第三話 切り通しで恋に落ちた。
泥水の大穴に沈んでいったハインリヒたちの叫び声が、朝の風とともに遠ざかっていく。
街道沿いの小さな開けた集落の角にある日除けの軒下で、三人は木製のベンチに腰を下ろし、湯気の立つ安お茶と干し肉のスープで一息ついていた。
「あの、こんなにゆっくりしてて、いいんでしょうか……」
ファナ・モナが季節外れの分厚いポンチョの胸元をキュッと抱え込み、不安そうに目を巡らせた。チェストベルトの強い締め付けが、彼女の圧倒的な胸の質量を押し潰し、かえって不自然な存在感を漂わせている。
「そうですわね。深さがあるとはいえ、所詮水たまりに落としただけですし、馬猫もいるのですから、すぐに追いついてくると思いますけど……そこらへん、どうなってるのかしら。参謀なのですから、当然考えがあるのですわよね?」
ベレナ・エレナが、パステルピンクのフリルドレスの裾を優雅に整え、完璧に巻き上げられたシニヨンヘアを揺らした。その膝の上には、ハインリヒの根城から奪い取った本物の革綴じ帳簿が置かれている。
「そうだねえ。馬猫が使えたらねえ。───でもあのおじさんたちにはムリでしょ。馬猫はしばらく使えないと思うよー」
ダボダボの袖をなびかせ、大きすぎる伊達メガネの鼻当てを指先でクイと押し上げながら、キムナ・カラムナがスープを一口啜り、ヘラヘラとした笑みを浮かべた。
「どういうコトですの」
「馬猫って、騎乗できるから『馬』の文字が入ってるけど、中身ほぼ猫なんだよね。猫はユリ科の微毒成分に敏感でねえ、ユリ科の植物には、まあ近付かない。実はあの水たまりに、あらかじめそこらへんに生えてたユリ科の植物をたっぶり放り込んでおいたんだ。ササユリ、ヤマユリ、クルマユリ。なんで、そのユリ科の成分をたっぷり含んだ泥水で全身びっしょりのままじゃ、馬猫に乗るどころか、近付くコトすら出来ないってわけ」
「はあ……なるほど、さすがです。『良い意味で陰湿メガネ』って誰か言ってましたけど、これがそうなんですね……」
モナが感心したように細い吐息を漏らした。
「え、ちょっ、まっ。誰それ言ったの。言葉の印象が悪すぎて『良い意味で』の部分が全く機能してないんだけど。てか、どう考えても悪口なんだけど」
カラムナがスープの器を抱えたまま、目を見開いて立ち上がった。
「吾ですわ」
エレナがフリルの袖口を上品に整えながら、澄ました顔で即答する。
「犯人ここにいた! てか、せめて悪びれてよ」
「まあともかく、そういう事なら半日くらいの猶予はあるわけですわね。余裕をもって検問所まで牽引できますわ」
エレナはカラムナの抗議を綺麗にスルーし、満足げに頷いた。
◇
街道は次第に、大理石の岩肌が左右から迫る狭い「切り通し」へと差し掛かっていた。乾燥した風が岩の隙間を吹き抜け、ヒュゥヒュゥと不気味な口笛のような音を立てている。
その手前にある交易用の酒場兼休憩所に、異質な匂いが漂い始めたのは、三人が店内に足を踏み入れたときだった。
甘ったるく、しかしどこかツンと鼻を突く人工的な花の香り。
「……くさいですわ」
エレナが一瞬で眉根を寄せ、美しい鼻腔をハンカチで覆った。常人なら「芳しい香水の匂い」と受け取るかもしれないが、三歩道で精神と感覚を研ぎ澄ませたエレナの自制心にとって、人間の感覚に直接干渉してくるような不自然な香気は、ただの「精神を汚す不快な毒気」でしかなかった。
一方、モナは違った意味で硬直していた。
「ひ……っ……!」
