第二話 帰還命令
『VRMMO -関東封鎖戦域-』
第二話 帰還命令
兵員輸送車の中は、思っていたより狭かった。向かい合わせに並んだ座席へ、プレイヤー七人と八洲共同警備機構の隊員六人が詰め込まれている。膝と膝の間には、小銃の銃口を下へ向けて保持するだけの空間しかない。天井から伸びた手すり、剥き出しの配線、壁面に固定された消火器。床下から響くエンジン音が、尻と踵を絶えず震わせていた。窓はない。外の様子は、車体側面に取り付けられた小型モニターへ映し出されている。雨に濡れた道路。傾いた電柱。
割れた店舗の窓。人の姿は見えない。だが、誰もいないということと、安全であるということは同じではなかった。
「銃口、下。安全装置を確認」
向かい側に座る味方NPCが言った。三十代半ばほどの男だった。八洲共同警備機構の灰緑色の装備を身につけ、ヘルメットの右側には白い二本線が入っている。ルークのPTIDに、近距離部隊情報が表示された。
《第六機動班 班長:真壁仁》
「車内で暴発させた者は、敵より先に味方を殺す」
真壁は一人ずつ銃の向きを確認した。
「降車命令が出るまで立つな。扉が開いても飛び出すな。前の者と同じ場所へ固まるな。分からなければ、俺か近くの隊員の動きを見ろ」
「了解」
NPC隊員たちが短く返す。プレイヤー側の返事は、ばらばらだった。カイトは緊張しているのか、両膝を小刻みに動かしている。
「なあ、ルークさん」
「なんだ」
「最終試験って、どこまで本気なんだろうな」
「痛覚設定の話か?」
「それもあるけどさ。どうせ試験なら、途中で失敗条件とか出るんだろ。護衛対象が死んだとか、制限時間を超えたとか」
ルークはPTIDを見た。
《最終試験――模擬隔離区からの帰還》
《任務内容:現地部隊と合流し、指定区域へ移動せよ》
表示は第一話の終わりから変わっていない。地図もない。目的地までの距離もない。護衛対象の印もなければ、残り時間も表示されていなかった。
「出ないかもしれない」
「それじゃ試験にならなくない?」
「何を試されているか教えない試験もある」
カイトが嫌そうな顔をした。
「会社みたいなこと言うなよ」
「会社員だからな」
カイトは一瞬だけ黙り、それから小さく笑った。
「ルークさん、本当におっさんなんだな」
「今さら気づいたのか」
車内の緊張が、わずかに緩んだ。その時、天井のスピーカーから黒瀬教官の声が流れた。
『各員へ通達。現在、第六機動班は北西第四作戦管区を移動中。目的地は臨時通信所。到着後、現地指揮官の命令を受けろ』
PTIDへ新しい任務が表示される。
《臨時通信所へ移動》
《推奨行動:車列を維持》
ようやく表示された内容は、それだけだった。ルークは車内モニターへ目を戻す。道路脇の建物が、住宅から小さな工場へ変わり始めていた。錆びた看板。シャッターの閉じた整備工場。敷地内に放置されたフォークリフト。水の溜まった側溝には、空のペットボトルや包装材が流れている。物流会社に勤める宗一には、それらがただの背景には見えなかった。倉庫の入口に荷物がない。道路へはみ出しているはずの廃車が、妙に少ない。
フォークリフトの爪が、道路側へ向けて上げられている。誰かがここを使っている。あるいは、使う準備をしている。
「真壁班長」
ルークが呼びかけると、真壁が視線だけを向けた。
「何だ」
「この周辺は、事前に安全確認されていますか」
「最後の偵察は六時間前だ」
「その後の監視は?」
「無人機が二度通過している。武装勢力は確認されていない」
「確認されていないだけですね」
