第一話 歩き方から始めよう(3)
『VRMMO -関東封鎖戦域-』
第一話 歩き方から始めよう(3)
最後の講習区画には、銃も負傷者もなかった。あるのは、金属製の机と、雑多な物資だけだった。水筒。ペットボトル入りの濁った水。携帯浄水器。浄水用薬剤。缶詰。高カロリー栄養食。乾燥米。塩。
燃料
「三日間、救援の来ない建物へ避難する。四人分として必要な物を選べ」
PTIDに制限重量が表示された。
《運搬可能重量:24kg》
全てを持っていくことはできない。カイトは銃弾の箱を手に取った。
「武器は?」
「この課程では支給されない」
「じゃあ弾いらないじゃん」
「だから置け」
ルークは飲料水を確保し、携帯浄水器と薬剤を選んだ。次に高カロリー栄養食、缶詰、乾燥米。燃料は最低限。調理に必要な器具と、保温用のシートも加える。
「水、多すぎないか?」
カイトが尋ねた。
「足りないくらいだ。だから浄水手段も持つ」
「川の水を飲めばいいだろ」
黒瀬が濁ったボトルを持ち上げた。
「透明な水が安全とは限らない。濁った水が、処理すれば飲める場合もある。見た目だけで判断するな」
携帯浄水器を示す。
「水源、汚染の種類、器具の性能を確認しろ。ろ過だけでは対応できない汚染もある。煮沸、ろ過、薬剤を状況に応じて使い分ける」
次に、高カロリー栄養食を机へ置いた。
「人間は、食事を一回抜いた瞬間に死ぬわけではない。しかし摂取エネルギーが不足すれば、身体は蓄えを使う。集中力が落ち、身体が冷えやすくなり、力が出なくなる。長引けば筋肉も失われる」
PTIDへ、時間経過による変化が表示された。
《軽度のエネルギー不足:疲労回復低下》
《中度:集中力低下・体温維持能力低下》
《重度:筋力低下・判断力低下・行動不能の危険》
「空腹は腹が鳴るだけの演出ではない。水と同じく、判断を誤らせる」
黒瀬の指が、四人分の物資を指す。
「自分だけ満腹でも、仲間が動けなければ帰れない。配分は平等ではなく、必要に応じて行え。負傷者、警戒要員、重い荷物を持つ者。同じ量が正しいとは限らない」
その言葉に、宗一は会社の倉庫を思い出した。人手が足りない日に、仕事を均等に振れば平等に見える。だが経験の浅い者へ難しい荷を渡せば遅れ、慣れた者へ全てを集めれば潰れる。必要なのは、同じだけ配ることではない。全員が最後まで動ける配分だ。
「ルーク。選択理由を説明しろ」
黒瀬に促され、ルークは机の物資を指した。
「最初から飲める水を優先します。ただし三日分全ては運べないので、追加の水源を使うため浄水手段を複数確保します。食料は重量当たりの熱量と、調理に必要な水や燃料を考慮。乾燥米は効率がいいですが、水と加熱が必要なので持ちすぎません」
「続けろ」
「全員分を一つの荷物へ集中させません。荷物を失った時に全滅するので、水、食料、浄水手段を分散します。負傷や死亡で運べなくなる可能性もあります」
黒瀬が初めて、はっきりと頷いた。
「合格だ」
電子音が続けて鳴った。
《基礎行動課程:修了》
《銃器安全・射撃課程:修了》
《基礎救命課程:修了》
《生存管理課程:修了》
《必須講習 全課程修了》
カイトが両腕を上げた。
「終わった!」
「まだだ」
黒瀬の一言で、腕が止まる。訓練施設の奥から、低いエンジン音が響いてきた。大型のシャッターがゆっくりと上がる。その向こうには、装甲板に覆われた兵員輸送車が停まっていた。側面には、八洲共同警備機構の八重波。後部扉の前には、実戦装備を身につけた味方NPCが六人並んでいる。黒瀬がルークたちへ背を向け、車両へ歩き出した。
「これより最終試験を開始する」
PTIDの画面が切り替わった。
《最終試験――模擬隔離区からの帰還》
《任務内容:現地部隊と合流し、指定区域へ移動せよ》
《詳細情報は作戦開始後に開示される》
ルークは表示を読み、眉を寄せた。帰還試験なのに、任務内容は移動だけ。行き先も、脱出地点も、敵情も表示されていない。古いゲームで嫌というほど見た、不親切な任務説明だった。隣でカイトが楽しそうに笑う。
「ようやく本番だな、ルークさん」
「ああ」
ルークは支給された応急ポーチを腰へ固定し、銃の安全装置を確かめた。
「だからこそ、説明されていない部分を考えた方がいい」
「何を?」
後部扉が開く。車内は薄暗く、向かい合わせの座席が並んでいた。味方NPCの一人が、早く乗れと手を振っている。ルークは車両へ足を掛けながら答えた。
「どうして試験の名前が、『指定区域への移動』じゃないのかを」
カイトの笑みが、わずかに固まった。全員が乗り込むと、後部扉が閉じる。外の雨音が遠ざかり、代わりにエンジンの振動が足元から伝わってきた。兵員輸送車が動き出す。ルークのPTIDには、最後まで地図が表示されなかった




