22話
ハナコ先生渾身の一作。アバラのヘアスタイルを一日キープし続けられる維持能力を持ちながら、触るとふんわり柔らかい。男臭さを消すためにほんのりとさわやかな香りがするのも忘れてはいけない。
【アバラスペシャルVer.2.0】アバラが入院中に作られた最新作だ。
その会心の出来に心底陶酔しながら久しぶりのヘアセットを行い部屋を出る。
「はぁ…」
「んだよ、人の顔見てため息つきやがって。今日は久しぶりにちょっと骨のあるクエスト行くんだろ?気合い入れてけ気合い」
「いや、アンタの顔には文句ないわ。いや、厳密には顔にも文句はあるけども。アタシが一番文句を言いたいのはその頭よ!リーゼントよ!せっかく入院中はリュウくんモードで良い感じだったのに退院したらすぐこれなんだから!」
キーッとテトラがバタバタ暴れる。それを笑いながら宿屋のおばちゃんが見る。
「テトラちゃん、アバラちゃんがいない時はほんとに寂しそうにしてたのよー?毎日お見舞いなんか行っちゃってほんとに素直じゃないわよねぇ」
「おばちゃん!余計な事言わないでよ!アタシはリュウくんを見に行ってただけなんだから!」
「いや、同一人物なんだが…」
「この際だからハッキリ言わせてもらいますけどね!アタシはアバラにはこれっぽっちも興味ないんだから!アタシはイケメンが好きなの!」
おばちゃんは「アバラちゃんもかわいいのにねぇ」と言いながら部屋の奥に消えていく。
「んでよ!今日は何のクエストに行くんだ?体が訛っちまってしょうがねぇんだ。早く行こうぜ!」
「アンタも全然気にしないわね…まぁいつもの事だけど。今日は沼地のクエストの下見に行くわよ!ブロンズならそろそろそういう経験もしないとね!」
「げっ!沼地かよ…一張羅が汚れちまうじゃねぇか」
「沼地対策の魔道具買っといたからそれのお試しも兼ねての下見よ!アンタの為にわざわざ高い魔道具そろえといてあげたんだから感謝してよね!」
「フンッ」とアバラに背を向けて宿を出ていくテトラをアバラがゴマをすりながら追いかける。
「テトラの姉御は流石でゲスねぇ…」
「アンタそれやめてって言ったわよね。出っ歯にしないで」
ぎゃあぎゃあとやかましく話しながら出ていく二人を宿屋のおばちゃんが微笑ましく見送っていた。
騎士団の訓練場でさわやかイケメンの勇者キサラギは剣を振っていた。
「ガラムを止めた最後の瞬間…アバラ君は明らかに何かをした…」
キサラギには優秀な指導員がついており、一流の魔力の動きというのを何度も反復して叩き込まれていた。
それ故にわかる、アバラの異端さが。それ故にわからない、アバラが何をしたのか。
自分ならあのガラムを止められただろうか。いや、おそらく無理だ。しかしアバラと自分にはスキル以外にも大きな差は感じなかった。
「やっぱりすごいや。アバラ君は」
同じく剣を振るう大男が一人。
「…あの男はキサラギと肩を並べて戦ったという」
キサラギは前衛ではあるが、魔法も使う。半前衛といった感じのポジションだ。片やアバラは同じ前衛職、しかも防具なしでタンクを買って出るという、まさに異端。
タカスギはまさに大木の様に堅牢なタンクとしてすでに一人前だった。しかし、雷を纏い戦場を駆け巡るキサラギに常に一歩置いて行かれるという、タイプの違いによる足並みを合わせる難しさというのを痛感していた。
タカスギは気づいていた。勇者の横に立って戦うのならばアバラの様なタイプの方が相性がいい事を。
「…だが、負けんぞ」
戦場にすら間に合わないなど、勇者を守る盾として恥でしかない。タカスギはより一層気を引き締めて訓練に励んだ。
その男臭いタカスギを尻目に勇者パーティの女子達は優雅に昼休憩をとっていた。
「タカスギさんも良い人なんだけどね~やっぱりちょっと真面目過ぎっていうか~」
「わかる~キサラギ様は顔も良いし優しくて素敵よねぇ~」
きゃっきゃっと話す女子達から少し離れたところで腕を組み訓練場を見渡す女がいた。
「女共はダメだな。あれはキサラギについて来ただけのミーハーバカだわ。戦いに慣れれば少しは変わると思ったが…」
そう言うとミサキはそっとその場を離れた。
「アタシがしっかりしねぇと…」
ミサキはハッキリとした性格だ。興味があるもの、利用できるものには優しいが、価値がないと思ったものには極端に冷淡になる。
ミサキは心の中で切り捨てた。キサラギとタカスギ以外のパーティメンバーを。
奴らお荷物達がもし、いなくなってしまってもパーティが成立するように、その頭脳を回転させ始めた。
