第九話 命令の証明(3)
『VRMMO -関東封鎖戦域-』
第九話 命令の証明(3)
佐伯と呼ばれた回収班員は、医務室へ運ばれた。真由が処置を始める。
「武器は入口保管箱へ。本人へ返すのは退去時です」
ルークが言う。回収班の柴崎という男が反発しかけたが、片桐が止めた。
「従え」
「班長、ですが」
「ここでは、こちらが救助された側だ」
片桐は確認区画から出た後も、武器を要求しなかった。救援の間に、彼の扱いは訪問者から一時保護者へ変わっている。管理端末にも表示が出る。
《一時滞在者:4》
《武装解除:完了》
《敵対判定:保留》
《現在施設内人数:19》
「また増えた」
カイトが言う。
「四人とも住民ではない」
「食事は食うだろ」
「負傷者には出す」
「残り三人は?」
「交渉次第だ」
片桐が聞いていた。
「食料まで取る気はない」
「こちらも、空腹の人間を扉の外へ出す気はありません」
「敵かもしれない相手にも?」
「まだ敵ではない」
「甘いな」
「判断を保留しているだけです」
「それを甘いと言う」
片桐はそう言いながら、差し出された水を断らなかった。管理室へ移動し、双方の通信記録を照合する。片桐が持っていた命令書は、本物だった。署名も、東部第九管区臨時連絡所の認証も有効。ただし。
「保護対象の強制移送権限がない」
カイトが、命令書の付帯情報を見つけた。
《任務区分:重要物資回収》
《対象物:行政記録媒体》
《同行者:技術協力者・新城透》
「新城さんが、保護対象じゃなくて同行者扱いだ」
ルークが言う。
「書類上は、本人が任意で同行する前提になっています」
片桐は黙って画面を見る。
「現場へ来る前に見なかったんですか」
「要約命令しか受けていない」
「引き渡しを拒否したら任務妨害と判断すると」
「上からそう言われた」
「上とは誰です」
片桐はしばらく迷った。
「臨時連絡所の作戦主任、御子柴宗吾」
初めて、責任者の名が出た。ルークは記録する。
「移送先は」
「東部第九補給集積所。その地下保管区画だ」
「新城さんは」
「媒体の読取と内容確認が終わるまで、同所の保護室」
「期間は」
「未定」
新城が通信端末越しに言う。
『それを保護とは呼びません』
片桐は否定しなかった。
「片桐班長。あなたは、それを知っていて来た?」
「知らなかった」
「今は」
「知った」
真壁が片桐を見る。
「なら、どうする」
片桐は命令書を閉じた。
「回収班として、媒体を確保する任務は変わらない」
「新城さんを強制移送する権限はない」
「ない」
「第三七号へ武力侵入する権限は」
「命令書にはない」
「外周警報を切った件は」
「俺の現場判断だ」
「責任は」
「俺が負う」
真壁は、そこで初めて僅かに頷いた。片桐はルークへ向き直る。
「媒体の原本は渡せないと言うんだな」
「現時点では」
「なら、存在確認と保全状態だけを記録させろ」
「信号装置は破壊しました」
「外観と封印番号でいい。内容には触れない」
「記録を誰へ送る?」
「御子柴主任と、東部管区監察回線へ同時に送る」
「監察回線にも?」
「現場命令と原文が違っていた。記録を残す必要がある」
片桐は、命令へ従うだけの男ではなかった。ただ、ここへ来るまで確認を後回しにした。ルークと同じく、現場で間違いへ気づいた。違うのは、気づいた後に何をするかだった。
「新城さん」
ルークは本人へ尋ねる。
『外観と封印番号だけなら、同意します』
「複製は」
『禁止です』
「片桐班長」
「了解した」
葛西が金属保管箱を確認区画へ運ぶ。媒体そのものは窓越しに見せるだけ。片桐は封印番号と損傷状態を記録し、内容へ触れなかった。報告文も、ルーク、真壁、新城が確認する。
《行政記録媒体の存在および封印維持を確認》
《所有者・新城透は強制移送へ不同意》
《現地施設は一時保護を継続》
《回収班は第三者襲撃を受け、任務継続困難》
《現場における武力回収は不適当と判断》
《上級指揮系統および監察部門の再確認を要請》
送信。今度は、同じ内容が三つの場所へ残った。第三七号。片桐の端末。八洲の監察回線。誰か一人が消しても、全部は消えない。
「これで、御子柴主任は喜ばない」
片桐が言う。
「俺も、任務失敗で処分されるかもしれん」
「後悔していますか」
「部下を一人連れて帰れないよりはましだ」
医務室から、真由の声が届く。
『佐伯さんの出血は抑えました。すぐに移動させない方がいいです』
片桐が目を閉じ、短く息を吐いた。
「何日だ」
『最低でも今夜は。状態次第では、もう少し』
「分かった」
彼はルークを見る。
「滞在費を請求する気か」
「食料と医療品は有限です」
「正直だな」