真壁の口元が、ほんの少し上がった。
「そうだ」
カイトが割り込む。
「何か見えたのか?」
「人が生活していない割に、道路が片付きすぎている」
「片付いてるなら走りやすくていいじゃん」
「走りやすい道は、撃つ側にとっても見通しがいい」
カイトの膝が止まった。真壁が壁面の通信装置へ手を伸ばす。
「運転手。速度を落とせ。前方の交差点、警戒」
『了解』
兵員輸送車の振動が変わった。エンジン音が低くなり、車体がゆっくりと減速する。モニターの映像に、交差点が映った。道路中央に、横倒しになった配送用トラックがある。荷台の扉は開き、中身は空だった。道を完全に塞いでいるわけではない。大型車一台が、速度を落とせば横を通れる程度の隙間が残されている。
「露骨だな」
ルークは呟いた。
「何が?」
カイトが聞く。
「通れない障害物なら引き返す。通れそうだから近づく」
真壁が車内全員へ声を張った。
「警戒態勢。銃を保持。まだ立つな」
隊員たちの表情が変わる。つい先ほどまで人間らしい疲れを見せていた顔から、余計な動きが消えた。ルークは安全装置へ指をかけた。引き金には触れない。呼吸を整える。車両が横倒しのトラックへ近づく。十五メートル。十メートル。モニターの端で、工場二階のカーテンが動いた。
「二階――」
言い終わるより先に、世界が跳ねた。轟音。床が突き上がり、身体が座席から浮く。天井へ肩を打ち付け、視界が白く弾けた。次の瞬間には、車体が大きく右へ傾いていた。誰かの銃が床へ落ちる。警報音。金属を叩く連続音。外から撃ち込まれた弾丸が、装甲板を激しく叩いている。
「伏せろ!」
真壁が叫んだ。
「銃を拾うな、先に姿勢を安定させろ!」
ルークは座席の支柱をつかんだ。左耳が聞こえにくい。PTIDに警告が並ぶ。
《強い衝撃を検知》
《聴覚保護機能作動》
《心拍:168》
隣でカイトが床へ片手をついている。
「何だよ、これ……!」
「奇襲だ」
「試験で対戦車地雷まで使うのかよ!」
「文句は帰ってから言え」
ルークはカイトの肩をつかみ、座席へ戻した。車両前方から、運転手の声が飛ぶ。
『前輪損傷! 走行不能!』
「後部扉を開ける!」
真壁が叫んだ。
「右側へ降車! 浜田、煙幕! 早瀬、負傷者確認! プレイヤーは隊員から離れるな!」
壁際にいた大柄な隊員が、発煙筒を手に取った。
《機関銃手:浜田剛》
別の隊員が、倒れたプレイヤーの首元へ手を当てる。
《衛生員:早瀬弓香》
後部扉が途中まで開いた瞬間、外から弾丸が飛び込んだ。扉の内側で火花が散る。
「閉じろ!」
真壁が扉を戻す。誰かが悲鳴を上げた。プレイヤーの一人が、頬を押さえている。金属片で浅く切ったらしく、指の間から血が流れていた。痛覚再現が抑えられていると分かっていても、血の色は現実と変わらない。
「正面側の非常扉を使う」
真壁は迷わなかった。
「車体を遮蔽物にする。降りたら右の排水溝まで移動。立ち止まるな」
ルークは車内モニターを確認した。映像の半分が砂嵐になっている。生きている右側カメラには、道路脇の浅い排水溝と、コンクリート製の低い壁が映っていた。そこまで、およそ十二メートル。短い。だが、撃たれている十二メートルは長い。
「浜田!」
「用意できてる!」
「開けるぞ!」
非常扉が押し開かれた。浜田が身を低くしたまま発煙筒を投げる。白い煙が雨の中へ広がった。真壁が先に降り、道路脇へ向けて数発撃つ。
「移動!」
NPC隊員が一人、二人と続く。プレイヤーたちも動き始めた。カイトが扉の前で固まった




