17話
「…フッ!…ハッ!」
ここは冒険者ギルドの訓練所。あまり人気のない場所でアバラは一人宙に向かって正拳突きを放っていた。
時は数刻遡り。
アバラはサブ職業習得のためルイシュに冒険者向けのサブ職業がまとめられた冊子を貸してもらっていた。
「有用な職業を持っている方に匿名でその職業の特徴や訓練すべき内容なんかの情報を買い取らせて頂いてるんです。うまくいけば誰かに師事しなくても自力で発現される場合もありますから」
そう言われて冊子を読んでいると見覚えのある職業が目に止まった。
「【空手家】…」
元居た世界にも通ずる職業だ。内容もそのまま空手家であり、主に徒手空拳で戦うアバラに合っていると言える。
そしてアバラは元居た世界で短い期間ではあったが空手の経験があった。
そうして思ったのだ。「師事された世界は違えど師事には変わりないのでは?」と
それから訓練場でひたすら当時を思い出して型などを練習してみるが一向にサブ職業が発現する気配はない。
アバラは感じていた。
「これ…意味あんのかな」
そう思う理由はいくつかあった。まず、向こうの世界での空手はあくまで“対人間”を想定した武道であることだ。こちらでは人型でも体格が大きく違うことがあるし、そもそも人型でない魔物の方が多い。
もう一つは“間合いの違い”だ。こちらの世界の人間は身体能力が魔力により強化されており、同じ一歩でも遥かに早く、遠くまで距離を詰めることができる。
そういった技術の違いがどこまでこちらの世界と乖離しているかはわからないが、少なくともアバラには今やっている訓練にあまり意味があるようには感じられなかった。
「面白いことをしておるのう」
突然に後ろから話しかけられてアバラは背にゾクッとしたものを感じゆっくりと振り返った。そこにいたのは褐色の肌、白い髪を持つ少女が座っていた。見た目と合わない口調だが、アバラが驚いたのはそこではない。
「(今絶対に誰もいなかっただろ)」
強者の気配。どう考えても子どもにしか見えない相手から伝わってくるありえない気配。元居た世界の時から鍛えられた危機察知のレーダーが、ちぐはぐな危険信号を出す。
「取って食う訳じゃないから安心せい。お主異世界人じゃろ?何をしておったのじゃ?」
「…何で異世界人ってわかる」
相手の事を少しでも探るため、あえて質問で返す。
「カカカッ!そんな見た目をしておいてしらを切るか?無理があるじゃろうて!何度も言うが安心せい。わしはお主の敵ではない。名前はラ…ラトネという。お主は?」
「アバラだ、アバラリュウト」
名前を名乗ってたからアバラは腹を決めた。どのみちここで戦いになったとしても恐らくかなう相手じゃない。それならば相手の言うことを信じるしかない。
「…ふむ、腹は据わったようじゃの。で?何をしておったのじゃ?」
アバラは【空手家】のことをかいつまんで説明した。
「ふむふむ。サブ職業のための訓練じゃったか。それで、なぜ魔力を使わずに訓練しておるのじゃ?」
「向こうの世界には魔力はなかったからな。それにこれは型の訓練で、正しい体の動きをすることが目的の訓練なんだ」
「なるほどのう。それでそちらの世界との技術の乖離に悩んでおったと」
「…そういうことになる」
それを聞くとラトネはポンと立ち上がった。
「ここで会ったのも何かの縁じゃ。その空手とやらは教えられんが、戦いの基本となる魔力の使い方を教えてやろう」
「いいのか!?願ってもねぇ!」
アバラの職業はネタ職【ヤンキー】であり、戦い方を教えられる師匠のような人はいなかった。そのため向こうの世界にいた時の延長線で独力での訓練しか出来なかったのだ。
「まずは攻撃する時魔力を込めると威力が上がるのはわかるな?」