「燃料か、医療品か、外周警戒の労働で支払ってください」
「敵かもしれない相手へ警戒を任せるのか」
「施設内では武装させません。外周へ出るなら、古賀さんか浜田さんと組んでもらいます」
「信用しているのか、していないのか分からんな」
「信用していないから、条件を決めています」
片桐は、初めて小さく笑った。
「やはり厄介な管理者だ」
「よく言われます」
第三七号は、八洲の回収班を追い返さなかった。新城も媒体も渡さなかった。代わりに、負傷者を一人と、命令へ疑問を持った回収班を四人抱えることになった。食料の消費は増える。寝床も足りない。守る人数も増える。それでも、死人は増えなかった。今のところは。片桐たちの一時滞在が決まった後、管理端末へ複数の通知が届いた。
《防衛行動評価》
《第三者襲撃を確認》
《施設内死者:0》
《訪問者救助:4》
《交戦による撃破:未確認》
《重要情報保有者:保護継続》
《拠点警戒レベル:3》
《新規設備候補》
《外周監視所》
《資材搬入口防護》
《通信室》
《媒体隔離保管庫》
《新規タスク:扉の内と外》
《目的》
《外周警報線を三系統へ増設する》
《資材搬入口を内外から防護可能にする》
《訪問者確認手順を制定する》
《通信記録を複数経路へ保存する》
カイトが通知を読む。
「撃ち合いが終わったら、工事が始まった」
「拠点運営だからな」
「普通は防衛成功で銃とか貰えない?」
「欲しいのか」
「工具の方が高い気もしてきた」
葛西が横から言う。
「気づくのが遅い」
さらに、新城から限定情報の開示要求が届く。
《行政記録媒体》
《隔離環境での索引情報のみ開示》
《内容複製:禁止》
《位置情報:非表示》
正式な読取機はない。新城が覚えている索引だけを、手作業で端末へ入力する形だった。非常用電源。地下貯水槽。閉域通信中継局。停止避難施設。行政倉庫。一覧の中に、見覚えのある番号があった。
《旧国民保護施設 第三七号》
「この施設も調査対象だった?」
ルークが聞く。新城は表示を見て、眉を寄せる。
「違います」
「何が」
「第三七号は、廃止施設一覧に入っていたはずです」
「今も廃止施設では」
「この索引では、分類が変わっている」
新城が項目を拡大する。
《施設状態:休止》
《緊急時用途:広域通信中継候補》
《地下接続:未確認》
《行政封印:第三種》
カイトが画面を見る。
「地下接続って何」
「分かりません」
「元管理主任は」
葛西へ視線が集まる。老人は、しばらく黙っていた。
「第三七号に地下二階はない」
「図面上は?」
「ない」
「実際には」
葛西は管理室の床を見た。発電機の振動が、足元から伝わってくる。
「昔、一度だけ」
彼はゆっくりと言った。
「機械室の壁の向こうから、人の声を聞いたことがある」
「壁の向こう?」
「点検しても、通路はなかった。配管の音だと思うことにした」
新城が索引へ表示された第三種封印を指す。
「これは、一般施設の図面から区画を除外する指定です」
「誰が指定した」
「記録媒体の完全版を読まなければ分かりません」
第三七号は、偶然見つけた廃棄バンカーではなかったのかもしれない。有線網が生きていた理由。スズメが最初から接続できた理由。行政記録媒体を追う者たちが、この施設へ集まり始めた理由。ルークは機械室の方向を見る。厚いコンクリート壁。その向こうに、図面へ存在しない何かがある。外の敵を退けたばかりだった。今度は、自分たちの足元に知らない区画が見つかった。管理端末へ、新しい表示が現れる。
《未確認施設反応》
《第三七号地下接続候補》
《調査を開始しますか》
ルークは、すぐには承認しなかった。まず人数を数える。住民十五人。一時滞在者四人。負傷者複数。外周警戒レベル三。やるべき仕事は、すでに多い。
「先に、扉を直します」
カイトが意外そうに見る。
「地下を調べないの?」
「入口が壊れたまま、奥へ進む気はない」
葛西が頷く。
「正しい」
新城も画面を閉じた。
「では、俺は通信室の設計をまとめます」
「休みながら」
「それを条件に入れますか」
「入れます」
片桐が管理室の入口から言った。
「外周警報の設置なら、うちの班も手伝える」
「対価ですか」
「滞在費だ」
「武装は」
「古賀か浜田と組む。条件は守る」
命令の正しさは、まだ証明されていない。片桐たちを完全に信用したわけでもない。それでも、今できる仕事はある。ルークは新しい人員配置を開く。敵だったかもしれない者。守られるだけだった者。離脱を予定している者。負傷して動けない者。十五人と四人。一人ずつ、できることを探していく。第三七号は、また少しだけ拠点らしくなった。その床下に何が眠っているのかも知らないまま




