21話
「ほらリュウくん。アタシが剥いたリンゴ、食べなさいよ」
上機嫌なテトラがアバラの頬っぺたにリンゴを押し付けてくる。
「…断る……俺のワックスと櫛を返せ」
「ダメよ。病院であんなバキバキにヘアセットする奴がどこにいるのよ」
戦いの後、ガラムは無事捕縛され、獣人や女性達もみんな解放された。気を失っていたアバラはルイシュにヒールを掛けてもらったが、完全にけがを治すことはできず、減ってしまった体力はヒールでは戻らないため、しばらくの間入院することになった。
病院では毎日体を流すことも出来ないため、ヘアワックスは没収。終始眠たげな表情のまま、テトラにいいようにされる日々である。
アバラの意識が戻ってからは色々な人がお見舞いに来た。勇者パーティの3人、イウラとハナコ、ルイシュや、ごろつき3人組まで、皆忙しい隙間を縫って会いに来てくれたのだった。各々が好き勝手に話したり報告したりしていたが、共通したリアクションは髪を下したアバラの姿を見た驚愕だろうか。
唯一キサラギだけは普段と変わらなかったのはどうしてだろうか。
キサラギ達からは事の顛末を聞くことができた。
「あのアジトは奴らの生命線だったみたいでね、残されていた資料から情報を流していた悪徳貴族共を一網打尽にできたってクライスさんが喜んでたよ」
「…戦いに間に合わなくてすまない。キサラギがものすごいスピードで出て行ってしまって、追いついた時には決着がついていたんだ」
ボロボロのアバラを見て申し訳なさそうにするタカスギ。
「案外俺がムチャせずに騎士団とお前らに任せた方がうまくいってたのかもな…仕事を取っちまって悪りな…」
「いや、アジトを見つけたのもガラムの奴を追い詰めたのもアバラ君とテトラさんだよ。僕は最後のとどめを刺しただけさ」
「謙遜はよせ、お前がいなかったら間違いなく死んでたよ。ありがとうキサラギ」
リーゼントが無いせいか、いつになく素直なアバラにキサラギが照れて少し赤くなる。
「なぁ、あいついつもあの状態にしとかねぇか?」
「できるならやってるのよ。アタシだってどうせ冒険者するならアバラじゃなくてリュウくんがいいわ」
「別人格として処理してんのか…」
ミサキとテトラはいつの間にかそこそこ仲が良くなったらしい。
イウラとハナコからは獣人の子どもたちの話を聞いた。
「親が見つかった子達はよかったんだけどね、孤児の子達も結構いてさ。教会の孤児院にも相談してみたんだけど獣人は入れない様に上から強く言われてるらしいんだ」
「孤児院のシスターさんはとても申し訳なさそうにしてたわ…教会の人がみんな獣人差別をしたい訳じゃないっていうのがわかって良かったけど、気分の悪い話よね」
「…んで、獣人の子どもたちはどうなるんだ?」
「今はドルマン商会の方で面倒見てるんだけど、実は会長から僕に自分の店を持たないか?って打診が来ててね。もちろん最初はドルマン商会の下請けの様な形だけど、いずれは一人立ちできるようにって話で。そっちで獣人の子たちを従業員として雇えないかなと思ってるんだ」
「すげぇじゃねえか。でもドルマン商会で雇うんじゃなくてイウラが雇うんだな。」
「獣人を雇うって事は教会を敵に回す可能性があるって事なの。ドルマン商会ほど大きな商会でそんな大きなリスクは背負えないわ。でもイウラ君が作る商会は異世界人を中心にした新しい商会だから、最初から教会とのコネクションを作らずに運営していけば利益には影響はないはずよ」
「ハナコさんを含めて異世界人の職人はとてもいい商品を作るからね。もし教会の邪魔が入っても大丈夫なくらいの大きな利益を生んでやるさ!」
イウラやハナコは自分たちの戦い方でこの世界に喧嘩を売るつもりのようだ。アバラはそれを知り嬉しく思った。
