表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/43

第二話 帰還命令(2)

『VRMMO -関東封鎖戦域-』


第二話 帰還命令(2)


「無理だろ、これ!」


 銃声が続く。車体へ当たった弾丸の衝撃が、腹の中まで響いてくる。ルークだって怖かった。これは画面ではない。扉の向こうへ出れば、銃弾が自分のいる空間を通過する。理屈では仮想だと分かっていても、身体はそれを信用してくれない。


「カイト」


 ルークは青年のプレートキャリアをつかんだ。


「煙があるうちに行く」


「でも――」


「車内に残れば、次の攻撃を受ける」


 選択肢は、安全か危険かではない。危険の中で、まだましな方を選ぶだけだ。


「俺の後ろを来い。排水溝まで走ったら、すぐ伏せるな。中へ入ってから姿勢を落とせ」


「……分かった」


 ルークは扉から飛び出した。


 雨


 白煙


 銃声


 足元の舗装が弾け、細かな破片が脛へ当たる。走るのは十二メートルだけ。歩行訓練で教えられたとおり、歩幅を広げすぎない。銃を振り回さない。目標は敵を倒すことではなく、遮蔽物へ到達すること。排水溝へ片足を入れ、身体を低くする。その直後、カイトが転がり込んできた。


「生きてる……!」


「確認は後だ。銃口を道路側へ向けるな」


 カイトの銃口が、先に入っていたNPC隊員の背中へ向きかけていた。慌てて下げる。


「悪い!」


「謝る相手を増やすな」


 ルークは排水溝の縁から、わずかに顔を出した。敵の姿は見えない。工場二階。道路の向かいにある事務所。横倒しの配送トラック。三方向から発砲されている。敵味方を示す輪郭も、頭上の印もない。発砲炎と音、味方の位置から推測するしかなかった。真壁が数メートル先のコンクリート壁に身を寄せている。


「敵は工場二階と事務所一階! 浜田、二階を抑えろ! 古賀、右から回り込ませるな!」


 大柄な浜田が軽機関銃を構えた。重い連射音が響き、二階の窓から破片が飛ぶ。敵の射撃が一瞬だけ弱まった。


「プレイヤー二名、こちらへ!」


 真壁が叫ぶ。ルークはカイトを見る。


「行けるか」


「行くしかないんだろ」


「そうだ」


 二人は排水溝の中を走った。さきほどの全力疾走とは違う。頭を低くし、滑りやすい底へ足を取られない速度で進む。真壁のいる壁まで到着すると、カイトが息を切らしながら銃を構えた。


「撃っていいのか?」


「見えているものを言え」


 真壁が返す。


「工場、二階の窓。人影……たぶん敵」


「たぶんで撃つな。武器は」


「持ってる」


「背後は」


「壁」


「左右に味方なし。射撃を許可する」


 カイトが二発撃った。一発目は窓枠へ当たり、二発目は室内へ入った。命中したかどうかは分からない。だが敵の銃口がこちらを向く前に、カイトは壁へ戻った。


「当たった?」


「確認できないなら、当たっていないものとして考えろ」


 真壁が言った。ルークは周囲を見た。味方は車体右側へ集まりつつある。負傷者が二人。車内に一人残っている。敵の数は不明。退路は、来た道路と工場裏手の細道。このまま撃ち合いを続ければ、弾薬と負傷者だけが増える。


「班長。車内の負傷者を回収したら、裏手へ離脱するべきです」


「理由は」


「敵の目的が車両か、足止めか分かりません。増援が来る前に射線から外れた方がいい」


「臨時通信所は前方だ」


「車両を失った時点で、任務の前提が崩れています」


 真壁はルークを見た。撃てるかどうかではない。命令を続けるべきか、状況に合わせて変えるべきか。その答えを測るような目だった。


「……早瀬。車内の負傷者を回収。浜田、十五秒後に射撃を切り替える。古賀、裏道を確認しろ」


「了解!」


 真壁が通信機へ手を当てる。


「第六機動班より管制。アルファ輸送車は走行不能。複数方向から攻撃を受けている。臨時通信所への移動を中止し、負傷者を伴い離脱する」


 一瞬の雑音の後、黒瀬の声が返った。


『判断を承認する。現在位置から南西へ――』


 そこで空が光った。雷ではなかった。雲の上からではなく、街の向こう側から青白い光が膨らんだ。音より先に、視界全体が白く染まる。次の瞬間、胸のPTIDが熱を持った。画面が乱れる。


《外部電磁――》


 表示は最後まで出なかった。黒い画面へ変わる。小銃の照準器から光点が消えた。兵員輸送車の警報音が途中で途切れ、エンジンも完全に停止する。浜田の耳元にある通信機から、耳障りな雑音が噴き出した。


「EMP!」


 誰かが叫んだ。電子機器が沈黙した街で、雨音と銃声だけが異様に大きく残った。真壁が通信機を叩く。


「管制、応答しろ! 第六機動班より管制!」


 返事はない


 ルークはPTIDの電源ボタンを長押しした。


 反応なし


 身体状態。残弾数。任務情報。地図。それまで当たり前に胸元へ存在していた情報が、まとめて消えている。カイトが照準器を覗き、青ざめた。


「ドットが消えた」


「補助照準を使え」


「そんなの練習してない!」


「銃本体についている。前と後を合わせろ」


「分かってるけど、急に言われても――」


「今やるしかない」


 敵の射撃が再び強くなった。こちらの電子機器が止まったことを知っているようだった。工場二階から弾丸が降り、コンクリート壁の角が削れる。浜田が撃ち返す。電子照準器を失っても、機関銃そのものは動いた。


「敵はEMPの範囲を知っていた!」


 真壁が叫ぶ。


「偶然じゃない! ここへ誘い込まれたぞ!」


 雑音だけだった通信機から、途切れ途切れの声が聞こえた。


『――生存部隊……応答……』


「管制!」


 真壁が受信機を押さえる。


『広域通信網……停止……各中継所、応答なし……』


 男性の声だった。黒瀬ではない。もっと遠い場所から、複数の雑音を押しのけるように送られている。


『指揮系統は……維持できない』


 銃声が通信をかき消した。真壁が音量を上げる。


『各部隊は、現地判断へ移れ』


 そして、最後の言葉だけが、不自然なほど明瞭に届いた。


『生存している全人員を脱出させろ』


 通信が切れた。もう一度呼びかけても、雑音すら返らなかった。


「何なんだよ、それ」


 カイトが言った。


「どこへ脱出するんだよ。地図も消えてるのに」


 誰も答えなかった。指揮系統はない。目的地もない。通信所へ向かう任務は消え、帰還しろという命令だけが残った。その瞬間、道路の向こうから何かが飛んできた。


「伏せろ!」


 真壁の叫び。破裂音。ルークの身体が横へ投げ出された。右の脇腹へ熱いものが走る


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