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第十二話 壁の向こうの時間

『VRMMO -関東封鎖戦域-』


第十二話 壁の向こうの時間



 残り時間は、二時間四十分


 新城が出したのは、安心できる数字ではなかった


「部屋の容積も、換気の詰まり方も分かりません。石塚さんの症状が排気ガスによるものなら、もっと短い可能性もあります」


 管理室の机に三枚の図面が並んだ


 現在使っている施設図

 葛西が保管していた古い紙図面

 新城の記録媒体から表示できた、項目名だけの索引


 三枚を重ねても、琴音がいる部屋の形は分からない


 分かっているのは、第三七号の西側隔壁の向こうに何かがあり、そこに負傷者が一人、武装者が二人以上いることだけ


 ルークは人員表を開いた


 施設内には十九人

 だが、地下救助へ使える人数は十九人ではない


 負傷者

 治療する者

 主扉を守る者

 発電機を維持する者

 地上側の警報を見る者


 名前が一覧に載っていても、その全員を一つの仕事へ投入できるわけではない


「地下へ入るのは俺と古賀、柴崎」


 片桐が先に言った


「敵の位置が分からないまま、三人とも入れるつもりはありません」


「二人で入れと?」


「最初に通路を確認するのは一人です」


 片桐の顔が険しくなる


「一人目が撃たれたら、二人目が助けに入る。その間に琴音の空気が減る」


「三人が同じ罠へ入れば、助ける人間がいなくなります」


 机の上で、二人の視線がぶつかった


 片桐は兵士として正しい

 狭い場所で人数を小分けにすれば、先頭だけを潰される


 ルークも、救助の途中で戦力を失いたくはない


 ただ、通路の幅も、縦穴の有無も、途中に扉があるかさえ分からない


「先頭は古賀さん。入口から十メートルまで確認。片桐班長と柴崎さんは、古賀さんが戻れる距離を保って続く」


「十メートルに意味は?」


「見えない場所で、こちらが救助できる限界です」


 片桐は数秒考え、頷いた


「十メートルで曲がっていたら」


「曲がり角の先を鏡で見る。敵がいれば戻る。通路が続くだけなら、次の十メートルを判断します」


 前へ進む距離ではなく、戻れる距離で区切る


 古賀が図面を覗き込み、短く答えた


「それでいい」


 真壁は地下へ入らない


 片桐が不満そうに見たが、左腕を固定した真壁は気にしなかった


「俺は施設全体を見る。地下へ人を集めた時に主扉を叩かれたら、笑い話にもならん」


 浜田は機械室の入口

 葛西と新城は開口部と換気

 真由は救護

 セトとミナトは搬送補助

 カイトは琴音との通信と記録


 結衣と歩けない負傷者は、医務室のさらに奥へ移す


 役割が埋まっていく


 それでも、琴音を迎えるための寝台を空けると、医務室の余裕は一つしか残らなかった


「救助班が怪我をした場合は?」


 セトが聞いた


「通路側の床を使います」


 真由は床へ清潔な布を敷き、道具を二組に分けた


「石塚さんの状態が分からないので、必要になりそうな物を全部ここへ出します。ただし開封はしません」


 使うかもしれない物を先に並べる

 使わなかった物は戻せる


 必要になってから物資庫を探す時間は戻らない


 ルークは毛布二枚と飲料水の使用を承認した


 管理端末に新しい表示が現れる


《緊急救助》

《対象 一名》

《施設侵入リスク 高》

《推奨準備時間 四十八分》

《対象の推定猶予 二時間四十分》


「準備だけで四十八分」


 カイトが画面を見て呟いた


「全部を安全側で行った場合です」


「短くするなら」


「何かを飛ばします」


 何を省くか


 そこから先はゲームが決めてくれない


 ルークは最初に換気を選んだ


 声を通した孔へ、濾過布を挟んだ細い送風管をつなぐ


 強く送れば、地下の埃や有害物を巻き上げる

 弱すぎれば意味がない


 新城が検知紙を使い、葛西が送風機を最低出力へ落とした


「石塚さん。こちらから空気を送ります。音が出ます」


『分かりました』


「扉の隙間を塞いでいる物は、そのままにしてください。苦しくなったらすぐ言う」


『はい』


 送風開始


 黒い埃が少し戻り、細い管が震えた


 数秒後、琴音の声


『風、来ました』


「息苦しさは」


『まだ分かりません。でも、冷たいです』


 残り時間が増えた保証はない

 それでも、何もしないよりは良い


 次は、人が通れる入口


 葛西が壁の下部に埋もれた輪郭を見つけていた


 縦七十センチほど

 横は五十センチほど


 塗装とモルタルで完全に塞がれた、古い点検蓋らしい


「大きな工具なら十分で開く」


「音は?」


「地下全体に響く」


 武装者へ、琴音の隣に別の入口があると知らせる


「手作業で」


「四十分は掛かる」


「送風で時間を買います」


 葛西は何も言わず、小さな工具へ持ち替えた


 削る


 止める


 壁の向こうの音を聞く


 また削る


 作業音を一度に続けない


 敵が近くにいる間は止め、遠ざかった時だけ進める


 カイトは五分ごとに琴音へ呼びかけた


「聞こえる?」


『聞こえてます』


「足音は」


『今はないです』


「眠くない?」


『眠いです』


「寝ないで」


『話すと空気が減ります』


 カイトが言葉に詰まった


 その通りだった


 意識を確認するための会話が、琴音の呼吸を速める


「合図を変えます」


 ルークが孔へ近づいた


「こちらが二回叩きます。危険がなければ一回、誰かが近くにいるなら二回返してください。声は必要な時だけ」


『一回と、二回』


「三回は使わない。最初の合図と混ざるから」


『分かりました』


 壁を二回


 返事は一回


 琴音は起きている

 近くに敵はいない


 それだけを確認する


 作業開始から二十九分


 点検蓋の四隅が見えた


 固定具は錆びているが、溶接はされていない


「開けた後、閉め直せますか」


「蓋が歪まなければ。急いでこじれば無理だ」


「では歪ませない」


「注文だけは簡単だな」


 葛西は油を差し、一本目の固定具を少しだけ回した


 低い金属音


 全員が止まる


 壁の向こうから反応はない


 二本目


 三本目


 最後の一本へ手を掛けた時、琴音から合図が来た


 二回


 誰かが近い


 作業停止


 送風機も止める


 機械室が静かになった


 孔の向こうから、靴音


 一人


 ゆっくり近づき、琴音の扉の前で止まる


 扉を叩く音


『起きてるだろ』


 男の声


『白い札を出せ。水と交換してやる』


 琴音は返事をしない


『野瀬はもう使えない。お前まで死ぬ必要はない』


 その言葉で、野瀬がまだ廊下にいることが分かった


 男は扉を一度蹴った


 薄い金属が歪む


 片桐が装備を持って立ち上がる


「待てない」


「まだ入口が開いていません」


「だから開ける」


「音で二人目が来ます」


「扉を壊されれば、二人とも通信室へ入る」


 もう一度、扉が蹴られた


 ルークは時計を見た


 琴音の残り時間ではない

 扉が持つ時間


「葛西さん。最後を外してください」


「ゆっくりか、早くか」


「ゆっくり。ただし止めない」


 金属が回る


 片桐、古賀、柴崎が床へ伏せる準備をする


 点検蓋は、まだ開かない


 壁の向こうでは三度目の蹴り


 今度は留め具が鳴った

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