19話
気が付いたらかび臭い建物の牢の中にいた。近くの牢のなかで見覚えのある獣人の男の子が「お姉ちゃん、ごめん…」と泣いていた。
あぁ、アタシは騙されたんだとすぐわかった。大方「妹を助けてほしければカモを連れてこい」とでも命令されたのだろう。ムカつく。後ろ頭にはコブができていて痛い。
幸い牢はあまり頑丈そうではなく魔法で破壊できそうだった。
「やめときな。無駄だぜ」
詠唱を始めると近くに座っていて見えなかった男から声をかけられた。
「その檻はオンボロに見えるが魔法を通さない特別性さ。それにこの建物の中には俺以外にも何人も詰めてんだ。例え出たところで逃げられやしねぇよ。おとなしくしときな」
「チッ」っと舌打ちを打った。思ったよりずっとヤバそうな状況だ。
周りを観察するとアタシ以外にも女の子が数人、獣人が何人も雑に牢に入れられていた。
近くの牢で例の男の子がまだ泣いている。
アタシはその子に声を掛けた。
「大丈夫よ。きっとヒーローが助けに来てくれるわ」
「ぐすっ…ヒーロー?」
「そう、真っ赤でカッコいいヒーローが来てくれる」
そう言ってアタシは“今この場を打開できる魔法”の準備を始めた。
「っかしいなぁ…テトラの奴、ハライタか?」
アバラはギルド前でかれこれ30分立ち往生していた。テトラは元々結構時間に厳しいタイプでルーズなアバラはいつも遅れて怒られる立場だったのだ。
聞けば魔法の師匠が遅刻を許さないタチだったそうでそれがうつったのだと。
今日もハナコとの話題に盛り上がってしまい、遅くなってすまんとドルマン商会から貰って来た茶菓子を手土産に許してもらう予定だったのだが。
茶菓子を手で弄びながら時間を潰していたが、流石におかしいと思った矢先、ギルド前を通りかかる住人達がざわざわと騒ぎ始めた。
「おい、あれなんだよ。小さな太陽か?」
「いや、人魂だろう」
「昼間に人魂がでるのか?」
そう口々に言いながら指をさす先には、バスケットボールサイズの火の玉が浮いていた。
アバラにはその火の玉は見覚えがあった。
「…!アイツまさか!」
そういうとアバラは火の元へ駆け出したが、近くにいる巡回中らしき騎士団を見つけると首根っこを捕まえて叫んだ。
「おい!あの火の玉の真下に兵士を集めろ!冒険者でもいい!できるだけ急げ!!!」
「なっ!急になんだ!お前は!」
「見たらわかるだろ!異世界人だよ!俺にはわかるんだ!あの真下には“奴隷商”がいる!!!お前らが血眼になって探してる奴だ!!!」
異世界人が言っている、と言えば不思議なスキルで分かったのかもしれないと誤解して少しでも早く兵士を集めて貰えるかもしれないと、瞬時に判断しそう伝える。
別に間違っていてもかまわない。その時は思いっきり謝ればいい。
そう言って兵士を投げ捨てると、烈火が這っていると見間違う様な速さで駆け出して行った。
かび臭い建物のなか、テトラは大粒の汗を流しながら魔法の維持に集中していた。
元々一瞬火の玉を出すだけの【ポイントフレイム】は長時間維持する術式ではない。その燃費の悪い魔法をいつ見つけて貰えるかわからない状況で維持し続けるのはテトラの心と体を削り続けた。
魔法を通さない檻も、魔力は通してくれたのは僥倖だった。
ただ、それだけだ。この魔法もアバラに一度見せた切りだ。見つけても意図が伝わる保証はない。
「お姉ちゃん…大丈夫?」
心配そうに獣人の男の子が声をかける。
「…大丈夫……大丈夫だからね」
すると異常を察知した男の一人が近づいてきた。
「この女、さっきから様子が変だぞ?なんかしてやがるんじゃねぇか?」
「(まずい、邪魔されたら集中が…!)」
「おい!女!何か余計な事をしてるんじゃないだろうな!」
檻越しに首根っこを掴まれて思わず魔法が切れる。
「あっ…!」
しかしテトラは笑っていた。思わず声が漏れたのは魔法が切れてしまったからではない。
「女…何笑ってやがる…?」
「…離した方がいいわよ?……アイツはこういう事する奴、大嫌いだから…」
テトラが笑っていたのは塞がれて外が見えないようにされていた窓の隙間から“見慣れた赤色”が見えたからだった。
ドガァアアアン!!!と盛大に奴隷商の隠れ家の扉が蹴り開かれた。土埃が舞い、長らく日が入っていなかった部屋に眩しいくらいの太陽光とそれに照らされる真っ赤な男が立っていた。
男はフシュー!フシュー!とまるで猛獣の様に息を吹きながら今自分が蹴り壊した扉を踏みつけて、中に入ってきた。
「なんだてめぇ!!ここをどこだと思ってやがる!!」
「さっさと出ていけ!!ぶち殺すぞ!!!」
そうやって怒鳴り散らす男たちを無視してテトラを見つけると、唖然としてテトラを離すのを忘れていた男に一足飛びに駆け寄った。
「……よお、うちの仲間が世話になったみてぇだな…!」
「ふげっ……てめぇ…はな…ふげらっ!!!!」
アバラはその男を掴み上げると渾身の頭突きを鼻っ柱に叩き込んだ。男は血を吹き出しながら吹き飛び、汚いテーブルをへし折った。
その音を聞きつけ、奥から奴隷商の仲間と見られる男たちがぞろぞろと出てきた。
「おいおい、騎士団かと思ったら一人かよ!拍子抜けだぜ!」
「でもなんでわかったんだ?誰か追跡の魔法でもかけられたか?」
「そんなこたぁいいんだよ!騒ぎが大きくなる前にさっさと殺せ!!」
男たちがいきり立つ横でテトラが心配そうに見つめる。
「アバラ…」
「…頑張ったな。ここからは俺の仕事だ…」
テトラの頭を軽く撫でると、さっと振り返り鬼の形相で男たちに吠える。
「てめえらがこの街のガンって奴だな?くせぇくせぇ、ガンじゃなくて肥溜めの間違いか。俺が一人ずつ畑に蒔いて肥料にしてやるから感謝するんだな!」
殴りかかってきた男の顔面を殴りつけ踏みながらさらに叫ぶ。
「てめぇら全員ぶちのめす、俺の名はアバラだ!夜露死苦!!!」
【名乗り】をあげ薄汚い奴隷商の手下達に突貫した。