酒場のカウンターで、安物の服を着崩した10代後半ほどの若者が、調子に乗った笑みを浮かべて歩み寄ってきたからだ。
男の名はリュック。山賊の頭目である“乾き目”のガストンの手下であり、密輸香料の運搬を任されている下っ端だった。ガストンから「絶対に触るな」と厳命されていた密輸香料『黒羊の吐息』を、ほんの少しだけ小瓶にくすね、指先に馴染ませて酒場へ繰り出していたのだ。
『黒羊の吐息』——それは、使用者の性別に関わらず、その者が持つ本能的な性的魅力と存在感を爆発的に増幅させ、対峙する異性の認知に直接働きかけて強い服従心と多幸感を誘発する、極めて危険な認知干渉系の魔香である。
しかし、男性から向けられる視線や性的な記号に常人以上の恐怖を抱いているモナにとって、その「極限まで高められた雄の圧」は、服従や多幸感などではなく、純度百パーセントの圧倒的な『生命の危機』として脳幹を叩いた。
モナはポンチョの中で全身の血の気を引き、ガタガタと膝を震わせて縮こまった。
「やあやあ、可愛いお嬢さん方。こんなところで何してるのかなぁ? 俺と一緒に、あっちの特等席でいい想いしない?」
リュックがイキり切ったニヤケ顔で、指先をモナの肩へ伸ばそうとする。
エレナが冷ややかな殺気を帯びた目で投げナイフの柄に手を伸ばそうとした、まさにその時だった。
「……あ」
カラムナの動きが、ぴたりと止まった。
大きすぎる伊達メガネの奥で、彼女の瞳がゆらりと揺れていた。
抗体ゼロ。
カラムナには克己心と呼べるような強烈な自己抑制力も、あるいは男性へのトラウマのような強い反発力を生み出す精神的歪みもなかった。(性格は歪んでいたが)それ故にリュックの指先から漂う『黒羊の吐息』の効能は、カラムナの脳に素直に反映した。
「……お……お兄ちゃま……?」
カラムナの口から、うっとりとした声が漏れた。
「はい? なんか言った、メガネちゃん?」
リュックが振り向いた瞬間、カラムナは弾かれたように飛び出した。
ダバッ!!
「……っ!!???」
エレナとモナの目の前で、カラムナがリュックの胸元へ跳びかかり、ガウンの大きな袖ごと男の腰にガチッと抱きついたのだ。
伊達メガネがズレ落ちかけるのも構わず、カラムナはリュックの服の胸元に顔をすりすりと擦り付けると、おずおずと上目遣いでリュックを見上げてきた。
「お兄ちゃま、って呼んで、いいかな……? 」
「ギャハハ! いいぜいいぜ! 好きなだけ呼べよ『妹ちゃん』! 『お兄ちゃま』が最高の場所に案内してやるからよ!」
リュックは機嫌よく大笑いしながら、カラムナの華奢な肩を抱き寄せた。
完全に調子に乗ったリュックは、カラムナの腰を抱いたまま、酒場の奥——ガストン一味が陣取る「切り通し」の本陣へと歩き始めた。
カラムナはノーガードで、うっとりとリュックに身を預けたまま引きずられていく。
「……ちょっと、カラムナさん!? 正気ですの!?」
エレナが声を殺して追いかけようとしたが、カラムナはリュックの背中に隠れるようにして、後ろ手で素早く指を動かした。
『追って来るな。参謀に合わせろ』という、騎士団の極秘手信号。
「……正気なのか狂っているのか、判断に苦しみますわね……!」
エレナは困惑に眉根を寄せた。モナの腕を引いて物陰へ隠れ、尾行を開始する。
◇
切り通しの岩壁に囲まれたガストン一味の本陣。そこには数台の頑丈な馬車と、厳重にロープで固定された大量の木樽が並んでいた。
「おい! 誰の許可を得て足に泥をつけたままこの領域を跨いでいる! 万死に値するぞ!」
