラっていいます…よろしく…」
そうテトラがたどたどしく答えるとセシルはパァっと笑った。
「アバラ様、テトラ様。改めてこの度は私を助けていただいてありがとうございます。ぜひ、このお礼は王家で…と言いたいのですが、少々込み合った事情がございまして…」
「まぁ、王女様が一人でこんなとこにいるなんておかしいよな。事情は聞いていいのか?」
「ええ…実は…」
そう言ってセシルはあの夜の日の話を始めるのだった。
「で、命からがら逃げだしてきたと?よく見つけられなかったな」
「すぐに追手が来ると思ったので、いきなり街道に出ることはせずに数日近くの山に潜伏したのですよ。幸い基本的な魔法は使えましたし、子どもの頃は冒険者になりたかったので最低限のサバイバルの知識はあったのです。それでもかなり大変でしたが…」
「アバラ…この子王女とは思えないくらいタフだわ…!」
「あぁ…直情的かと思いきやフィジカルで解決するタイプと見た」
「…聞こえてますよ?それから手持ちの貴金属を二束三文で売り払って出来たお金でなんとか乗り合い馬車に乗れたのですが、運悪く盗賊に襲われてしまって…」
「思い出すだけで恐ろしかったです」と項垂れる。
「おいおい、どんだけ運が悪いんだよ…」
「人と戦ったことなんてありませんでしたから…思いつくままに魔法を滅多打ちにして逃げ出してきたのです…」
「アバラ、アタシちょっと怖くなってきたわ。この子、自分が王女だと勘違いしてる危ない子なんじゃないかしら」
「俺もちょっと疑わしいと思ってたとこだ」
「あ!いいですね!それ!そういうことにすればもっと仲良くなれますか?」
「アバラ助けて!ちょっと手に負えそうにないわ!」
テトラが半泣きでアバラに縋り付き、それをみてセシルがクスクスと笑う。
「まぁ、冗談はこれくらいにしておいて、お二人のお話も伺っていいですか?特にその…アバラ様は、異世界人、ではないですか?」
「あぁ…そうだな…どっから話したもんか…」
そう言ってこの世界に来てからの事を話し始めた。
「そんな…お父様が異世界召喚を…?」
「なんだ、知らなかったのか。王族だから知ってるもんかと」
「いえ…もし私がその場にいれば止めていたと思います…なんてことを……」
すでに日が暮れ始めており、アバラ達は焚火を囲んでいた。丸太に座っていたセシルは膝を抱えてうずくまってしまう。
「お父様はおかしくなってしまったのでしょうか…私の知っているお父様なら政略結婚とはいえあのような男の元に私を嫁がせようとはしないハズ…それに異世界召喚を行うなんてとても思えません…」
「その…セシル様は異世界召喚が行われてた時王都にいらっしゃられなかったのですか?」
「…崩して話してくださらないとお話する気になれません…」
「こんな時なのにブレねぇなオイ」
「ええい!わかったわよ!セシルは異世界召喚をした時には王都にいなかったの!?」
やけくそになったテトラをニコニコと見つめ、ため息をつく。冗談を言いつつもやはりショックが隠せないようだ。
「私はここ数年は教会で神官になるための修行をしていたのです。私は【神官】の職業を持って生まれたので…。それから王族と神聖協会の友好の橋渡しとして元教会の司祭であったガマル辺境伯のご子息の元へ嫁ぐ事になったのです。ですから外の情報はあまり入ってこなくて…それに、もしかすると意図的に伏せられていたのかも知れません…」
そういいながらセシルはうつらうつらと舟をこぎ始めた。まともな休みなど取れているはずもないので当たり前の事だとアバラ達は寝床の準備をしてやることにした。
「あぁ、待ってください。お二人にもクリーンの魔法をかけてあげますね。これで泥汚れも全部落ちますから…【クリーン】!」
そうして二人の身体を光が包むとアバラのリーゼントがバサッと解けて落ちてしまう。
「あ゛?そうか…ワックスは汚れと一緒に落ちちまうのか…クソ…眠くなってきやがった…」
髪を下したアバラを見ると今まで眠そうだったセシルの顔が赤くなりパッと口元を抑える。
