第七話 水の道(5)
『VRMMO -関東封鎖戦域-』
第七話 水の道(5)
第三七号の鋼鉄扉が開いた時、最初に聞こえたのは水音だった。入口室の奥。生活区画へ続く配管から、長く途切れていた流れの音がする。浜田とセトが新城の担架を受け取る。真由が負傷状態を確認し、医務室へ運ぶ。
「五人」
真壁が言った。
「四人で出たはずだ」
「技術者を一人保護しました」
「全員、生きているな」
「はい」
「なら後で報告を聞く」
葛西は休む前に、受水槽の状態を確認しに行った。ルークが止めようとすると、振り返らずに言う。
「水が出たか自分で見るまで、寝られるか」
「十分だけです」
「誰に言ってる」
「住民へです」
葛西は文句を言いながらも、古賀と一緒に向かった。生活区画では、結衣が蛇口の前にいた。透明な容器へ、水が細く流れている。最初の濁りは抜けたが、飲用可能の表示はまだ出ていない。結衣は手を伸ばさず、真由から言われた通りに待っていた。
「飲んでいい?」
「まだだ」
ルークが答える。
「出てるのに?」
「安全か確認してから」
「いつ?」
「高瀬さんと葛西さんがいいと言ったら」
結衣は蛇口を見る。
「水って、出たら飲めるんじゃないんだ」
「出すまでにも、飲めるようにするまでにも、人がいる」
「いっぱい?」
「思っていたより多かった」
結衣は少し考える。
「じゃあ、お水にも帰る道があるんだね」
ルークは答えず、流れる音を聞いた。南部排水ポンプ管理棟。二基のポンプ。南環住宅。第三七号。目に見えない管の中を、水が通っている。一本の道を、複数の場所が共有している。誰かが閉じれば、別の誰かが渇く。誰かが直せば、会ったことのない人間まで助かる。管理室へ戻ると、新城の住民候補情報が表示されていた。
《新城透》
《年齢:39》
《職歴:都市基盤・災害通信技術者》
《給排水管理:高》
《通信設備:特高》
《都市インフラ調査:特高》
《施設復旧計画:高》
《状態:負傷/重度疲労》
《参加希望:保留》
《所持情報:要確認》
最後の項目だけ、赤い枠で囲まれている。ルークが詳細を開こうとすると、管理端末が警告を出した。
《暗号化された行政記録媒体を検出》
《権限不足》
《外部からの照会要求:3件》
「外部?」
カイトが画面を覗く。
「もう誰か探してるってことか」
「新城さんが接続したのは、まだ施設内だけです」
「じゃあ何で分かる」
答えは表示されない。代わりに、戦域情報網へ一件の通信が届いた。
《送信者:スズメ》
《水、戻ったね》
《南環の人たちまで止めなかったのは正解》
ルークは入力する。
《新城透を知っているか》
返信まで、少し間があった。
《知ってる》
《その人を探している人も知ってる》
《誰だ》
《一つじゃない》
続けて、新しい警告が表示された。
《第三七号の脅威評価が更新されました》
《理由:重要情報保有者の滞在》
《拠点警戒レベル:1 → 2》
食料を集めた。水を戻した。住民を助けた。そのたびに、第三七号は安全になると思っていた。実際には違う。持っているものが増えれば、奪いに来る理由も増える。水の道は、第三七号へ命を運んだ。同時に、第三七号の存在を外へつなげた。ルークは人員表を開く。
《現在人員:15》
十四人から、一人増えている。新城はまだ住民登録をしていない。それでもシステムは、すでに彼を第三七号で守るべき人数へ含めていた。
「浜田さんへ連絡」
ルークが言う。
「入口警戒を一段階上げます。古賀さんが戻ったら、外周確認。カイトは休憩後に通信記録の整理」
「また休まないつもりか」
カイトが聞く。
「報告をまとめたら休む」
「その言葉、信用ないぞ」
ルークは管理端末の時刻を見る。
「一時間後に、まだここにいたら声を掛けてくれ」
「一時間も働くのかよ」
「三十分」
「二十分」
「真壁班長の真似か」
「効果があるからな」
「二十五分」
「分かった」
カイトは満足そうに頷いた。生活区画から、真由の声が聞こえる。
「飲用確認が取れました!」
続いて、小さな歓声。結衣の声が一番よく聞こえた。ルークは管理端末へ、最後の記録を入力する。
《タスク:水の道》
《完了》
《帰還人数:5》
《新規保護対象:1》
《施設間協定:1》
《第三七号飲料水:推定71時間分》
数字は伸びた。脅威も上がった。第三七号では、ようやく水を飲める。その扉の外では、まだ名前も知らない誰かが、新城透を探し始めていた