切り通しの中央に座っていた男——“乾き目”のガストンが、手にしていた革鞭を地面へ向けてピシィンッ! とけたたましく打ち鳴らした。
彼は薔薇の香水をたっぷりと染み込ませた絹のハンカチを常に鼻へ当て、苛立ちに眉を吊り上げている。
「ヒッ……! す、すみませんボス! でも見てくださいよ、手土産に威勢のいい獲物を連れてきたんで……!」
リュックが怯えて背筋を伸ばし、抱え込んでいたカラムナを前に押し出した。
「ふん、貧弱な泥ネズミが一匹増えたところで何になる」
ガストンは冷徹な眼差しでカラムナを一瞥し、ハンカチ越しに不快そうな吐息を漏らした。
「いいか、次に靴の裏の泥を一粒でもこの絨毯の上に落としたら、お前の皮膚をその靴底と同じ色に鞣してやるからそう思え。……それから、あちらの第三号樽のロープに緩みがないか検分してこい。少しでも傾けば、お前の首を傾げてやることになるぞ」
(……なるほどね)
リュックの胸にすがりつき、甘い顔を装いながら、カラムナの「参謀」としての天才的な観察眼は、恐ろしい精度と速度でガストンの全身を走査していた。
ガストンの眼球がコンマ数秒ごとに特定の木樽——密輸香料の保管樽へと向かう微細な軸移動。
部下がわずかに衣服をすり合わせただけで、頸筋の皮膚がキュッと収縮し、呼吸が著しく浅くなる神経質な拒絶反応。
革鞭を握る手首の筋緊張と、樽から距離をとる足の角の取り方。
(あの男……過剰な潔癖症で部下の不潔さを激しく嫌悪しているが、潔癖症ってだけじゃないな。よっぽどあの密輸香料樽が大切らしい。不純物の混入。衝撃による破損。心配はわかるが、神経のすり減らし方が尋常じゃない。つまりあの香料樽がウィークポイントって事だ)
分析は一瞬で完了した。
「ねぇ、メガネの『妹ちゃん』……」
一方リュックの方は、いよいよ調子に乗ってきて、カラムナの華奢な腰をさらに強く抱き寄せ、顔を至近距離まで接近させてきた。
「『お兄ちゃま』と、イイコトしようぜ……♡」
リュックがニヤけた唇を突き出し、カラムナの唇へと顔を寄せてくる。カラムナもうっとりした表情でそれを受け入れる。
だがその感触が唇に触れた瞬間——。
カラムナの脳内で、「禁忌」が暴発した。
「倫理」が破かれ、「背徳」が飛び散り、「冒涜」がばら撒かれる。
至近距離で届く男の体温と息遣いが、這い寄る嫌悪となって神経を苛む。唇に触れたヌメっとした感触は、屈辱とともに脳のシナプスを焼き切るようだった。
(え、なにこれ。ボク、なにしてんの。いや覚えてるけど、なんだコレなんだコレ。記憶はあるのに何してるのか分からん!)
「参謀」だとか一人称にこだわっている余裕など、もとよりない。
全身の毛穴という毛穴から冷や汗が噴き出し、ガウンの下で鳥肌がサァッと立ち立つ。胃の底から胃酸が逆流し、喉の奥まで酸っぱいものが込み上げた。
涙目になってかろうじて吐き気を押さえ、状況把握を───は、するまでもなく、状況はすでに分かっているので、このあとの打開策を検討する。
0.5秒で打開策はないと答えを出す。というか、打開してはいけない。このまま現状を維持し、本来の目的を達する事が、今自分がすべきベストな方策だ。
────のたうち回りたいほどイヤな結論に達して、カラムナは全身がのたうち回ろうとするのを必死で食い止めなくてはいけなかった。
(だ、ダメだ、耐えろ……! いまこいつを叩きのめしたら……潜入が台無しになる……! 我慢しろ参謀! 耐えるんだ参謀!!)
