14話
次の日、ルイシュからアバラのパーティに依頼が入ったと受付で声を掛けられた。
「ドルマン商会様からですね。まだ駆け出しなのに随分大口から依頼を持ってこられたんですね。すごいです」
「いや、ダチがそこで働いてるからってだけよ。身内のコネみてぇなもんだから、それで威張っちゃカッコ悪ぃからよしてくれや」
「いえいえ、コネでも何でも活かしてこそですから。スライムの液の採取方法について詳しい解説がついていますので説明しますね」
ルイシュが例のマジックバックとストローくらいの太さの針がついた注射器のようなものを取り出した。
「マジックバックについては説明済みとのことなので省略させていただきますね。こちらの器具ですが、用途はスライムを殺さずスライム液を抽出する用とのことです。生きたままこれでぶすっと刺して死なない程度に体液を頂戴する、ということですね」
「なるほどね、スライム液が足りないからって虐殺したらそれはそれで森が荒れちゃうもんね」
テトラが腕を組んで頷く。
「スライムって殺しすぎたらダメなのか?」
「スライムは生えすぎた草木を食べて森を健全にしてくれるからね。ゴブリンやオークみたいな魔物はスライムを飲み水代わりに飲むけど、そういう魔物は冒険者が退治しちゃうでしょ?だから増えすぎたら間引かないといけないんだけど、何事もほどほどにしないとダメって事よ」
「生態系を崩さないようにってことか。でも、魔物は魔素があれば自然に生まれてくるんだろ?そんなに気にしなきゃダメなのか?」
「そうなんですけどね、魔物も自分で繁殖するので特定の魔物ばかり狩りすぎるとどうしても偏りが生まれてしまうんです。なのでそういった調整もギルドが中心に行っています。今はスライム液が足りていないということなので、このままだと値段が高騰して乱獲が起きてしまうかもしれません。そうなってしまった時の為の保険ですね」
「ギルドも色々考えなきゃいけなくて大変なんだな…」
「この器具の使い心地や、平均何回までならスライムを殺さずに体液を回収できるのかなども知りたいそうなのでそういった報告書の提出もお願いしますね」
報告書と聞いてアバラが「うげぇ…」とうめく
「テトラ、任せた」
「あんたそういうの苦手そうよねぇ。まぁあんたにやらせて変なもの出されてもたまんないしアタシがやるわ。でも報酬は多めにもらうから。もちろんワックスじゃなくてお金ね」
「わーってるよ。今のところ金には困ってねぇしな」
先の依頼で出た報酬とグリフォンの素材で儲けた金貨銀貨たちはアバラ達の懐を潤わせている。
「ふふふ…」
だが、テトラはお金はあればあるだけうれしいタイプなのであまり金に頓着がないアバラとは相性がいいのかもしれない。
「スライムを探すなら今なら西の平原よりも少し外れたところにある森の方がいいかもしれません。先日の遺跡騒ぎで平原には多くの冒険者が詰めかけましたから、あの一帯はあまり魔物もいないでしょう。それに最近は大雨も少ないですし」
大雨のあとはスライムが大量発生する。魔物発生のメカニズムは未だに謎が多いそうだが、謎を深める要素の一つになっているらしい。
「周りの水分を吸ってスライムが生まれてるのでは」という仮説が立ったがスライムが生まれても湿度が下がるわけではないらしいのでやはりよくわからない。
「ありがとールイシュさん。じゃあ行ってきまーす!」
元気よく出ていくテトラに引きずられるようにアバラも手をヒラヒラ振りながら出ていく。
「元気な二人ですね。最近はギルドの雰囲気も良いし、彼らのおかげでもありますね」
二人を見送ったルイシュは「ん~」と伸びをして仕事に戻って行った。
衛兵に見送られて歩くこと2時間程。ルイシュに教えてもらった森に到着した。
「今日は日帰りだしあんまり深い所まではいかないわよ、それに森にはゴブリンとかオーク以外に面倒な魔物も出るから気を付けてね」
「面倒な魔物?」
「トレントよ、木の魔物。火の魔法が効くんだけど盛大に燃えるから、山火事にならないように使わないわ。剣で切ったり殴ったりするのはそんなに効かないから出てきたら逃げも選択肢よ」
「アタシは火魔法以外苦手だしね」と付け加える。
「とりあえず一回殴ってみて決めるか」
「脳筋め…」