イウラとハナコは自分たちが将来テナントとして使う予定の元貴族の屋敷に来ていた。この場所は大通りに面しており、場所も広さも十分にある。この屋敷は例の奴隷商騒ぎで摘発された貴族の一人の屋敷で、それをドルマン商会が買い取り、イウラに低金利、出世払いで売ったという形になっている。
もちろんドルマン氏もただの善意ではなく、イウラならば屋敷代を遥かに上回る利益を上げられる商売ができるだろうと踏んでの事だった。
金は動かしてこそ儲かる。すでに王都内に敵なしのドルマン商会には莫大な預金があり、このままグラトニアの経済を牛耳ってしまうのは本意ではなかった。
王家や名のある貴族に余計な不信感を持たれれば無用な争いを生む可能性もある。
ならば敵を作ってしまえばいい。自分たちと違う土俵で勝負できる、ライバルを。表面上は利益を奪い合い、夜は一緒に酒でも飲みに行けばいい。
そういう豪胆な男がドルマン氏であった。
「イウラさん、このお屋敷をそのままお店に?」
貴族の屋敷の様な建物で商談をするというのはこの世界では無い話ではない。莫大な資産を抱えた商人はほとんど貴族と変わりのない生活をしているものだ。
しかしイウラの答えは違った。
「いや、テナントにするつもりだからね。思い切って一階はぶち抜いてしまおうと思ってるんだ。一回は庶民でも使えるオープンテラスと軽食、安価で効果の高い異世界人謹製の製品を置くスペースでこの場所を賑やかにしたいと思ってるんだ」
「なるほど…元貴族のお屋敷だから、近寄りがたい雰囲気もあるはず…それを壊すのね」
「本命は、そのスペースで獣人や、亜人を店員として雇う事。だけどね」
「それは…!」
獣人や、亜人を市民レベルで差別している者はそう多くない。主に差別が激しいのは教会関係者とそれに近しい貴族だ。
「一階は庶民のお店、リーズナブルな物しか置かない。ただし二階は違う。貴族向け、商人向けに高級品の取り扱いをする。彼らは一階を通らなければ僕たちが作った最高の商品にはたどり着けないんだ。どう?面白いでしょ?」
イウラはとても悪い顔でニヤリと笑う。この男もこの世界で厳しく鍛えられ、そして商人として戦おうとしているのだ。
「差別主義者は一階に近づきたがらないでしょうね。でもそうすると異世界の商品を買うことはできない…転売品ならば手に入るかもしれませんが、値段も上がるし贋作も増えるでしょうね」
ハナコのメガネがキラリと光る。
「異世界人には既に何人か声もかけてあるんだ。みんなあちこちで修行して一端の職人になってる。これから忙しくなるよ」
「そういえば、商会の名前はどうするの?」
「うーん、本当は使いたい名前があったんだけどね。そっちは別で使うことにしたし、異世界売りはしたいけど、【異世界商会】だとおやじギャグみたいで嫌じゃない?だからとりあえず【イウラ商会】でいくつもりだよ」
「いいんじゃないかしら。この世界だと商会長の名前を商会名にするのは一般的みたいだし、イウラって名前も異世界の名前だからこっちの人にはあまり浸透してないしね」
そう言って改築のための見取り図を広げ、ああでもないこうでもないと話を進めていくのであった。
ぎゃあぎゃあと賑やかに話しながら冒険者ギルドのドアを開くアバラとテトラをルイシュが迎える。
「アバラさん、退院おめでとうございます。今日はクエストですか?」
「おう!リハビリと下見も兼ねて沼地の簡単なクエスト無いか?」
「それですと、オオヒルの討伐と唾液集めですかね。オオヒルの唾液は鎮痛剤としての効果が高くて需要があるんですよ!」
「また変な液体集めかよー!そんなんばっかりだな冒険者ってやつは!」
「アンタがいつまでも寝てて強くならないからそんなクエストばっかり行く羽目になるのよ!そんなだからサブ職業にも恵まれないんじゃないかしら?」
「俺だって努力してんだぞー!?見ろよ!ステータスだってちゃんと伸びてんだから」
そう言ってステータスプレートを出すアバラをテトラが覗き込む。
「どれどれー?……ってアバラあんた、サブ職業手に入れてるじゃない!」
テトラが指をさす場所には今までなかったサブ職業が確かに一つだけあった。
「マジか!!ほんとだ!!!ってなんだこれ、【魔拳士】?」
それを聞いたルイシュが不思議そうな顔をする。
「勝手に聞いて申し訳ありませんが、【魔剣士】ですか。アバラさんが剣を振っている姿は見たことがありませんが、随分と有用なサブ職業を手に入れられたんですね」
「いや、剣じゃなくて拳、こぶしだ。魔の拳の士で【魔拳士】だ」
