第八話 三件の照会(2)
『VRMMO -関東封鎖戦域-』
第八話 三件の照会(2)
「原本しかない?」
「完全版は、その媒体だけです」
「複製は」
「連絡室にありました。ですが、最後に確認した時点で通信が途絶えていた」
「なぜあなたが持ち出した」
「破壊命令が出たからです」
真壁の目が細くなる。
「誰から」
「連絡室の上席です」
「なら、破壊するべきだったのでは」
「命令が本物か確認できなかった」
新城は防水ケースを取り出す。
「直前に、調査員が二人消えました。一人は八洲の保護車両へ乗った後、連絡が取れなくなった。もう一人は西側の仲介人と接触した後です」
「それで持って逃げた」
「逃げたんじゃない」
新城は即座に言った。だが、その後の言葉は弱かった。
「……保全したつもりでした」
「結果は同じだ」
葛西が言う。
「大事なのは、逃げたかどうかじゃない。その後どうするかだ」
ルークは三件の照会を机へ並べる。八洲。正体不明の復旧組織。西側市場の匿名者。どこか一つを選べば、医療品も燃料も手に入る。第三七号に足りないものばかりだった。新城と記録媒体を差し出せば、十五人の生活は楽になる。少なくとも、一時的には。
「新城さん」
「はい」
「第三七号に残る意思はありますか」
新城が顔を上げる。
「今、この場で決めるんですか」
「照会へ返事をする前に必要です」
「俺が残ると言えば、守る?」
「守る対象として扱います」
「そのせいで、ここが狙われても?」
「すでに狙われる理由になっています」
新城は黙る。
「ただし条件があります」
「記録媒体の内容を見せろ、ですか」
「第三七号と住民を危険にする情報は共有してください。外部通信は、当面一人で行わない。媒体は隔離した端末で扱う。勝手に複製しない」
「俺の情報です」
「あなた個人だけの情報でもない」
「管理者権限で奪う?」
「奪いません」
ルークは管理端末を開いた。
「同意できなければ、治療後に安全な移動先を探します。それまでは保護する」
「移動先が見つからなければ」
「探し続けます」
「随分、面倒な条件ですね」
「人が一人増えるのは、いつも面倒です」
結衣の寝床。真由の医療資材。葛西の工具。ミナトの離脱。大城の参加希望。一人増えるたびに、仕事は先に増えた。
「その代わり、あなたにも役割を相談します」
「役割?」
「通信設備とインフラ調査です。ただし、怪我と疲労が戻るまで仕事は禁止」
新城は葛西を見る。
「この人も、同じ条件で?」
「俺は働ける範囲で働くと言った」
葛西が答える。
「お前は働けない状態だ」
「厳しいな」
「三日寝なかった奴に言われたくない」
新城は、しばらく防水ケースを見つめていた。やがて管理端末へ手を伸ばす。
《新城透》
《参加希望:保留》
表示が変わる。
《参加希望:あり》
《希望区分:一時居住》
《希望役割:技術顧問/通信設備》
《条件:行政記録媒体の所有権維持》
《条件:医療上必要な休息》
《条件:移動時の安全確保》
ルークも条件を入力する。
《第三七号側条件》
《危険情報の共有》
《外部通信の共同確認》
《設備操作の記録》
《住民および共同施設への危害禁止》
《双方承認》
《新城透:一時居住許可》
《現在人員:15》
《新規役割候補:通信・インフラ調査》
《通信室機能の拡張条件を確認しました》
カイトが表示へ身を乗り出す。
「通信室?」
《必要人員》
《通信設備技能:達成》
《必要設備》
《隔離端末:未達成》
《有線交換機修理:一部達成》
《予備電源:未達成》
《暗号記録媒体読取機:未達成》
「人が来ただけで、作れる設備が増えた」
「人がいなければ、設備の使い道がないからな」
葛西が言う。
「箱だけ作っても、勝手には働かん」
ルークは設備画面を閉じた。作るのは後だ。今は、守る準備が先だった。第三七号の人員十五名が、管理室と隣の通路へ集められた。負傷者は座ったまま。結衣は真由の横。矢吹はまだ歩けないため、医務室の端末から音声だけを聞いている。プレイヤーのうち、安全ログアウト中の者には記録が送られる。全員が同じ時間に接続できるわけではない。それでも、誰が何を決めたかは残せる。
「拠点警戒レベルが二へ上がりました」
ルークは施設図を壁へ貼った。
「今すぐ攻撃されるという意味ではありません。ただし、第三七号と新城さんを探している相手がいます」
「八洲も?」
ミナトが聞く。腕の固定は残っているが、顔色は良くなっていた。
「八洲を名乗る相手です。認証が完全ではありません」
「俺たち、八洲所属だろ」
「だからこそ、本物か確認します」
真壁が引き継ぐ。
「所属章を見せれば味方、という状況ではない。外から来た者は、全員確認する。俺も例外ではない」
「何をすればいい」
浜田が聞いた。彼はすでに答えを半分知っている顔だった。
「役割を分けます」
ルークは人員表を開く。
《拠点防衛準備》
《外周警戒》
《入口防御》
《内部警戒》
《負傷者退避》
《物資分散》
《通信確認》
《電力維持》
《避難経路確認》
敵を撃つ役割だけではない。灯りが消えれば、発電機を守る者が要る。入口を破られれば、負傷者と子供を移す者が要る。通信が切れれば、誰がどこにいるか確認する者が要る。物資を一か所へ集めれば、そこを失った時に全部なくなる。
「浜田さんを入口防御の責任者。動けるプレイヤー二人を交代で付けます」
「了解」
「古賀さんは外周確認。単独では出ません。警戒担当のプレイヤー一名と組んでください」
「了解」
「葛西さんは、内側から閉鎖できる区画と、予備の電源経路を確認」
「休ませる気がないな」
「確認後は休んでください」
「それならいい」
「真由さんは医務室と退避の準備。セトは矢吹さんと負傷者の移動補助」
セトが自分の足首を見る。
「俺が運ぶ側?」
「歩ける範囲で、移動順と必要な物を決めてください。実際に担ぐのは別の人へ頼む」
「ならできる」
「ミナトは物資記録。離脱までに、誰が見ても分かる一覧へしてください」
ミナトは少し驚いた後、頷いた。
「引き継ぎまでが担当ってことか」
「そうだ」
「了解」
「カイトは新城さんと通信記録の確認。ただし、外部へ返信する時は俺か真壁班長を呼ぶ」
「監視役?」
「若い端末担当」
「言い換えただけだろ」
「嫌なら物資を数えるか」
「通信でお願いします」
残る仕事は、ルーク自身だった。
「管理責任者は」
真壁が聞く。
「全体の進行確認と、照会元の検証」
「休憩時間も書け」
「必要ですか」
「必要だ」
人員表へ追加する。
《ROOK》
《主担当:全体調整》
《強制休息:四時間以内に一回》
カイトが笑う。
「システムに残ったぞ」
「誰が入力した」
「俺」
「権限は」
「共同承認者」
削除しようとすると、真壁の承認が追加された。
《二名承認済み》
「管理者権限でも消せないのか」
「良いシステムだな」
真壁が言った。人員配置が確定する。
《拠点防衛準備:開始》
《役割未配置:0》
《単独作業:0》
《負傷者を含む防衛計画:注意》
《推定準備完了時間:2時間14分》
配置しただけで、敵が弱くなるわけではない。それでも、誰かが何とかする状態から、誰が何をするか分かる状態には変わった




