20話
「すげぇ…」
獣人の男の子が思わず漏らす。
「これが本来のアバラの戦い方なのね…」
アバラの戦い方は決してスマートではなかった。殴り、殴られ、しかし致命になる一撃は受けない。時に敵を盾に、殴られる前に殴り、返り血と自らの血を体中に纏いながら敵を威嚇する。
その姿は猛獣すら恐れるであろう。見る人が見れば鬼だと、悪鬼だ羅刹だというであろう。アバラ自身まだ鬼を纏うに至っていない。【鬼纏】は使えないが、その姿はすでに鬼そのものであった。
「オルァァァアアア!!!どうした!!!そんなもんか!!!」
血を流し、アドレナリンを滾らせ鬼が吠える。
「ひっ!こいつどうかしてるぜ!!」
逃げようとする男を後ろから捕まえるアバラ。
「つーかまーえたぁ!!」
「ひぃぃいぃぇぇえええ!!!」
すでに戦いにあらず。現場はごっこ遊びならぬ“鬼ごっこ”に変わり果てていた。捕まっていた獣人や、女性たちは自分たちに無体を働いた男たちが必死に逃げ回るのを楽しみ始めてすらいた。
「鬼ぃちゃんがんばれぇ!!」
なんだかニュアンスがおかしな気もするが、応援されて悪い気はしないアバラは次々と男たちを叩きのめしていった。
しかし、楽勝ムードが一変、地の底から響くような声が聞こえる。
「何を騒いでやがる…」
決して大きな声ではなかった。それなのに不思議と良く聞こえ、そして胸の奥に不安を植え付けるようなねっとりとした気持ち悪さを与えた。
奥から酒臭い大男が出てきた。今の今まで寝ていたのだろう、二日酔いで目はうつろで焦点が合っていない。しかし、その男から漂う強者の気配はアバラの背中をゾクゾクとくすぐった。
「こいつは…大物じゃねぇの…」
アバラは気持ちを締めなおした。間違いない。こいつがボスだ、と。
「うちの子分たちに随分好き勝手してくれたみたいじゃないの」
そういうと足元に転がる男を蹴り上げた。
「うっ!!!」
「こんなガキに舐められちゃよ、商売あがったりだろうが!」
子分、と言いつつもまるで奴隷と変わらない仕打ち。こいつからすればどちらも大した差はないのだろう。
「さてと、かわいい子分達の尻ぬぐいをしなきゃあな」
そう言って近くに立てかけてあった大きな籠手を両腕に填める。ガツン!と拳を打ち合わせ、魔力を滾らせる。
「…バケモンだなこいつは」
明らかな格上、だがアバラの頭には師匠と呼んだラトネの背中が浮かんでいた。
「…師匠にくらべれば、子どもみたいなもんだがな!」
そう言うと奴隷商の首魁へ挑みかかった。
飛び掛かったアバラを見る首魁は一歩も動かなかった。両手の籠手で急所を適格に守り、アバラのラッシュを事も無げに受けきったのだ。
さっと飛びのき、体制を整えたアバラが呟く。
「参ったな…こいつはどうやら一流って奴らしい」
ラトネに見せてもらっていた一流の技、それをこの首魁はやっていたのだ。受ける瞬間、受ける場所だけに魔力を集める。こいつは攻撃するときには同じように完璧に魔力を扱い攻撃してくるのだろう。
「アンタ…名前は?」
「ガラムという。裏社会じゃ結構有名なんだぜ?」
「そうなんだろうな…俺じゃどうやら勝てそうもねぇ」
「勝てねぇ喧嘩をするのは馬鹿のやることよ。どうだ?俺の部下にならねぇか?」
「ハッ!嘘でもハイって言えば時間が稼げるんだろうけどな。生憎俺は嘘が嫌いでね。それと、もう一つ」
「あん?」
ガラムと名乗ったその男はいぶかしげに首をかしげる。
「俺は馬鹿なんでね!喧嘩は勝てるかどうかじゃなく、ムカついたかどうかでするって決めてんだわ!!」
「ガハハハッ!大馬鹿野郎だったか小僧!!」
再び突貫するアバラに今度は迎え撃ってくるガラム。
アバラの目前を凶悪な一撃が交差する。当たればただではすまないだろう。
相手が大ぶりの一撃を構えた瞬間、アバラの足が砂利をすくい上げた。
「ぐっ!生意気に!」
そう言って砂を振り払ったガラムの目前からアバラは消えていた。
「む!上か!」
ガラムの頭上には頭を振りかぶったアバラがいた。とっさに籠手でガードをするとその腕に凄まじい衝撃が襲った。
「ふん!!!」
「うぉぉぉ!!!」
アバラの渾身の【ド根性頭突き】は確かに発動したものの、ガラムの守りを打ち崩すには至らなかった。
「小僧…なんだそれは。流石に貰っていたらまずかったぞ…」
「あぁ…こっちも食らってもらわなきゃまずかったんだが…」
【ド根性頭突き】は初見殺しの一撃必殺だ。しかし外してしまえば二度目を当てるのは難しい。警戒されてしまえば、頭を振りかぶるモーションなど隙でしかないのだから。
これで文字通り、万策つきてしまったアバラだったが、だからと言ってあきらめる男ではない。
「殺してしまうのは惜しいが、お前は危険だ。ここで確実にやる」
ガラムの目が座る。本気だということだろう。
