第十話 二つの日常
『VRMMO -関東封鎖戦域-』
第十話 二つの日常
《新規タスク:扉の内と外》
《外周警報線を三系統へ増設する》
《資材搬入口を内外から防護可能にする》
《訪問者確認手順を制定する》
《通信記録を複数経路へ保存する》
第三七号の床下に、図面へ存在しない区画がある。その可能性を知ってから一時間。ルークたちは、地下へ続く道を探してはいなかった。
「もう少し右だ」
葛西の声に合わせ、カイトが金属製の支柱を動かす。
「こっち?」
「行きすぎだ。五センチ戻せ」
「五センチって、もっと早く言ってくれよ」
「見れば分かると思った」
「葛西さんの『見れば分かる』、だいたい分からないんだよな」
資材搬入口の内側では、壊れた棚、金属枠、廃材から外した鋼板を組み合わせた障害物が作られていた。完全な防壁ではない。外扉が破られた際、真っ直ぐ施設内へ入れなくするためのものだ。通路を一度曲げる。侵入者の速度を落とす。内側から監視できる位置を作る。それだけでも、何もないよりはいい。片桐の部下である柴崎が、鋼板へ穴を開けている。武器は預けたままだ。代わりに工具を持っていた。
「東側、固定完了」
「引いてみろ」
葛西が言う。柴崎が鋼板を両手で引く。金属枠が軋んだが、外れなかった。
「車両で押されたら持たないな」
「車両がここまで入った時は、別の心配をしろ」
葛西の答えに、柴崎が口元を歪めた。
「元管理主任は厳しいな」
「壊す側の都合で施設は作られていない」
「今は守る側だ」
「なら覚えろ」
昨日までなら、八洲の回収班と第三七号の住民が同じ場所で施設を直す光景など、想像できなかった。回収班は新城と行政記録媒体を引き渡せと要求した。第三七号は拒否した。その直後に第三者から襲撃を受け、回収班員の佐伯は医務室で治療を受けている。互いを信用したわけではない。ただ、今夜を安全に越すという目的だけが一致していた。
「第一警報線、設置完了」
古賀から有線通信が入る。
「第二班、次へ移動する」
「状態は」
ルークが聞く。
「問題なし。片桐班長も指示通り、単独では動いていない」
外周では古賀と片桐が組み、切断された警報線を張り直している。別方向では浜田と回収班員一名が作業中だ。第三七号側と回収班側を一人ずつ組ませた。監視のため。そして、片方が負傷した時に、もう片方が知らせるためだった。
「第三系統は予定通り、換気設備の北側へ」
「了解」
通信が切れる。カイトが支柱の固定具を締めながら言った。
「地下、気にならないの?」
「気になる」
「だったら、ちょっとだけ壁を調べるとか」
「入口の工事が終わっていない」
「真面目か」
「入口を開けたまま宝箱を探す方が嫌だ」
「宝箱とは限らないけどな」
「だから余計に後だ」
図面から消された地下区画。生きている閉域有線網。スズメが第三七号へ接続できた理由。知りたいことはいくらでもある。だが、知らないものを調べるには、人と時間と退路が必要だった。今は負傷者がいる。外には第三者が残っている可能性がある。拠点警戒レベルは三。好奇心だけで扉を開けるには、条件が悪すぎた。
「ルーク」
真壁が管理室から呼ぶ。ルークが戻ると、机の上へ三枚の紙が置かれていた。
「訪問者確認手順の草案だ」
一枚目には、接近を確認した時の対応。二枚目には、武装解除と確認区画の利用条件。三枚目には、負傷者、民間人、所属部隊別の例外処理。
「早いですね」
「お前が工事へ顔を出している間に書いた」
「確認します」
「先に全体を読め。途中で直すな」
言われて、伸ばしかけた手を止める。真壁は細かい字で、手順を順番に書いていた。
《第三七号・訪問者確認手順 暫定》
一、外周警報作動時、担当者は人数、武装、負傷者の有無を確認する。二、所属を名乗る者には、氏名、所属、目的、同行人数を申告させる。三、主扉は、管理責任者または代行者一名の判断だけでは開放しない。四、武装者を入れる場合、原則として確認区画で武装解除する。五、負傷者の救命を優先する。ただし同行者の武装解除と施設内動線の制限を行う。六、命令書、契約書、身分証は、発行元、責任者、権限範囲を確認する。
七、確認不能の場合、敵対と断定せず、判断を保留する。八、交渉内容は有線記録、紙面、立会者の三経路へ残す。
「三項目目」
ルークが言う。
「管理責任者だけでは開けない?」
「お前が倒れている時にも使える手順だ」
「代行者一名では」
「一人で決めれば、脅迫された時に終わる。二名承認にしろ」
「急病人の場合は時間が掛かります」
「第五項を使う。救命用の例外手順を別に作る」
「なるほど」
「お前は、自分が必ずいる前提で仕組みを作る癖がある」
真壁は淡々と言った。
「管理者がいなくても回るようにしろ」
ルークは反論できなかった。仕事でも同じことを部下へ言っている。担当者しか分からない作業は、作業ではなく人質だ。手順を残せ。代わりができるようにしろ。それなのに、第三七号では自分の判断へ集めようとしていた。
「二名承認へ変更します」
「承認者の組み合わせも決めろ。プレイヤー二名だけ、八洲二名だけにならないようにする」
「相互監視ですか」
「相互確認だ」
「言い方の違いでは」
「組織では大きな違いだ」
ルークは草案を修正する。
《主扉開放》
《管理責任者または代行者を含む二名承認》
《所属区分の異なる二名を推奨》
真壁仁。浜田剛。葛西正信。高瀬真由。カイト。現時点で代行可能な者を登録する。全員が同じ権限を持つわけではない。医療上の緊急開放なら真由。設備上の緊急開放なら葛西。外部戦闘への対応なら真壁か浜田。通信と記録ならカイト。自分がいなくても、判断材料を集められるようにする。
《訪問者確認手順:制定》
管理端末に反映された