「おう!それくらいはわかるぞ!」
「ではわしがお前の敵としてこうして右手に魔力を集めるとどう思う?」
ラトネが右手にわかりやすく魔力を集める。
「そりゃ、右手で何かしてくるんだなと…」
「その通り。魔法にせよ物理攻撃にせよバレバレじゃな?だから戦いに慣れた者はこうする」
そう言うとラトネは宙に向かって魔力を込めずに拳を放った。何も力を込めていないはずなのにパァン!と大きな音がする。
「…当たる瞬間だけ魔力を込めた?」
「見えたか?いい目じゃ。一流はこれを瞬時に行い相手に攻撃や防御を悟らせぬ。移動時には足に、防御なら盾に、攻撃なら剣に、瞬時に魔力をどれほど込められるか、それが強さになる。例えばそのまま剣に集めた魔力を飛ばせばそれが飛ぶ斬撃になり戦技となる訳じゃな」
「戦技?」
聞きなれない言葉を聞きかえす。
「ふむ、戦技を知らぬか。魔法使いに知り合いは?」
「パーティにいる」
「魔法使いが使う魔法も広義には戦技じゃ。スキルに頼らぬ、自分自身で身に着けた技という意味じゃ」
つまりはアバラが使う【ド根性頭突き】などはスキル、テトラが使う【ファイアーボール】などは戦技にあたるということだろう。
「じゃあ俺も頑張ったら魔法が使えるようになるのか?」
「できなくはないじゃろうが、適性のない戦技を無理に覚えようとしても無駄に時間がかかるし威力も大した事ないぞ?」
つまり自分の今の職業では魔法を使うのは効率が悪いということだろうとアバラは落胆した。
「話が逸れたがの、一流の戦い方というのはわかったかの?」
「ああ、今の俺にはできる気がしねぇ」
それを聞いたラトネはニヤリと笑った。
「いいんじゃよ、お前には一流じゃなくて“超一流”を教えてやるからの」
「超一流…?」
「うむ。一つの技術を極めた者は新しい技術の為に今まで手に入れたものを捨てるのは難しい。超一流の技術は一流の技術とはまるで違う物じゃ。それゆえにほんの一握りしかたどり着いた者はおらん。これを極めるのは先の技術よりも大変じゃぞ?それでもやるか?」
「やる」
アバラは即座に反応した。
「そっちの方が強くなれるんだろ?なら絶対やるぞ!」
「…お主はなぜ強さを求める?どこかにいる魔王を倒さんとするためか?」
アバラは軽く悩んだ後答えた。
「いや、俺が俺であるためだ。俺は自分の生き方を曲げないために力が欲しい。大きな理不尽、絶対に曲げたくない信念がある時にそれを突き通せるように、だ。それに魔王って奴が悪いやつかもわかんねぇしな」
それを聞いたラトネは一瞬ぽかんとしたあと肩を震わせて笑い出した。
「はっはっはっはっは!いいのうお主!気に入った!見据えるのはまだ見ぬ敵ではなく己の道の為か!」
そしてすうっと表情を無くす。
「その道は修羅の道ぞ。世は理不尽に溢れておる。思い通りになぞならぬ事の方が多いのだからの。それを力でねじ伏せようとするんじゃ、失敗すれば仲間諸共死ぬ事にもなろう。お主に貫き通せるだけの器があるのか、見定めさせてもらう」
ゾッとするような声色でつぶやくと身体に魔力を纏わせる。
「よく見ておれ、これが超一流じゃ」
ラトネの身体には薄い膜のように魔力が張っている。
「そんなに薄い魔力で…?」
「ふむ、そう見えるか。ではお主の全力で攻撃してみよ。場所はどこでも良いし、わしは動かぬ」
ここまでのやり取りで相手は遥かに格上とわかってはいるが、見た目は幼女なのだ。アバラにはためらいがあったが、覚悟を決めると拳に全力の魔力を集めた。
「良い魔力じゃ、いつでも来い」
「いくぞ……ハァ!!」
掛け声とともに繰り出された拳はいつか大地を揺らした時よりも強く重たい拳だった。ドゴォ!!!と大きな音が鳴り、ラトネの額に拳が当たり……当たらなかった。
拳はラトネの額数センチのところで止まり、そこからは全く進む事はなかった。
「…うそだろ」
「次はこちらから行くぞ?」
そう言うとラトネはゆっくりと人差し指を突き出しアバラの額に当てた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
するとまるで交通事故のような衝撃とともにアバラが吹っ飛ばされ、あわや壁にぶつかる直前になんらかの魔法によって受け止められた。
「どうじゃ?」
あまりの衝撃に言葉を失うアバラをのぞき込む幼女はいたずらが成功した子どもの様に笑う。
「すげぇ…」
「これが我らの戦技、鬼を纏うと書いて【鬼纏】と呼ぶ。我らの流派では全ての戦技は【鬼纏】に始まり【鬼纏】に終わる。これが基礎であり、奥義なのじゃ」
そう言うとまるで見た目の歳相応の様にふふんと胸を張る。そうしていると本当に幼女の様だ。
「何が起こったのか全くわからねぇ…俺に、【鬼纏】を教えてくれ、いや、教えてください。師匠!」
「師匠か。わしからすれば生まれたばかりの童の様な男じゃが、そう呼ばれるのも悪くない。見ておれ」
そう言うとラトネは再び魔力を纏い始めた。
「【鬼纏】の神髄は魔力を集めることにあらず、魔力を全身に完璧に、均一に配分する。それが【鬼纏】じゃ」
「そんなことであんな力が出せるのか…いや出せるんですか、師匠」
「言葉遣いは気にせんでも良い。ただ、師匠という呼び方は気に入ったからそのまま呼ぶがいいわ。いいか?完璧な調和、完璧なつり合い、完璧な均衡が取れた魔力は外からの力に強い反発を持つ。しかしひとたび崩れればこうなる」
そう言うと【鬼纏】で纏わせた魔力を歪ませた。すると歪んだ場所から魔力が放出され【鬼纏】は形を保てなくなる。
「求められるのは完璧な魔力のコントロールじゃ。ただ纏うだけじゃダメじゃぞ、少し崩れるだけで崩壊してしまうほど張り詰めた状態を維持するんじゃ。今日からこれを毎日魔力が切れるまで練習せい」
そうしてラトネはアバラに背を向けて歩き始めた。
「【鬼纏】を極めれば、鬼神にもなれようぞ」
その背中に一瞬巨大に膨れ上がった【鬼纏】を見せ、その場からふわりと姿を消した。
「何が鬼を纏うだよ……鬼そのものじゃねえか」
最後の一瞬見せた姿はアバラの視界に鬼を幻視させる程強烈に瞼に焼き付いた。
「あそこまでの強さになるまでに一体何年…いや、そもそも人間なのかも怪しい人だったな…」
言われた通り真似して魔力をたぎらせるが全く形にならない。
「こりゃ先はなげぇな…」
そう言っていると訓練場に今までどこにいたのかというほど人が入ってきた。今までアバラしかいなかったことに誰も疑問を持っておらず、あの鬼のような幼女を見た者も誰もいないのであった。
ギルドの訓練所を見下ろせる高台に一人幼女が立っていた。
「全くわしともあろうものが人間の小童に何の戯れよの」
下にはたくさんの人々が歩いているが誰にもラトネを見ることはできない。
「しかし、案外今の世にはあいつの様な真っ直ぐな人間が必要なのかもしれんな」
目線の先では必死で【鬼纏】の練習をする真っ赤な髪の異世界人が見える。
「お迎えに上がりました」
ラトネの後ろからメイド服を着た女性が現れた。その女性の頭には一対の羊の様な角が生えていた。
魔族である。
「もう帰らねばならんのか?まだラヴァグラムにも行っておらんのじゃがのう…」
「獣王国ラヴァグラムはグラトニアより遠いですから。そろそろ戻って頂きませんと書類仕事が滞っております」
そう言われたラトネは大げさにため息をついて踵を返した。
「観光は終わりじゃの。帰るぞフィーネ」
フィーネと呼ばれたメイドは恭しく頭を下げてこう答えた。
「はい。“魔王様”」