「簡単にくたばると思うなよ…」
アバラとしても退ける時ではない。ここで取り逃がせばこいつは雲隠れし、また奴隷をつくりはじめるだろう。
意地と根性しか残されていないアバラの泥臭い戦いが始まった。
「うっ…ハァ!……!」
「おのれちょこまかと!」
喧嘩においてアバラには大きな長所は二つあった。一つは致命の一撃は受けない事。喧嘩を無傷で終えるなどアバラにとってはあり得ないことだ。だが、絶対にヤバい一撃だけは受けない。それを徹底して行ってきた。
もう一つは利用できるものは何でも利用するということ。今までもアバラは大人数を相手取り、時には人をも盾にし、隙を作りながら活路を見出してきた。
そうやって今までアバラは勝ってきたのだ。ただしそれはあくまで自分の攻撃が通じる相手ならできることだった。
相手の攻撃はすべてが致命につながりかねない一撃。こちらの攻撃はほとんど意味をなさない。一応【ド根性頭突き】を警戒して無理な攻め方はしてこないものの、確実に体力を削られ、いつやられてもおかしくない状況だった。
「うっ!!」
アバラの足が疲労とその場にたまった血で少し滑ってしまう。そこに生まれた隙を見逃すガラムではない。
「獲ったぞ!」
ぐわんと迫る致命の一撃、その攻撃が当たる瞬間、一瞬景色がスローモーションの様になりアバラは死を覚悟した。その時、間に割って入る雷光一閃。
「【瞬雷斬】!」
「ぐっ!」
突然の乱入者に怯み距離をとるガラム。
アバラは死を目前にそれを救った者を眩しそうに見上げた。
「キサラギ…遅いじゃねぇか」
「これでも最速で来たんだよ?異世界人の通報だって聞いてすっ飛んできたんだから」
アバラの命を救ったのはさわやかイケメンの勇者キサラギだった。
「投降してください。ここにはすぐに騎士団が駆け付けます。あなたに勝ち目はありません」
剣をガラムに向け宣告するキサラギ。
「これは勇者様じゃねぇか、驚いたな。だがまだ若い勇者様が単騎で突入とは頂けねぇなぁ」
二体一になってもまだガラムの余裕は崩れない。
「俺はまだ捕まらねぇぞ。ガキ二人なんぞすぐに殺して逃げ延びてやる」
「アバラ君、もう少しやれそうかい?」
「おう!…と言いてえが、俺にはアイツにダメージを与える手段がねぇ。二対一なら多少はやれるかもしれんが、勝ち目は薄いぞ」
「…僕にはとっておきがある。アバラ君はアイツを一瞬でいいから足止めできるかい?」
「無理だな…と言いたいが、やってやる」
先ほどの【瞬雷斬】というスキルでもガラムにダメージを与えられた様子はない。ここはキサラギの提案に乗るしかない。しかしアバラにガラムを止められる手立てはあるのか。
「(何度も練習した、コツは掴みかけてる。決めるなら今、ここしかねぇ)」
キサラギに合わせてガラムに向かって走り出す。キサラギの剣がガラムの籠手を打ち、アバラの蹴りがガラムの脛に受けられる。
一合、二合、打ち合いが続き、キサラギがさっと後ろに下がった。今、ここがその時だ。
「仲間を見捨てたか!」
「違ぇよ!託されたんだ!」
ガラムの渾身のボディブローを受けるその瞬間、アバラは【鬼纏】を発動した。
ガァン!!!ととてつもない衝撃と音が鳴り、アバラは吹き飛ばされる。失敗?否、アバラは成功させたのだ。
ガラムの籠手は大きくゆがみ、反動で拳から血があふれる。
「ぐおぉ!」とガラムの口からくぐもった声が漏れる。
一瞬しか【鬼纏】を維持することができなかったため、衝撃を完全に和らげることはできなかったが、約束通りガラムを一瞬足止めすることに成功した。
しかし、歴戦の猛者であるガラムは動揺こそしたものの即座に思考を放棄、キサラギに向きなおった。
「やらせんぞ!」
無事な方の腕でキサラギを迎え撃とうとした瞬間。
「【ポイントフレイム】!」
魔力切れでほとんど動けなかったテトラの渾身の魔法がガラムのこめかみに炸裂した。
壁にめり込んだアバラがニヤリと笑う。
「ぐぬぅぅぅ!!」
「…アタシを忘れんじゃないわよ」
「【雷刻】!」
キサラギのスキルを込めた一撃がガラムを袈裟斬りにした。
「まだだぁ!!!」
斬られてなおキサラギに向かうガラムに、納刀しキサラギが言う
「いえ、終わりです。【雷鳴時雨】」
スキルを発動した途端、ガラムに雷が落ちた。雷を受けてもなお立ち上がるガラムに再度雷が落ちる。
何度も何度も何度もガラムが動くたび雷が落ちた。
「【雷刻】は印をつけるスキルです。この印をつけた相手に必中の雷を落とすスキルが【雷鳴時雨】雷が止むのは僕の魔力が尽きた時か、あなたが動かなくなった時です」
「ぐおおおおおおおおお!!!!!」
無敵の様な強さを誇ったガラムも無限の雷には成す術を持たず。
不沈艦は勇者の轟雷の元に沈んだのであった。




