第九話 命令の証明
『VRMMO -関東封鎖戦域-』
第九話 命令の証明
『こちら、八洲共同警備機構・東部第九管区回収班』
鋼鉄扉の向こうから、男の声が響く。
『管理責任者ROOKへ告ぐ。保護対象と行政記録媒体を引き渡せ。これは、正式な回収命令である』
ルークは受話器を握ったまま、返事をしなかった。管理室の壁には、十五人分の配置が表示されている。
《入口防御:配置済み》
《内部警戒:配置済み》
《負傷者退避:配置済み》
《電力維持:配置済み》
《通信確認:配置済み》
役割未配置、ゼロ。扉の前に立つのは自分一人ではない。それが、今までとの違いだった。
「氏名と階級、所属部隊を」
ルークは通話器へ言った。
『回収班長、片桐修司。八洲共同警備機構、東部第九管区臨時連絡所付、特別回収班』
「同行人数」
短い沈黙があった。
『四名』
古賀が外周通信へ割り込む。
『見えているのは二名だ』
片桐にも聞こえたはずだ。
『残る二名は周辺警戒中だ』
「こちらの外周警報を切断したのは、その二名ですか」
また沈黙。今度は少し長い。
『施設構造を確認するため、一部の警報線を無力化した』
「事前通信なしに?」
『回収対象が第三者の手へ渡る危険があった』
「それを、侵入と言います」
『回収任務だ』
「呼び方の問題ではありません」
カイトが、管理端末の通信記録へ入力している。発言時刻。相手の名乗り。警報線を切断した事実。あとで言った、言わないにしないためだ。真壁がルークの横へ立つ。
「片桐修司という名に心当たりは?」
ルークは受話器を手で塞いで尋ねた。
「直接はない。東部の回収任務を担当する班があることは聞いている」
「特別回収班は」
「名称はあり得る。臨時編成なら何でも付く」
「本物かもしれない」
「本物であることと、命令が正当であることは別だ」
真壁は、左腕を固定したまま通信盤へ手を伸ばした。
「交代しろ」
ルークは受話器を渡す。
「こちら八洲共同警備機構、第六機動班班長、真壁仁」
『生存していたか、真壁班長』
片桐の声が、初めてわずかに変わった。
「俺を知っているのか」
『車列が消息を絶ったことは連絡所にも入っている』
「なら、部隊照合を行う。第六機動班の車両識別末尾と、出発時の補給担当を答えろ」
『その情報は回収任務に必要ない』
「俺が本人か確認しなくていいのか」
『施設内の端末署名で確認済みだ』
「こちらは、お前を確認できていない」
外部通話器の向こうで、誰かが小さく何かを言った。片桐とは別の声。
『……車両識別末尾、七四。出発時補給担当、鹿島曹長』
真壁の目が細くなる。
「半分正解だ」
『何?』
「七四は予備車両だ。出発車両は七六。鹿島は補給担当で合っている」
『記録の更新が遅れていた』
「そうかもしれない」
真壁は通話器をルークへ戻した。
「八洲の記録へ接触できる立場ではある。本物の隊員である可能性は高い」
「でも、こちらの最新記録は持っていない」
「そして、俺が本人か確かめる前に命令を押し通そうとした」
ルークは通話器へ戻る。
「片桐班長。命令書の発行者と、保護移送後の担当部署を提示してください」
『通信で送ったはずだ』
「送られていません」
『東部第九管区臨時連絡所の命令だ』
「組織名ではなく、責任者の氏名を」
『現場で開示できる情報ではない』
「新城透本人の同意は確認しましたか」
『保護対象の同意は必要ない』
医務室の端末から、新城の声が入った。
『必要です』
片桐が黙る。
『新城透です。俺は移送へ同意していません』
『あなたの安全を確保するための命令だ』
『移送先も、責任者も言えない相手に保護される気はありません』
『あなたは状況を理解していない』
『調査員が二人消えた状況なら理解しています』
真由の声が医務室側から聞こえる。
『新城さん、話すなら寝たままで』
『今それを言いますか』
『患者なので』
緊張の中で、カイトが一瞬だけ口元を緩めた。だが、扉の外の片桐は笑わなかった。
『ROOK。保護対象は正常な判断能力を欠いている可能性がある』
「医療担当は、会話可能と判断しています」
『ゲーム参加者の判断で、八洲の命令を拒否するのか』
ゲーム参加者。その言葉に、管理室の空気が変わった。真壁も、浜田も、古賀も八洲のNPCだ。ルークたちプレイヤーとは違う。相手は、そこを分けた。
「第三七号の管理責任者として判断します」
ルークは答えた。
「認証不完全。命令責任者不明。移送先不明。本人の同意なし。外周設備への無断干渉あり。この状態では引き渡せません」
『拒否と受け取る』
「確認が完了するまでの保留です」
『同じことだ』
「違います」
ルークは管理端末へ、照会の条件を並べた。
「責任者名、現行認証符号、移送先、本人の安全保証。この四つが確認できれば、改めて協議します」
『四時間待てというのか』
「回答期限を設定したのは、そちらです」
通話器の向こうで、片桐が息を吐く。
『扉を開けろ。対面で話す』
「武装解除に応じますか」
『敵対地域で武器を置けと?』
「なら、扉は開けません」
『こちらも引けない』
「外周で待機してください」
『待機中に媒体が持ち出された場合、責任を取れるのか』
「そちらへ渡して失われた場合、誰が責任を取るんですか」
返事はなかった。どちらも、相手を信用していない。信用するための情報を出す権限もない。命令だけが先に来ている。会社でも、似たことはあった。送り先不明。担当者不在。それでも急げとだけ書かれた出荷依頼。現場が確認せず流せば、事故が起きる。確認して止めれば、遅いと責められる。責任を取る者ほど、曖昧な指示を嫌う。責任を取らない者ほど、今すぐ動けと言う。
「片桐班長」
『何だ』
「こちらから提案があります」
『聞こう』
「一名だけ、入口前の確認区画へ入れます。武器と通信機器は外へ置く。新城さんとは防弾窓越しに会話。記録媒体は見せません。こちらも真壁班長と俺が立ち会う」
『人質にする気か』
「嫌なら外部通話を続けます」
片桐は、すぐには答えなかった。その間に、古賀から通信が入る。
『東側の二名、位置を変えた』
「こちらへ近づいていますか」
『違う。公園外周へ広がっている。何かを探している』
片桐たちも警戒している。第三七号だけを見ているわけではない。
『……確認区画へ入る』
片桐が答えた。
『俺一人だ』
「武装解除を確認後、外扉だけ開けます」
『了解した』
通話が切れる。
「本当に入れるのか」
カイトが聞く。
「主扉は二重構造です」
葛西が答える。
「外側だけ開けて、間の確認室へ入れられる。内扉を閉めておけば、施設内へは来られん」
「使えるんですか」
「昨日までは怪しかったが、水が戻って圧力扉の補助機構も動くようになった」
「先に言ってくださいよ」
「聞かれなかった」
第三七号では、その答えが多い。ルークは配置を変更する。
《確認区画対応》
《外扉操作:葛西》
《確認窓警戒:浜田》
《対話:ROOK、真壁》
《医療待機:高瀬真由》
《内部退避:継続》
結衣を含む非戦闘員は、さらに奥の区画へ移したままにする。交渉を始めるからといって、安全になったわけではない




