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第九話 命令の証明(2)

『VRMMO -関東封鎖戦域-』


第九話 命令の証明(2)


外部カメラは、古い白黒映像しか映さなかった。片桐修司は、四十代前半に見えた。短く刈った髪。雨具の上から八洲の防護装備を着けている。胸元の識別章には、確かに東部第九管区の印がある。彼は小銃と拳銃、予備弾倉、通信端末を地面へ並べた。さらに小型の金属探知器らしき物も置く。


「それは」


 外部通話でルークが尋ねる。


『媒体の信号を確認する装置だ』


「行政記録媒体に追跡信号がある?」


『微弱な保全信号だ。正規の受信機がなければ拾えない』


 管理室で、新城が息を呑んだ。


『聞いていません』


『利用者へ公開される機能ではない』


 第八話で、新城自身が言っていた。行政用機器は、利用者へ全機能を知らせないことがある。


「信号は、いつから追っていますか」


『連絡室が媒体の消失を確認した時からだ』


「第三七号へ来る前から?」


『そうだ』


「では、こちらが新城さんの滞在を漏らしたわけではない」


『少なくとも、我々は保全信号を追跡した』


 照会を送った他の二者も、同じ手段を持っている可能性がある。あるいは、八洲から情報が漏れている。どちらにしても、金属箱へ入れただけでは遅かった。


「装置も外へ置いてください」


 片桐が一瞬ためらう。やがて探知器を武器の横へ置いた。葛西が外扉を操作する。重い金属音。扉が、人一人通れる幅だけ開いた。片桐が確認区画へ入る。外扉が閉まる。内側から固定。第三七号の中と外を分ける狭い部屋。壁の厚い窓を挟み、ルークと真壁は片桐へ向き合った。浜田は窓から見えない位置で武器を構えている。


「ゲーム参加者にしては、慎重だな」


 片桐が最初に言った。


「回収班にしては、説明が足りません」


「説明する権限がない」


「引き渡す権限もありません」


「お前は管理者だろう」


「新城さんの所有者ではない」


 片桐は真壁を見る。


「真壁班長。部下を連れて戻れ。第六機動班は消息不明扱いだ」


「帰還経路と受け入れ先は」


「連絡所が用意する」


「責任者は」


「同じ質問を繰り返すな」


「答えが出ていないからだ」


 片桐の表情が硬くなる。


「現場判断で命令を選ぶようになったか」


「指揮系統を失った時点で、現地判断へ移れと命令された」


「その命令は、指揮系統が回復すれば終わる」


「回復した証明がない」


 二人は同じ組織に所属している。それでも、同じ命令を見ていない。片桐はルークへ視線を戻す。


「記録媒体には、まだ機能する避難施設とインフラの位置が入っている。武装集団へ渡れば、数千人が危険にさらされる」


「だから、誰へ渡すか確認しています」


「我々が正規の回収班だ」


「正規の回収班である可能性は認めます」


「なら渡せ」


「命令の正当性は、まだ確認できていません」


 片桐が窓へ一歩近づく。


「その違いで、人が死ぬかもしれない」


「確認せず渡しても、人が死ぬかもしれません」


 ルークも動かなかった。


「俺は、どちらの可能性も人数へ含めます」


 片桐の目が細くなる。


「厄介な管理者だ」


「よく言われます」


 その時


 外で、乾いた音がした。片桐が振り返る。続いて、外部通信へ叫び声。


『接触! 南東、建物屋上!』


 銃声が重なる。白黒カメラの画面で、片桐が置いた装備の近くに土煙が上がった。外周へ展開していた回収班員が、遊具の陰へ飛び込む。


「誰だ」


 ルークが聞く。


「こちらの敵ではない」


 片桐は即答した。外扉へ駆け寄る。


「開けろ。部下が外にいる」


「今開ければ確認区画へ銃弾が入ります」


「なら俺を中へ入れろ」


「武装した部下を置いて?」


「見殺しにしろと言うのか!」


 片桐の声が初めて崩れた。外部通信で、古賀が報告する。


『敵は二か所。南東の事務所屋上と、公園北側。回収班を挟んでいる』


「人数は」


『確認四。まだいる可能性あり』


『回収班、一名負傷!』


 片桐が窓を拳で叩く。


「外扉を開けろ!」


 ルークは施設図を見る。主扉を開ければ、狙撃線へさらされる。確認区画へ片桐を置いたままでも、外の三人は持たないかもしれない。敵が狙うのは媒体か、新城か。八洲の回収班を消し、装備を奪うことかもしれない。