「あらあらあらあらまぁまぁまぁまぁ……御髪を下されても素敵ですね…!」
「流石セシルはお世辞が上手ね。リーゼントのアバラはまごうことなき変人よ。リュウくんがイケメンなのは認めるわ」
「いえいえ、確かに奇抜な髪型でしたが、大変素敵だと思いましたよ?助けて頂いた時なんて目が釘付けになってしまって…」
「セシル…アナタとんでもない不細工に会ったせいで感覚が狂ったんじゃない…?」
「何をごちゃごちゃと…」
最初こそギクシャクしたものの、年の近い女子二人はさっそく打ち解けて仲良く話しているようだ。
眠そうだったセシルも元気になってテトラと二人できゃっきゃとしているのを見て「ふっ」と笑い、先に横になるアバラだった。
日が昇り、火の番をしていたアバラが二人を起こすと眠そうなテトラと、対照的に朝からシャキッとしているセシルが寝袋から出てくる。
「おはようございます!昨日は寝袋まで借りてしまって、本当に至れり尽くせりでありがとうございました」
「流石に王女様を地面に寝かせるわけにはいかねぇからな」
ほとんど開いていない目をしたテトラがパンに炙ったチーズを挟み朝食を作っていく。
「あら、美味しそうですね!昨日は遅くまでおしゃべりしてしまってすみません。あまり眠れませんでしたか?」
「いいのよ…アタシも久しぶりに女の子とたくさんお話できて楽しかったから…にしてもアナタ元気ね…」
「久しぶりに安心して眠れましたから。この通り元気です!」
むん!と元気そうなポーズをするセシルを横目にモソモソとパンを食べるテトラと、朝から髪を整えるアバラはこれからの予定を確認するために荷物を片付けながら話をすることにした。
「んで、セシルはこれからどうするんだ?街に戻って王様に会うのか?」
「いえ…色々考えたのですが、しばらくは戻らずに情報を集めようと思ってます。城に戻ってしまっては知りたいことも知ることができないかもしれませんし、何よりまた辺境伯の元に送られる可能性がある以上安易には動きたくありません。ええ、絶対に」
セシルの背からオーラの様なエネルギーが発せられた気がしてしまうアバラとテトラ。
「でも、行く当てはあるの?アタシ達もできることはしてあげたいけど」
テトラにそう言われるとオーラをふっと消して俯き気味にお願いをする。
「…あのですね、これまで散々お世話になっていて本当に厚かましいのは重々承知の上でお願いします。私を冒険者のパーティに入れて貰えないでしょうか…」
「お?いいんじゃねぇか?俺にはそれで解決になるのかわかんねぇけど。なんか考えがあんだろ?」
特に悩むこともなくアッサリ承諾したアバラに拍子抜けしてしまい、逆にセシルは焦ってしまう。
「い、いいんですか?その、絶対面倒ですよ!?最悪王家の諍いに巻き込まれてしまうかもしれませんし…!」
「まぁ、ほっとけないしね…せっかく助けた相手を見捨てるなんてことアタシ達にはできないわよ」
「だな。乗りかかった船って奴だ。セシルが悪い奴じゃねぇってのもわかるし、こんだけ不運が立て続けに起きたんだ。ちっとは良い事があってもいいだろ」
「行くぞー」と気負いなく荷物を背負い歩き出すアバラを唖然とした表情で見ているセシルに、同じように荷物を背負いながらテトラが言う。
「ああ言う奴なのよ。だからアタシも一緒にいんの。アイツは人を助けるのに理由なんて求めないんだから」
「待ちなさいよー!」と駆けていくテトラを見て、胸の前でぎゅっと手を握る。
「不運だなんて…この幸運の為にあった道草じゃないですか……待ってください!お二人とも!私もお荷物お持ちしますからー!!」
二人でどんな話をしているのか、テトラがアバラの尻を蹴り上げアバラが怒っている。そんな二人に追いつきテトラから荷物を半分貰ってニコニコとついていくセシル。
冒険者パーティに、というのは打算ではなく必要な事としてお願いしたつもりだったが、図らずして子どもの頃からの夢だった冒険者になるという道が二人の賑やかな冒険者によって開かれたのだった。