カラムナの顔面が、恐怖と嫌悪と絶望で、見たこともないような奇妙な歪み方を始めた。
ひきつった口角をミリ単位で必死に持ち上げ、伊達メガネの奥の目を血走らせながら、喉の奥から絞り出すように甘い声(地獄の悲鳴)を吐き出す。
「あ、あハハ……っ♡ お、お兄……ちゃま? え、なんでお兄ちゃま? 何言ってんの? あ、いや、そうじゃなくて、その……えへっ♡ つ、続きは、ボスの前で……格好いいところ、見せてくれてから、ね……♡」
「おっ、そいつはイイねぇ! 見てろよ妹ちゃん!」
奇跡的にリュックはカラムナの限界寸前のひきつり笑顔を誤認し、満足げに腕を引っ張って本陣の真ん中へと躍り出た。
その時だった。
切り通しの入口から、凄まじい足音と荒い息遣いが響き渡った。
「ぜぇ……ぜぇ……追いついたぞ……!!」
泥まみれ、全身濡れネズミのハインリヒたちが、徒歩で切り通しへ雪崩れ込んできたのだ。馬猫に拒絶され、泥水を這い上がり、血眼になって走ってきた男たちの顔は鬼気迫るものがあった。
ハインリヒはガストンの怒号を無視し、リュックの横に立つカラムナを見つけるや、狂ったように叫んだ。
「いたぞ! あのクソガキだぁぁぁ!」
「あ」
ハインリヒの顔を目にした瞬間、カラムナの脳内に全データが揃い、「好機!」の二文字が閃いた。
思考猶予ゼロ。カラムナは反射的にリュックの手を振り払うと、最速のテンポでハインリヒへ向かって走り寄り、その足元へ鮮やかに滑り込んで土下座を決めた!
「すいませんでしたぁぁぁ!! これをお返ししますぅぅぅ!!」
カラムナは懐から、奪い取っていたハインリヒの本物の帳簿を恭しく両手で掲げ持った。
ハインリヒは一瞬呆気にとられたが、自分の帳簿を見ると血相を変えて手を伸ばした。
「ふざけんな……謝ってすむんなら領主にみかじめ料なんかいらねえんだよ! ……まあ、てめえらの事は後だ。こいつはとりあえず返してもらうぜ!」
ハインリヒの手が帳簿に触れようとした、その刹那。
スイッ。
カラムナは滑らかな動作で、帳簿を横へ水平移動させた。
「あ?」
差し出した手が空を切り、横へ移動した帳簿を体全体が反射的に追いかけてしまったハインリヒは、大きく前傾姿勢を崩した。
そこへ——
ガッ!!
「ぐへっ!?」
カラムナは立ち上がりざま、崩れたハインリヒの重心移動の慣性を増幅させる完璧な角度から、腰の鉄扇を横殴りにフルスイング! 柔道の理合いのごとく鮮やかにハインリヒの体幹を打ち倒した。
ハインリヒが豪快にもんどり打って転倒する。カラムナはその顔面へ帳簿をポイと放り投げると、倒れたハインリヒの足から、泥と汗がべっとりと染み込んだ【汚い革靴】を、素早い手つきで無理やり脱がして奪い取った。
その光景を目撃した周りの山賊たちが、一瞬の静寂ののち、腹を抱えて大爆笑し始めた。
「ギャハハハハ! なんだあいつ、犬か!?」
「カシラ、ガキに足元すくわれて靴奪われてやんの!」
「おいおい、油断したってレベルじゃねえぞ!」
「カシラの臭い靴盗んでどうすんだよ! 意味わかんねえ!」
山賊たちが笑い転げているのを尻目に、カラムナはハインリヒの片靴を抱え、ガストンの本陣中央に君臨する巨大な密輸香料の木樽へと猛ダッシュ!
