13話
アバラは悩んでいた。
「立ちが悪ぃ…」
愛用の手鏡を片手に熱を発する魔道具の櫛と、異世界産のスライムヘアワックスを使い自慢のリーゼントを整えるが、傍目に見ても心なしか先端が下がっているように見える。
「でもそれ、ここら辺で売ってる整髪料の中だと一番ハードなやつらしいわよ?あんた顔はいいんだからこの際その変な髪型やめなさいよ」
そういいながら宿屋の朝食のウインナーをポリポリ食べているのは自称金髪美女のテトラだ。彼女は事あるごとにアバラからワックスを取り上げようとしているが、アバラにとってのリーゼントはヤンキーの命そのものなので上手くいっていない。
朝食をとりながらその日のスケジュールを確認するアバラ達のルーティンの時間ではあるが、この世界に来てからというもの、ごまかしながら使っていた元の世界のヘアワックスがついに底をついてしまったのだ。思ったように髪型がキマらず、露骨にテンションが低い。
「俺ぁ髪型がキマらねえとやる気が出ねぇんだよ…」
「最初は子どものわがままかと思ってたけどあんた本当に元気なくなるもんね…」
アバラは寝るとき以外はずっとリーゼントにしているためリーゼントを下すと条件反射で眠たくなってしまうという妙な体質を患っていた。しかもこんな姿をしていてもゴリゴリの低血圧で朝にとにかく弱い。
そんな気怠い朝にスイッチを入れてくれるのがアバラ愛用の超ハードなヘアワックスだったのだ。
しかしこの世界にアバラの様な奇抜な髪型をする者はおらず、スライムを使ったヘアワックス自体はあるものの、その種類は多くなく、アバラの要望を満たせるものは存在していないのであった。
テンションというのは案外馬鹿にできない。言い換えればやる気、これが軍なら士気である。長引けばパーティの運営に支障をきたす可能性もあるという、テトラからすれば馬鹿らしくも放っておけない大事である。
「でもどうすればいいかわかんないわ。異世界のヘアワックスなんてこっちじゃ作れないわよ。」
空になった超ハードなワックスの入れ物を興味深そうに眺めながらテトラが言う。
「作る……そうか作りゃいいんだ!」
何かを思いついたアバラがおもむろに立ち上がった。
「作るってそれができないから困ってるんじゃないの?」
「いや、俺がいた世界の商品を知ってる奴がいるじゃねえか!イウラに頼んでみるんだよ!」
「あー!あのドルマン商会の見習い君ね!確かになんとかできるツテがあるかもね」
イウラはアバラと同じく異世界から連れてこられた一人で【商人】の職業を持っていたため王家の伝手でドルマン商会という大きな商会の見習いをさせてもらっている。
イウラには何度か魔物素材を買い取って貰ったこともあり、日々ドルマン会長の元、商人のイロハを叩き込んでもらっているとのこと。
善は急げとアバラ達はドルマン商会の受付へ向かった。
商会についたアバラ達はイウラを探すが、前に数度来た時よりも商会全体がバタバタと忙しそうな雰囲気だ。
「あ、アバラ!来てくれたんだ!ごめんよちょっと忙しくて」
「いや、邪魔して悪いな。出直した方がいいか?」
「ううん、大丈夫だよ。王国騎士団が遠征から帰ってきてね。魔物素材の買い取りとか武具の手入れとかの依頼が一気に入って慌ててたんだ。もうひと段落したから休憩がてら行ってこいって会長から許可ももらったよ」
「王国騎士団ってことはキサラギ達も一緒ってことか?」
勇者キサラギ一行は現在はグラトニア王国騎士団所属ということになっている。レベルもまだ低く、戦闘経験もないため騎士団の一員として訓練や遠征に帯同しているそうだ。
「うん、僕はさっき勇者さんに会ったよ。ひどい目には合ってないか?って心配されちゃった。アバラ達とはすれ違いだったね」
キサラギ達はイウラのような非戦闘職の待遇を良くする事と元の世界に帰る方法を探させる事を条件にグラトニア王家の意向に従っている。
見方によれば人質に見えなくもないので騎士団内でも少しギクシャクしているそうだ。
「そうかぁ…会えるならちゃんとお礼も言いたいんだけどな」
「きっとそのうち会えるさ、ところで今日はどうしたの?また素材の買い取り?」
「いや、今日は違うんだ。見てくれないかこの髪をよ」
そう言うと真っ赤なリーゼントを上向きにして額に親指を突き立てる。アバラのお決まりのポーズだったがいくらかキレがない。
「なんかいつもよりモサっとしてるね」
「そうなんだよ…俺ぁ髪がキマらねぇとテンション上がらねーんだよ。これなんとかできねぇかな?」
イウラは顎に手をあてて「うーん」と考えると顔を上げた。
「新しい整髪料を作ってくれってことだよね?丁度紹介したい人がいてね、いい機会だから会ってもらおうと思うんだ。それからちょっとした仕事も頼むことになると思うんだけどいいかな」
そういうとイウラは商会の奥の部屋へと案内を始めた。
「ここは開発部でね、これから忙しくなりそうでバタバタしてるんだけど、ここに紹介したい人がいるんだ」
そこは数人が机に向かって、ああでもないこうでもないと忙しそうに何やらよくわからない書類やら薬品やらとにらめっこしている場所だった。
「アバラ、あれドルマン印のポーションの瓶よ。良く効くって評判なの。ここで開発されてたのね…」
