10話
そう言うと案内されたのは店舗のような場所ではなく、大きな倉庫だった。
「お、戻ってきたか。イウラ、そいつが例の“恩人”かい?」
「ええ、会長。応接室をお借りしても?」
会長と呼ばれた人は所謂スーツを着た老練の男性ではなく、シャツを脇まで捲った色黒のムキムキの男だった。
「なんだ…ここ…」
「アバラ…ここ【ドルマン商会】の倉庫よ…。このグラトニアでいっちばん大きな商会…アンタの友達ナニモンよ…」
アバラとしても「いや、知らん」としか言いようがないのだが。その後応接室と呼ばれた、商談等に使われるだろう部屋に通され、お茶と茶菓子を出される。
「イウラ、お前、何者なんだ…?」
「いやいや、僕はただの見習いだよ。色々あって【商人】の職業を生かすためにここで勉強させてもらうことになったんだ」
イウラはここに至るまでの経緯を話し始めた。
アバラが大暴れして城を脱走した後、【勇者】キサラギが国王に「異世界人全員の身の安全とある程度の自由意志を尊重すること、そして自分たちが元の世界に帰る方法も探すこと、その二つを約束できるなら自分は積極的に協力する」と交渉を持ちかけたのだ。
それによって非戦闘職だったイウラ達は生活が安定するまでの援助と、自分がやりたい仕事ができるように職業を斡旋してもらえるようになったのだという。
戦闘職の者も同様に自由意志によって王国軍に参加するかどうか選べたらしいのだが、ほとんどの異世界人がキサラギに同調して王国騎士団に参加、晴れて勇者パーティが誕生したそうだ。
彼らは訓練の後、王国騎士団に帯同し、今は遠征に行っているそうだ。
「キサラギのやつには貧乏くじ引かせちまったなぁ…いつか何かしてやれればいいんだが…」
「僕は君にも感謝しているんだ。君が声を上げてくれたのは知っているし、君がキサラギさんと話しているのも知ってるからね。今はこの商会で地力をつけて、いずれは他の異世界人の助けになれるような商会を作れればいいなと思ってるんだ」
「あんふぁのおほおだち、とっへもりっはね!」
「菓子を飲み込んでから喋れ」
リスのように頬っぺたいっぱいにお菓子を詰め込んだテトラに突っ込みを入れる。
「だってこんなお菓子めったに食べられないわよ!今のうちに食べとかないともったいないじゃない!」
「卑しい真似はやめろ!恥ずかしいだろ!」
ハッハッハとイウラが笑った後に奥から新しい箱を持ってくる。
「実は同じようなものがいくつもあるんだ。こっちのお菓子は向こうの世界ほど日持ちしないし、商会には毎日のように来客が手土産を持ってくるからいつも処理には困ってるんだ。よかったら持って帰ってくれるとうれしい」
バッと箱を取りアバラに「あげないわよ」という目で見る。
「いらねぇよ好きにしろ」
「やったー!」
上機嫌なテトラを尻目に茶をすする。
「今日は会えてよかった、アバラ君は冒険者をしてるんだよね?もし、貴重なモンスターの素材の買取とかがあれば力になれると思うから相談してね」
「君はいらねぇよ、俺もイウラって呼ぶからよ。それじゃそんときゃ頼むぜ」
「うん、アバラく…アバラ!」
商会の倉庫を出て見送りに来ていたイウラと別れ際「そういえば」と呼び止められる。
「アバラ、ちょっと物騒な話を小耳にはさんだから教えとくね。どうやら奴隷商が最近裏で活発に動いてるみたいなんだ」
「奴隷?この国じゃ奴隷がいるのか?」
「違法よ。亜人でも獣人でもね。魔族は…見たことないから知らないけど」
「もちろん、公にはされてないけど、最近は神聖教会が人間以外の人権のはく奪にかなり乗り気みたいで、それと同時に亜人と獣人の奴隷制度が復活して今まで違法だった奴隷が合法になるかもしれないって噂が立ってるんだ」
亜人、というのはまだアバラも見たことがないが、獣人なら街中で何度か見かけることがあった。
「なんだ、胸糞わりぃ話だな」
「あ!アタシを拉致しようとしたやつらって奴隷として売りつけようとしてたんじゃないの!?」
テトラと出会ったときにテトラを担ぎあげていた大男二人組を思い出す。
「でも、お前獣人でも亜人でもないじゃねぇか」
「合法じゃないだけで裏では人間の奴隷取引も行われてるみたいだからね…。もちろん、商会が把握したときには潰して回ってるみたいなんだけど、正直イタチごっこなんだよね。たぶん買収された兵士が悪徳貴族に情報を流してて、捕まる直前に逃げてるんだと思うんだ」
「気を付けてね」と言うとイウラは走って倉庫へ戻って行った。
イウラに手を振り、ギルドの方へ向けて歩き出す。
「絶対例の二人組が絡んでるわよね。次見つけたら絶対燃やしてやるんだから」