自分自身への烈火のごとき屈辱と恥ずかしさを叩きつけるように。
バカッ! と鉄扇で木樽の栓を叩き割って、その中に——ハインリヒの激臭革靴を、思いっきり叩き込んだ。
「やりました! カシラ! やりましたよ!」
カラムナはガストンとハインリヒの双方に聞こえる大音量で、絶叫した。
「ガストンのヤツの香水に! ハインリヒのカシラの靴を投げ入れてやりましたよぉぉぉ!!」
ピタリと、山賊たちの爆笑が止まった。
ハインリヒが顔面を血に染めて跳ね起き、叫んだ。
「おい、ちょっと待てぇぇぇ!!!」
「あ……あ……あぁぁぁ……」
ガストンが手にした薔薇のハンカチをポロリと落とした。
破裂した木樽から、濃厚な『黒羊の吐息』の香気と、ハインリヒの熟成された足臭・泥臭・汗臭が科学反応を起こし、脳を直接破壊するレベルの悪臭地獄が噴出し始めたのだ。
「俺の……俺の最高級の香料がぁぁぁ……薄汚い山賊の靴でぇぇ、け・が・さ・れ・たぁぁぁぁっ!!」
ガストンが髪を振り乱して狂叫した。
「あのガキ! ハインリヒのところのスパイだったのか! リュック、てめえ騙されやがったな! 全員殺せ! ハインリヒの一味もろとも一人残らずぶち殺せぇぇぇ!!」
「ち、違う! 俺はそんな指示出してねぇ!」
ハインリヒが悲鳴を上げるが、カラムナはハインリヒ陣営へ逃げ込みながら、追撃のダメ押しを放った。
「カシラ! ハインリヒのカシラ! 作戦成功です! カシラの強烈な匂いが充満して、今頃はガストンの手下どもはハインリヒのカシラにメロメロですぜぇぇぇ!!」
「そんなわけあるかあぁぁぁぁっっっ!!!」
ガストンの手下たちが怒号を上げて飛びかかる。
「そんな作戦しらんわぁぁぁぁっっっ!!!」
ハインリヒの手下たちも自衛のために武器を抜く。
ドカッ! バキッ! ズドォォン!!
切り通しの狭い空間で、二つの山賊グループによる、理性を完全に失った大混戦・地獄の殺し合いが勃発した。
◇
「……はい、回収いたしますわね」
大混乱の渦中、三歩道奥義『水渡り』で滑り込んできたエレナが、泡を吹いて倒れかけていたカラムナの首根っこを掴み、そのまま軽々と小脇に抱え上げた。
「モナ! 脱出しますわよ!」
「は、はいぃぃっ!」
ハルバードを構えて退路を確保していたモナとともに、三人は切り通しの岩場を駆け抜け、混戦の騒乱を置き去りにして脱出した。
街道沿いの静かな木立の中まで逃げ延び、ようやく立ち止まる。
地面にドサリと降ろされたカラムナは、膝を抱えて頭を抱え、絶叫し始めた。
「えらいぞ参謀! よくやった参謀! あんな屈辱的な状況で……! く、く、くつ……くつじょくてきな……死にたい……ていうか、死ぬ」
躁と鬱の間を秒単位で高速往復し、伊達メガネの奥で白目を剥いてグラグラと揺れるカラムナ。
そこへ、無事に追いついたモナが、純粋で真直ぐな瞳をカラムナへ向けた。
「あの……カラムナ先輩……」
「……なに……モナ君……」
「さすがに……『お兄ちゃま』は……ないと思います……」
「pi……!」
カラムナが異音を発して、完全に停止した。
「……あら。自業自得とはいえ、完全に壊れてしまいましたわね」
エレナが呆れたように溜め息をついた。
だが、安息の時間は長くは続かなかった。
切り通しの方角から、地鳴りのような足音が近づいてくる。
香水と足臭の地獄から這い出し、互いに「あいつらを捕まえてからだ!」と奇跡の利害一致を果たしたハインリヒとガストンの混成大軍勢が、血眼になって追撃を開始したのだ。
「……さあ、参謀様。落ち込んでいる暇はありませんわよ」
エレナが投げナイフを指先で遊ばせ、冷ややかな笑みを浮かべた。
「次の関門へ向けて……山賊の皆さんを引っ張っていきませんとね?」




