第三話 第三七号
『VRMMO -関東封鎖戦域-』
第三話 第三七号
雨脚が強くなった。工場裏の資材置き場には、錆びた鉄骨と空のパレットが積み上げられている。生存者たちは、その隙間を縫うように南西へ進んでいた。先頭は古賀。中央に負傷者と意識を失った運転手。最後尾には浜田と、まだ動けるプレイヤー二人。ルークは真壁の右肩を支えながら、何度目か分からない人数確認をした。プレイヤー、七人。八洲共同警備機構の隊員、四人。合計十一人。命令を受けた時に生きていた者は、全員いる。今のところは。
「止まれ」
古賀が握った拳を上げた。一行が動きを止める。前方には、高さ二メートルほどの金網があった。地図では通り抜けられるはずだったが、門は太い鎖で閉じられている。向こう側には、排水路へ下りる細い管理道が見えた。
「電子錠じゃないだけ、ましか」
古賀が鎖を引いた。金属音が雨の中へ響く。
「切断工具は車両だ」
「門を壊すな」
ルークは周囲を見る。
「音が大きい。別の入口を探す」
「時間がない」
真壁が低い声で言った。顔色は、先ほどより悪い。左肩の止血はできているが、歩くたびに呼吸が浅くなる。後ろでは、即席の担架に乗せられた運転手を二人のプレイヤーが運んでいた。担架は、資材置き場で拾った金属パイプと隊員の上着で作られている。完成度は低い。だが、意識のない人間を肩へ担ぐよりは安定していた。
「追手が来る前に抜ける必要がある」
真壁の言葉に、ルークは頷く。
「だから門は最後です」
右側の建物へ目を向ける。古い物流倉庫。壁面に沿って、雨樋が地面まで伸びている。その下だけ雑草が倒れ、泥が深くえぐれていた。水は金網の向こう側へ流れている。
「排水管が通っています」
ルークが言った。
「管理用の暗渠があるかもしれません」
カイトが顔をしかめる。
「そこを通るのか?」
「人が通れる大きさならな」
「ゲーム始めて最初の本番が、下水道って聞いてないぞ」
「奇襲もEMPも聞いていない」
「それはそうだけどさ」
古賀とカイトが倉庫脇を調べる。数分もかからず、雑草に隠れた鉄製の格子蓋が見つかった。古賀が錆びた留め具へ銃床を当てる。
「一回だけ鳴るぞ」
「やってください」
鈍い音。留め具が外れ、格子蓋が持ち上がった。中は暗い。幅は一メートルほど。水深は足首より少し上。泥と油の臭いが上がってくる。
「通れる」
古賀が小型ライトを点けようとして、動かないことを思い出した。EMPで電子機器は沈黙したままだ。浜田が装備袋から折り畳み式の化学発光灯を取り出し、折り曲げる。淡い緑色の光が灯った。
「こういう時のための旧式装備だ」
「それ、最初から出してくださいよ」
カイトが言う。
「聞かれなかったからな」
浜田は発光灯を暗渠へ落とした。水面が緑色に揺れる。
「長居はするな。雨が増えれば水位も上がる」
真壁が指示を出す。
「古賀が先導。次に動けるプレイヤー。担架は中央。浜田は最後尾」
「班長は?」
ルークが聞く。
「自分で歩く」
「暗渠の中で倒れたら、全員が詰まります」
真壁が睨む。ルークも視線を逸らさなかった。
「今は意地より順番です。俺とカイトで支えます」
「俺もかよ」
「嫌なら担架を持て」
「支える」
決断は早かった。十一人が、一人ずつ暗渠へ下りる。コンクリートの天井は低く、少し前屈みにならなければ頭を打つ。水は冷たい。靴の中へ入り込み、歩くたびに音を立てる。ルークは真壁の右腕を自分の肩へ回し、左手で壁を探りながら進んだ。脇腹の傷が引きつる。包帯の下が湿っている。雨水か、汗か、血か。PTIDが生きていれば、負傷状態を数字で確認できた。今は、自分の感覚で判断するしかない。眩暈はない。指先も動く。呼吸は速いが、歩ける。
なら、まだ止まる時ではない。暗渠の途中で、前方が詰まった。
「どうした」
古賀の声が返る。
「分岐だ。地図にはない」
ルークは真壁を壁へ預け、前へ進んだ。暗渠は左右に分かれている。右は水の流れが強く、奥から風が来ていた。左は水が淀み、空気も重い。
「右だと思う」
カイトが言った。
「風があるなら出口が近い」
「近いとは限らない」
ルークはしゃがみ、水の流れを見る。右側の水には、細かな葉と包装材が混ざっていた。左側には、油膜が浮いている。
「地上の雨水は右へ流れている。排水路へ出るなら右です」
「左は?」
「倉庫地下か、閉鎖された設備室でしょう」
「外れたら?」
「戻る。ただし水位が上がる前に」
真壁が頷いた。
「右へ進め」
再び列が動き出す。数十メートル先で、暗渠は鉄格子に塞がれていた。カイトが小さく悪態をつく。
「またかよ」
だが今度の格子には、人が一人通れる点検扉がある。南京錠は腐食し、古賀が工具で二度叩くと外れた。扉を押し開ける。雨音が大きくなる。一行は排水路の底へ出た。左右をコンクリート壁に挟まれた、深さ三メートルほどの水路だった。上からは見えにくい。敵の射線を避けて南へ進むには、都合がいい。
「全員出たか」
真壁が聞く。ルークは数える。
「十一人。全員います」
「覚えておけ」
「何をですか」
「今の数だ」
真壁はそれだけ言い、再び歩き始めた。排水路を四百メートルほど進んだところで、後方から金属音が響いた。誰かが格子扉を開けた音。追手だ