「あっちは毒消しのポーションか?見たことある瓶だ」
完全に部外者の二人がイソイソ固まって話をしていると奥から一人の女性が連れてこられた。
「彼女はサイキハナコさん。わかると思うけど僕らと同じ異世界人だよ」
サイキは若干色素の抜けた黒髪の長髪で目頭にはぽつぽつとシミがあり、それをメガネで隠しているような、なんだか覇気のない女性だった。
「アバラさん、でしたよね。サイキです。【調合士】の職業をもらったのでここで働かせてもらっています」
「サイキ ハナコさんだな。同郷だしタメ口でいいぞ。年もそんな変わらんだろ」
「いえ、敬語の方が話やすいのでわたしはこのままで…」
「ハナコちゃん?なんだか疲れてそうね。初めましてアタシはアバラとパーティを組んでるテトラよ」
初対面から馴れ馴れしいコンビの陽の気に当てられて眩しそうなハナコである。
「自己紹介も済んだところで、本題に入りたいんだけどいいかな?」
そう言ってイウラが切り出す。
「アバラはこっちの世界にない超ハードなヘアワックスが欲しいんだって」
「おうよ」と言い残念なリーゼントをふよふよさせる。
「なるほど…こっちにはそういう整髪料はないですもんね…でも…」
「そう、ここからは商会からの依頼の話になるんだけど、今スライム液の需要がすごく増えててね、ワックスの研究をするかわりにたくさん取ってきて欲しいんだよ」
スライム液はアバラも覚えがある。何も知らずにぶん殴って爆散させたのはいい思い出である。しかし襲ってくることもないスライムから液を集めるのは難しいクエストではなく、周りに危ない魔物さえいなければ子どもでもできる簡単な仕事だ。それなのにスライム液が不足するとはどういうことなのだろうか。
「実は騎士団にいる勇者パーティの女性陣から直接依頼があってね、この世界の化粧品や、化粧水があまりにもひどいからなんとかしてくれって」
強い職業をもらったとはいえ、元々は戦争もない日本から来た学生達である。騎士団の遠征に使われる、この世界にしては高級なテントでのキャンプは耐えられても、化粧品事情は耐えられなかった様だ。
「それだけじゃなくて…元々スライムみたいな弱い魔物を専門にしてた冒険者たちが最近なんだか強くなってるらしくて…スライム狩りをする人が減ってるらしいです」
ハナコがうつむき気味に喋る。
「「あー…」」
アバラとテトラには心当たりがあった。それは【ヤンキー】の伝染に近い拡散力だった。どうやらアバラと直接話をした人間に限るようだが、高確率で【ヤンキー】の職業が発現するようなのだ。それも主に冒険者に多く、元々血の気が多い人が発現しやすいという。【ヤンキー】の素養がある者が冒険者に多いのだろうか。
それにより強い戦闘職を持たずくすぶっていた冒険者達に火が付き、昇格を諦めていた者たちが我が我がと上を目指して強力な魔物のクエストを受けるようになってしまったのだ。
おかげでスライムのような雑魚を狩る人たちが減少。化粧品の類だけでなくポーションなどにも使われるスライム液は需要と供給のバランスが崩れてしまいそうなのだとか。
「一応ちょっと高めの金額でギルドには依頼してるんだけど、あまり芳しくなくてね…アバラ達にはスライム液をたくさん取ってきて欲しいんだよ」
「今あるものでハードワックスは試作してみようと思います…お願いできませんか?」
元はと言えば自分と異世界人が引き起こしたと言わざるを得ない事態である。アバラとしても手伝いたいとは思ったが。
「今更スライム狩りかぁ…」
と呟いたのはテトラである。アバラ達は先日の遺跡調査の件でもうすぐブロンズ昇格が見えている段階である。適正レベルの魔物からは大きく外れており、しかも絶対汚れるのであまり率先して狩りたいとも思えない魔物なのだ。
「一応ね、スライム液を集めやすくする道具を開発したんだよ。今回はその実験もかねて依頼を出させてもらうから報酬は多めにするよ。マジックバックの貸し出しもするし」
イウラはそう言って肩にかけられる化粧ポーチくらいの大きさのカバンを持ってきた。
「これマジックバックなの?ずいぶん小さいのね。でも高いのよね?」
「小さいけど結構入るんだよ。多分スライム液用の小瓶なら100本は余裕で入ると思う。あと信じてるけど盗まないでね。盗難防止の魔法がかかってるから追跡できちゃうからね」
「こんなに小さいのにそんなに入るのかよ!すげーな。っていうか100本分も集めてこいって事か…?」
流石のアバラもゲンナリする。
「いやいや、流石にそんなには頼まないよ。一応瓶は入るだけ入れておくけど、基本は出来高でノルマも設けるつもりはないから。でもあんまり少ないとハードワックスの開発に使える分も少なくなっちゃうから多少は頑張って欲しいな」
「お願いします…」とハナコも頭を下げる。
「しょうがねぇな。自分で蒔いた種でもある訳だしよ。いくぞテトラ」
「付き合ってあげるんだからアタシの取り分多めにしなさいよね!」
「おう、お前にもハナコさんのワックス分けてやるよ」
「いらないわよ!」とアバラの尻を蹴っ飛ばしながら商会を出ていく二人を見送るイウラとハナコが顔を見合わせ話す。
「よかったの?言いたいことがあったんでしょ?」
「…まだちょっと勇気がでない」