「【魔剣士】は有名だけど【魔拳士】は聞いたことないわね。どこで拾ってきたのよ、言いなさい」
思い当たる節といえばラトネに指導をしてもらった事だけだが、あれ以降一度も会ってはいない。
そうして考えていると、ギルドの書庫から本を抱えたルイシュが戻ってきた。
「【魔拳士】ありました。随分古い資料なのでうろ覚えでしたが、これです」
そういって本を開くと、拳に魔力を宿らせて戦う男の姿が描かれていた。
「大昔の大戦で【魔拳士】を名乗る男がいたそうです。この男は武器も使わず、多くの敵兵を殴り倒したと。そして…【魔族】だったそうです」
ルイシュとテトラが疑いの目を向ける。
「アバラ…アンタやっぱり人間じゃなかったのね…?」
「そんなわけねぇだろ!ルイシュもドン引きするのはやめてくれ!テトラには話したことあるだろ!?きっと師匠がなんか関係してんだよ!」
そういってルイシュにラトネの事をかいつまんで説明した。
「あの…ギルドに侵入者が出たっていうお話なので、もっと早くに教えてほしかったのですが…」
「それは本当にすまん、あの時はそういう気が回らなくて…」
「話を戻しますと、アバラさんは、たった一回の師事でそれを反復して練習し【魔拳士】のジョブを獲得したということになりますね?それもこんなに短い期間で」
「そうなるな…」
ルイシュとテトラは顔を見合わせた。
「これは、ほぼ確定じゃないかしら?」
「おそらく、そうだと思います」
「なんだ?なんの話だ?」
ルイシュとテトラには思い当たる節があるようだ。
「前にテトラさんとはお話していたんです。アバラさんの“異世界転移の3つ目のギフト”について」
「異世界人がこちらに渡って来る時に3つギフトを貰えるって話は覚えてるわよね?」
「えっと、強い職業につきやすいのと、言葉の理解だろ?あとなんだっけ」
指折り数えるアバラをみてテトラはため息をつく。
「3つ目は人によりけりなのよ。つまりはバラバラなの。力が強くなる人もいれば運がよくなる人もいるわ。で、たぶんだけど、あんたのギフトがわかったわ」
「恐らくですが、サブ職業に強い補正が掛かっています。サブ職業は師事する方の能力も獲得に関わっているといいます。アバラさん【ヤンキー】が驚くべき速度で伝播していることと、今回の【魔拳士】の獲得速度を鑑みると、ほぼ間違いないと思います」
「じゃあ、俺はサブ職業を広めやすくて覚えやすいってことか?」
「その二つは間違いないと思います。あとはサブ職業のステータス補正の強さとか、スキルの覚えの速さとか色々検証すべきかと…」
テトラは頭を抱えながら呻いた。
「じゃあこいつは生きてるだけで【ヤンキー】を振りまく病原菌みたいなもんじゃない…この国が【ヤンキー】だらけになるのも時間の問題よ…【ヤンキー】パンデミックよ!早く逃げないと!」
「お前はもう【ヤンキー】持ってるだろうが。今更わめくな」
ルイシュが自分のステータスプレートをみてホッとしているのはなぜだろうか。
するとギルドの扉が盛大に開かれグラトニアブラザーズ…例のごろつき三人組が入ってきた。
「「ひっ…!!」」
「お前ら…!」
テトラとルイシュが抱き合う様に戦慄し、アバラは歓喜して立ち上がった。
「おう!アバラ!俺たちも【ヤンキー】になったおかげでシルバーになったからな!最近流行りのヘアワックスってやつでおめぇの髪型を真似して見たのよ!どうだ?似合ってるか?」
そこに立っていたのはリーゼントになったムキムキのごろつき三人組だった。
「いいじゃねぇか!!まさかこっちでリーゼント仲間ができるなんて思ってなかったぜ!だが、形がまだ甘いな!直してやるからちょっと見せてみろ!」
「おお!悪いな!」
「いやあああああ!!!やっぱりああなっちゃうんだ!!!【ヤンキー】を持ってると嬉々としてリーゼントにするようになっちゃうんだぁぁぁぁ!!!」
むせび泣くテトラをルイシュが窘める。
「いや、サブ職業にセットさえしなければ、そんなことにはならないハズ…!ですよね…?私はまだ【ヤンキー】は持っていないし、大丈夫ですよね…?」
「不安になるようなこと言わないでよぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
そしてグラトニアの街にはリーゼントの一大ムーブメントがやってくるのだが…それはもう少し先のお話。
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