そうして二人は森の中に入って行った。
結果から言うとスライム液集めは順調だった。ルイシュの提案が良かったのか苦も無くスライムを見つけることができたし、例の注射器の様な器具が手を汚すこともなく、死体に瓶を突っ込むより効率よく採取できたからだ。
しいて言うなら魔石を取ることができないのがテトラのもったいない精神をくすぐったが、スライムの魔石なんていくら集めてもおこづかい程度にしかならないためアバラは全く気にしていない。
スライムからどれだけ液を取ったら死んでしまうのかという検証であったが、バスケットボールサイズから野球ボールサイズまで吸っても森に放てばウニョウニョと帰って行った。寿命が減ってしまったかもしれないがそれは確かめようもないので基本はハンドボールくらいのサイズまで吸ったら開放してやることにした。
「思ったよりスライムって生命力高い生き物だったのか…?あんだけ体液吸われてもピンピンしてまた草食い始めたぞ…」
「体のつくりが単純な分、少々体積が減ったくらいじゃ関係ないのかしらね…」
よく考えればスライムに脳はあるのだろうか。核になっている魔石以外の臓器が無く、ただ飲み込んだ草木を溶かして生きる生き物。
これは元の世界の“生き物のルール”に当てはまらない。そもそも魔素があれば際限なく湧いてくる生き物というのがありえないのだが。
しかしこの世界にも動物はいる。牛のような動物、豚のような動物、鶏の様な動物。魔物より飼いやすく危険も少ない、魔素に由来しない生き物たち。
彼らは死んでも“魔素に還らない”。元いた世界の様に少しずつ土に還っていく。人間も同じだ。
この世界には魔物とそうでないもの、相反する2つの性質が共存している。
「よくわかんねぇなぁ」
しかしアバラにはそんなことは割とどうでもいいのである。
「アバラ、止まって」
テトラが真剣な顔をして手で制する。
「あの木、多分トレントよ」
「わかるのか?」
「集中して見るのよ、擬態してるけどあれには魔力が宿ってる、アバラにも見えるはずよ」
そう言われ目を細めて見つめてみるとほんのりと魔力を纏っているのが見えた。
「ああして魔力を最低限にして隠れてるんでしょうね。アタシが魔法使いじゃなければ気づけなかったかも」
「どうする?逃げるか?」
すでにスライム液は相当な数集まっている。無理に戦う必要はない。
「一発殴って決めるんでしょ?向こうはまだ擬態してるし奇襲してダメそうなら撤退でいいんじゃない?何事も経験よ」
「いいね、俺好みだ」
気づかれないギリギリまで近づいてから一気に走り出すアバラ。トレントが気が付き擬態を解いて魔力を噴出させる。
「ヴォオオオオオオオ!!!」
「食らえ!!」
トレントの咆哮を無視し、顔のついた幹の横っ面にパンチを見舞う。
バキィ!という音とともに拳がめり込むが、どっしりと根を張った体幹は揺らぐことなく、枝を振るって反撃してきた。
「枝は任せて攻撃に集中して!」
そういうとテトラは無属性の魔弾を飛ばして振り下ろされる枝を払い飛ばす。
「オオオオオオ!!!」
無防備な幹にラッシュをかけるが致命傷にはならずトレントに抱きしめられるような形で拘束される。
「アバラ!」
「平気だ!枝がお前にも伸びてるぞ!気をつけろ!」
アバラの体は【ステゴロ自慢】のスキルのおかげで下手な鎧よりも防御力があり、簡単に締め落とされたりはしない。
「俺はアバラっていうんだ夜露死苦な!」
【名乗り】のスキルを発動させテトラに向きかけたヘイトを自分に向けなおさせる。
トレントの枝がアバラに殺到するが、それを無視して思いっきりエビぞりにのけ反る。
「こいつは痛いぞ!!!」
【ド根性頭突き】がトレントの顔面に炸裂した。拳で殴った時よりも大きくへこみ、トレントが大きく呻いてアバラを離した。
「アタシも負けてらんないわ!」
テトラが大きく溜めた魔弾をトレントの上部に放ち、アバラが歪めたトレントの顔を中心にくの字に負荷が掛かる。
メキメキと音がするが、折れるまでは至らない。このままやられてなるものかとトレントがやたらめったらに枝を振り回すがそこには既にアバラの姿はなく。
トレントが最後に見たのは空中からドロップキックをしながら落下してくる赤い男だった。




