表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/43

第一話 歩き方から始めよう(2)

『VRMMO -関東封鎖戦域-』


第一話 歩き方から始めよう(2)


次の区画で、ようやく銃が支給された。八洲共同警備機構の制式訓練銃《YSC-11T》。実戦用小銃と同じ重量と操作系を持つが、訓練弾しか装填できない。黒瀬は銃をラックから取ったものの、誰にも渡さなかった。


「まず四つ覚えろ」


 銃口を床の安全方向へ向けたまま、黒瀬が言う。


「すべての銃は、装填されているものとして扱う」


 薬室を確認する。


「銃口を、撃つつもりのないものへ向けない」


 銃を持ち替えても、銃口は人のいる方向を横切らない。


「撃つと決めるまで、引き金へ指を置かない」


 人差し指は引き金の外。機関部に沿わせている。


「目標だけでなく、その手前と奥に何があるか確認する」


 壁の向こうを示す。


「標的に当たれば終わりではない。外れた弾も、貫通した弾も、どこかへ飛んでいく」


 PTIDに四項目が固定表示された。カイトが受け取った銃を、軽い調子で肩へ担ごうとした。


「銃口」


 黒瀬の声が飛ぶ。カイトの動きが止まった。担ぎ上げる途中、銃口が隣のプレイヤーの足を横切っていた。


《安全違反:警告一回》


 赤い表示が出る。


「三回で当日の射撃課程を終了する。最初からやり直しだ」


「厳しすぎない?」


「一回目の過失で死ぬ者に、三回目はない」


 黒瀬はそれ以上取り合わなかった。ルークは銃を受け取る。金属と樹脂の冷たさ。右手へかかる重量。モニター越しではボタン一つだった装填確認にも、手順がある。弾倉を外す。機関部を引く。薬室を目で見て、指でも確認する。銃口の向きと引き金から外した指を維持したまま行う。昔の知識はある。だが、知識と身体の動きは別物だった。銃床を肩へ当てた時、位置がわずかに外れた。照準器を覗こうとして首を傾けすぎる。


「銃へ顔を合わせるな。銃を視線へ持ってこい」


 黒瀬が銃床の位置を直した。


「肩で押し返そうとするな。上半身をわずかに前へ。膝は固めない。肘と肩の力を抜け」


「了解」


「照準は?」


 ルークは標的を見る。二十五メートル先、人型ではなく直径二十センチの円形標的。


「確認」


「その奥は」


「土盛りの弾止め」


「左右」


「射線内に人員なし」


「射撃を許可する」


 ルークは安全装置を解除した。息を吐きながら、引き金へ指を置く。狙いは中央。撃発。乾いた音と衝撃が肩へ届いた。初弾は中心から大きく右下へ外れた。


「……難しいな」


 昔なら、マウスを数ミリ動かせば済んだ。今は呼吸、姿勢、肩の力、引き金を引く指の向き、そのすべてが弾着へ現れる。


「外れた理由を言え」


「撃つ瞬間に反動を予測して、銃口を押さえ込もうとしました。引き金も真後ろではなく、右へ引いています」


「分かるなら直せ」


 二発目。中心から左へ五センチ。三発目。円の中央近くへ穴が開いた。派手な命中表示は出ない。経験値の音もしない。ただ穴が一つ増えただけだ。それが、妙に嬉しかった。射撃課程の次は、医療だった。白い清潔な教室ではない。ひしゃげた乗用車と、破れた金網、コンクリート片が散乱した模擬道路。その中央に、負傷者役の人形が倒れている。左の太腿から血液を模した液体が流れていた。


「負傷者を見つけた。すぐに駆け寄るか?」


 黒瀬が尋ねる。カイトが答える。


「助ける」


「不合格だ」


「まだ何もしてないだろ!」


「だからだ。周囲を確認していない」


 黒瀬が車の陰を指差す。そこには訓練用の銃を持った敵役人形が隠れていた。


「救助者が撃たれれば、負傷者が一人増える。火災、崩落、車両、電線、銃撃。最初に現場の危険を確認しろ」


 敵役を排除した想定の後、講習が続く。意識と呼吸を確かめ、助けを呼ぶ。大量出血なら傷口を圧迫し、必要な道具を選ぶ。包帯を巻けば終わりではなく、血が止まったか、その後も観察する。


「見た目だけで処置を決めるな。助けるつもりの行動が、傷を悪化させることもある」


 黒瀬の説明は短く、曖昧さがなかった。ゲーム内アイテムが机へ並べられた。圧迫包帯。止血用ガーゼ。止血帯。胸部創傷を覆う密閉パッド。消毒資材。鎮痛薬。副木。どれも、使用すれば画面上の状態異常が消える魔法の箱ではなかった。包帯を取り出す時間があり、包装を開く時間があり、傷へ当て、巻き、固定する時間がある。手が血で濡れていれば滑る。焦れば包装を落とす。片手を負傷していれば、できる処置が限られる。


「ルーク。自己処置」


 黒瀬の声と同時に、ルークの左腕へ鋭い痛みが走った。


「っ……!」


 訓練用の負傷状態が付与され、戦闘服の袖に赤い染みが広がった。


《左前腕:裂傷》

《出血:中》

《痛覚再現:30%》


 驚いた拍子に、ルークは応急ポーチを取り落としかけた。右手で保持し直す。呼吸を一度整えた。圧迫包帯を開き、傷口へパッドを当てる。左腕を身体へ押し付けて固定しながら、右手と歯を使って包帯を巻く。ゲーム的には不格好だった。それでも出血量は減った。


《出血:軽微》


「処置後に何をする」


「固定を確認。出血が続いていないか観察。指先の感覚と血流を確認。可能なら安全な場所へ移動し、追加処置を受けます」


「合格」


 黒瀬の声は変わらない。だがPTIDに緑の表示が灯った。


《基礎救命課程:修了》


 ルークは巻いたばかりの包帯を見つめた。最終試験では、これを本当に使わせるつもりなのだろう。そう考えた瞬間、懐かしさよりも先に、薄い恐怖が胸へ入ってきた


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