ルイシュからはアバラ達をブロンズ級に昇格させる準備が出来た事と、もうこんな無茶はしないことと説教を受けた。
ルイシュの顔が終始少し赤かったのをテトラは見逃さなかった。
ごろつき3人組はもうすぐシルバーに上がれるかもしれないという報告が聞けた。なんでもブロンズとシルバーは凡人の壁と言われていて、シルバーに上がれず冒険者を終える者も少なく無いという。
「俺たちグラトニアブラザーズに負けねぇ様にお前らもさっさとシルバーになるんだな!」
「…兄弟だったのか?」
「「「違うぞ」」」
退院を明日に控えてテトラにリンゴを押し付けられる日々もようやく終わりだと息巻いているアバラだったが、毎日の様に見舞いに来ていたテトラにふと疑問をぶつけた。
「お前も毎日来なくてもよかったのによ。暇だったのか?」
「暇じゃないわよ。スライム狩りだってまだ需要あるし、アタシ一人だって稼いでたんだから」
「じゃあなおさら無理に来なくても…」
そう言いかけて、ふくれっ面になってしまったテトラの頭を撫でた。
「悪ぃ、そうじゃねよな。ありがとよ、心配してくれて」
「…よろしい。明日からまたバリバリ働くんだから。それと…」
そう言って、くるりとアバラに背を向けてこう言った。
「…助けに来てくれて、ありがとう。信じてた」
言い終わるとダッと駆け出して病室を出て行った。
「…素直じゃねぇなぁ」
「すまない、入ってもいいだろうか」
「どぅわぁぁ!!」
開け放った病室のドアから兵士長のクライスが覗き込んでいた。
「すまん…盗み聞きする気はなかったのだが…」
「いや、タイミングが悪かったな。あんたもお見舞いか?マメだねぇ」
「いや、例の奴隷商の件が片付いたのでな、報告に来た」
そういうと椅子に掛け何枚か資料を出した。
「これがお前と勇者殿が倒した奴隷商の首魁、通称【要塞のガラム】だ。こいつはA級の賞金首でな。こいつを単騎で倒せる奴はこの王国にもそう多くはないだろう。お手柄だ。他にも部下に余罪もりもりの犯罪者共がワラワラだ。騎士団が出来なかったことをやってくれて深く感謝する」
そうして頭を下げた。
「裏で悪さしてた貴族様がたくさん逮捕されたんだって?あんまり気持ちのいい話じゃねえが、これで少しでも治安が良くなるといいな」
「そう言ってもらえて助かるよ。おかげで貴族の空席がいくつも出来たものだから皆大騒ぎさ、今回活躍した君に叙爵するべきだと言っている貴族もいるぞ」
「カーッ!勘弁してくれ!俺はそういう小難しいのは無理だ!誰かに仕えるって器でもねぇ!」
クライスはハッハッハと笑い、こう続けた
「そうだろうと思って君には金銭的なお礼を用意している。賞金首を捕まえた分の報奨金もあるからな、ギルド経由で送っておくので確認しておいてくれ」
席を立って帰ろうとするが帰りがけに真面目な顔でこう言った。
「また説教臭くなるが、言わせてくれ。無謀と勇気をはき違えるんじゃないぞ。今回は明らかに運がよかった。君が死んでいないのは偶然のめぐりあわせだ。……だが、君の様な人は同じ様な状況になったら同じことをするんだろうな」
「馬鹿だからな、死んでも治らねえよ」
クライスは少し寂しそうな顔をしたあとフッと笑った。
「覚えておくといい、君が死んで辛い思いをするのは仲間や家族だ。強くなれ、自分だけでなく仲間の為に、自分が死ねばいいなどと安易に考えなくても良いように」
「説教臭くなるのは歳をとった証拠かな」とクライスは病室を出て行った。
「…わかってるよ、いや、わかってなかったろうな」
そう言うと身体に魔力を込めた。【鬼纏】の練習は欠かしていない。まだあの戦いの最中でしか成功したことはないが、確かに掴んだ鬼を纏う感覚。彼が一流の壁をこじ開けるのはそう遠い未来ではない。