「そうだな。捕まえて色々吐かせてやるぜ」
パンッと拳と平手を合わせる。
「もしアタシ達で捕まえることができたら【ブロンズ級】への昇格もあるかもよ」
「昇格ってなんかモンスター狩らないとじゃなかったっけか。奴隷商もモンスター換算でいいのか?」
「いや、そういうことじゃないわよ…特定のモンスターかそれと同等のモンスター討伐、それとある程度のギルドへの貢献が必要って教えたでしょ?流石にモンスター討伐には含まれないでしょうけど、奴隷商を捕まえるなんてギルドとしては十分すぎる貢献になるはずよ」
「そういやそんな話聞いたな。奴隷商を捕まえると貢献になるのか?そりゃ世間的には良いことだと思うけどよ」
「そりゃそうよ」と前を歩いていたテトラがクルっと振り向く。
「まぁ貢献じゃなくても世間的に素晴らしいことをすれば昇格することもあるわ。でもギルドは亜人、獣人、魔族ですら全て等しく人間と同等に扱うべしという理念を持っているし、実際問題亜人も獣人も冒険者として生計を立ててる人が多いから奴隷としてさらわれたらたまったもんじゃないのよ」
「前から思ってたんだけどよ、魔族はギルドとしても敵じゃねぇのか?俺は会ったことないから良いやつかどうかもわかんねぇんだけどよ」
ギルドでは時折獣人を見ることがあった、大抵は男でギルドの他の連中とも仲良くやっているようだった。しかし亜人は見たことがないし、当然魔族も見たことがない。ギルド以外では魔族は倒すべき敵だとしているし、ギルドだけが外れた考え方をしているようにも見える。
「うーん、そこはアタシもあんまり詳しくないからわかんないわ。でも【オリハルコン級】にいるらしいのよ、魔族の冒険者が」
「そうなのか!?」
「ほぼ都市伝説みたいな話なんだけどね、全てのギルドの支部を合わせてもたった3人しかいない【オリハルコン級】冒険者の一人は魔族っていうのは結構有名な話よ」
アバラはギルドで角の生えたムキムキ巨漢が受付に並ぶところを想像していた。
「会ってみてぇ様なそうでもねぇような…」
「アンタまた変な想像してんじゃないでしょうね。ほらギルド着くわよ。早くしないと、めぼしいクエストなくなっちゃうかもしれないわ」
パタパタと小柄なテトラがギルドの入口を入っていこうとすると長身の女性冒険者とぶつかった。
「あいた!」
「…ごめんね」
冒険者は銀髪の長髪で長剣と短剣を腰に下げていた。美人なのだが、どこかふわふわして危なげな印象がある不思議な女性だった。
女性はテトラを撫でるとふらふらと街中に消えていった。
「なんか危なっかしいけど大丈夫か…?」
「きれいな人だったわぁ…ってクエストクエスト!」
撫でられた頭を触りながら見とれていたテトラだったが我に返り掲示板に急ぐ。
「やっぱり遅かったかぁ…今日は出遅れちゃったからなぁ」
イウラと話をしていたこともあり、人気のあるクエストはもう殆ど受けられてしまっている状態だった。
そんな中でアバラが一つ気になるクエストを見つけた。
「新種ダンジョンの調査…?おいこれ面白そうじゃないか?」
「新種ダンジョン!?そんな良いクエストがなんで残ってるの!?」
ダンジョンというのは種類も様々で、野生モンスターが作った住処という場合もあれば遺跡跡が廃墟と化してモンスターが発生しダンジョン化する場合もある。このクエストは後者であった。
しかしこのクエストにはバツ印がいくつかつけられており失敗者が出ていることがわかる。しかし適正は【アイアン級】~【シルバー級】と幅広い層に位置づけられている。
「あーそのクエストですか…」
偶然後ろを通りかかった受付のルイシュが申し訳なさそうに話す。
「そのダンジョンなんですが、入口に強力な封印がしてあって中に入れないんですよ。この封印を解けるような魔法職の人がうちには在籍していないので、あくまで他の入り口がないかどうかの周辺探索という位置づけなんです」
「それで皆成果もなく帰ってきたと…」
「そういうことになります…もし入ることができれば初のダンジョン入場者となるのでお宝や価値のある文献などが見つかればギルドからの褒賞が出る可能性もありますので、夢のあるクエストではあるんですけどねぇ…もしあと数日調査しても他の入口が見つけられなかった場合本部に応援を出して、封印の解除が得意な方を呼ぼうと思っています」
応援を頼むとなると移動にかかる日数や、それなりの報酬を用意しなければならないのでギルドとしてはあまりやりたくないそうだ。
「これ、行ってみる?どうせ大したクエスト残ってないし、ダメで元々ってことで」
「そうだな。宝くじだと思ってやってみるか!」