「葛西さん。資材搬入口は使えますか」


『内側の手動扉までは開く。外側は半分しか動かん』


「人は通れる?」


『一人ずつなら』


「位置は敵から見えますか」


『公園西側の斜面下だ。主扉よりは見えにくい』


 ルークは配置を変更する。


《救援班》

《古賀、KITE、浜田》


《入口維持》

《真壁、プレイヤー一名》


《確認区画》

《片桐修司:一時待機》


「俺も出る」


 片桐が言う。


「武器は外です」


「中の武器を貸せ」


「今のあなたへ渡す権限がない」


「まだ言うか」


「だから、別の仕事を頼みます」


 ルークは確認区画の壁へ貼られた古い外周図を指した。


「外の三人の位置と装備、負傷者の状態を通信で整理してください。こちらの救援班へ伝える」


「俺をここへ閉じ込めたまま?」


「回収班長として、一番必要な仕事です」


 片桐は怒りを浮かべた。だが、外部通信から部下の荒い声が入る。


『佐伯、脚をやられた! 動かせない!』


 片桐は通話器を取った。


「回収班、状況報告! 射線、負傷、残弾を順に言え!」


 怒る時間を、仕事へ変えた。ルークは救援班へ通信する。


「目標は敵の撃破ではありません。負傷者を第三七号へ収容し、回収班を射線から外す」


『了解』


 浜田の声。


『扉の外で命令してた奴らを助けるのかよ』


 カイトが言う。


「今、撃たれているのは別の問題だ」


『分かってる。言ってみただけ』


「帰還人数は」


『三人で出て、何人連れて帰る?』


「負傷者一人。可能なら回収班全員」


『増えてるじゃん』


「減らすよりいい」


 資材搬入口が開く。三人が外へ出た。管理室では、外周図と通信音声だけが頼りだった。ルークは現場を直接見られない。片桐の報告。古賀の位置。浜田の射撃音。カイトの息遣い。断片をつなぎ、全体を想像する。


『救援班、西側斜面下』


『回収班二名、遊具南側。負傷者は公園東端』


『敵、北側から一名移動』


「浜田さん、北側を止める。倒す必要はありません」


『分かってる』


 機関銃の短い連射。敵の動きが止まる。


『古賀、負傷者へ到達』


「状態」


『右脚出血。意識あり。自力歩行不可』


 片桐が通信へ割り込む。


「佐伯に止血帯がある。左腰の袋だ」


『確認した』


「佐伯、聞こえるか! 第三七号の救援班が行く。武器を古賀へ預けろ!」


『班長……?』


「命令だ!」


 武装したままでは、救援側も近づけない。片桐自身が、部下へ武器を置かせた。


『預かった。移動する』


「カイト、担架は」


『ない。雨具と棒で作る』


「時間は」


『二分』


「一分で」


『会社みたいなこと言うな!』


「一分半」


『交渉成立!』


 ルークは外周のもう一方を見る。敵の射撃は、第三七号の主扉へ向いていない。回収班を狙っている。片桐たちが媒体の受信機を持って来たことを知っていたのかもしれない。探知器ごと奪えば、媒体を追える。


「片桐班長。探知器の破壊は可能ですか」


「外に置いたままだ」


「敵が回収する可能性があります」


「機密装置だ。渡せない」


「では部下へ破壊命令を」


 片桐の顔が歪む。装置は高価なのだろう。任務に必要な物でもある。


「片桐班長」


「分かっている」


 彼は外部通信を開く。


「柴崎。探知器を破壊しろ。回収不能と判断する」


『しかし――』


「命令だ」


 画面の外で、鈍い破砕音が続いた。


『破壊確認』


 片桐は目を閉じる。媒体を回収するために来た班が、媒体を探す装置を自ら壊した。人を帰すために。ルークは、その判断を記録した。


『負傷者、資材搬入口へ到達!』


 葛西が手動扉を開ける。古賀とカイトが、即席担架を運び込む。浜田が最後まで外へ銃口を向け、回収班の二人を先に入れた。資材搬入口が閉まる。外に残った敵は追ってこない。目的を失ったのか。こちらの防御を見て退いたのか。数発の銃声の後、公園は静かになった。


《救援班帰還》

《出撃:3》

《帰還:7》

《第三七号負傷者:0》

《回収班負傷者:1》


 数字が増えている。カイトの言った通りだった。減らすより、いい


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