第七話 水の道(4)
『VRMMO -関東封鎖戦域-』
第七話 水の道(4)
「予備制御盤はどこだ」
新城が壁際の金属箱を指す。葛西が蓋を開ける。内部を見た瞬間、顔をしかめた。
「端子が一つ焼けてる」
「予備線がある」
「長さが足りん」
「三号盤から取れる」
「三号を殺すことになる」
「今は動かない」
「将来直す時に困る」
「今日水が出なければ、将来まで人が残らない」
二人の技術者が、初めて同じ目線で話していた。ルークには、どちらが正しいか判断できない。
「三号を使わない方法は」
葛西が工具袋を探る。
「線材があれば」
秋庭が聞く。
「どんなものだ」
新城が太さと長さを示す。秋庭側の高齢男性が口を開いた。
「屋上の無線機を外せば、似た線がある」
「無線が使えなくなる」
「もともと受信しかできん」
「南環住宅との連絡は」
「人を走らせてる」
短い相談の末、無線機の一部を外すことになった。第三七号のためではない。南環住宅を含む、全系統の水を維持するために。部品が制御室へ運ばれる。葛西と新城が接続方法を確認する。ルークは作業そのものへ口を出さなかった。代わりに、人を配置した。本庄は一号ポンプの監視。古賀は地下点検廊の入口警戒。秋庭とカイトは貯水槽側で格子の再閉塞を確認。自警班の一人は北側弁の前。もう一人は門の警戒。誰がどこにいるかを紙へ書く。
空白の役割がないかを見る。
「二号、試験起動するぞ」
葛西が言った。新城が監視盤の前へ身体を起こす。
「待ってください」
ルークは通信を開いた。
「全員、二号ポンプ試験起動。配置確認」
『貯水槽側、二名』
カイト。
『地下入口、異常なし』
古賀。
「北側弁、閉鎖確認」
自警班の男が答える。
「門、異常なし」
「一号、安定」
本庄。全員の返事が揃う。
「起動してください」
葛西が切替器を操作する。何も起きない。数秒後、制御箱の奥で小さな音がした。続いて、建物全体へ低い振動が伝わる。二号ポンプの表示が黄色へ変わる。
《起動準備》
《吸水確認》
《予備制御接続》
黄色が、緑へ変わった。
《二号ポンプ:稼働》
カイトの声が通信から飛び込む。
『水位、上がってる! 流れも安定!』
秋庭側の人々が声を上げる。だが新城は、まだ監視盤から目を離さない。
「南側圧力」
本庄が数値を読む。
「維持しています」
「北側を三十パーセント」
ルークが言う。北側弁にいる男が、手動ハンドルへ手を掛ける。
「開けるぞ!」
「三十で止めてください」
ハンドルが回る。長く止まっていた管へ、水が入る。監視盤の線が揺れた。南側圧力が、一度下がる。本庄が息を呑む。二号ポンプの回転が上がり、数値が戻った。
「北側、三十パーセント」
弁の男が報告する。
「第三七号側の圧が出ています」
新城が言った。
「ただし、途中漏水はここから分からない」
ルークは第三七号へ通信を送る。
《第三七号、応答願う》
数秒。浜田の声が戻る。
『こちら第三七号』
「給水管を三十パーセントで開放。施設内の漏水と受水槽を確認してください」
『了解。葛西がいないから時間がかかる』
「高瀬さんとセトに施設図を見せてください。無理に弁を開けない」
『分かった』
待つ。一分。二分。監視盤の北側流量は、安定しない。管の中の空気が抜けているのか。どこかで漏れているのか。判断できない。ルークは通信機を握ったまま、第三七号からの返事を待つ。ようやく浜田の声が返った。
『受水槽へ流入確認』
制御室の緊張が緩む。
『最初は濁りあり。現在は改善中。施設内の大きな漏水は見つからない』
「飲用判定が出るまで使わないでください」
『高瀬さんが同じことを言ってる』
「了解」
新城が監視盤を見る。
「北側を五十まで上げられる」
「南側への影響は」
「今の二基なら維持できる」
本庄が秋庭へ通信する。南環住宅側の給水口も、水量が戻り始めたと返事があった。北側弁を五十パーセントへ。第三七号への流量が増える。管理端末から、タスク更新が届いた。
《タスク:水の道》
《南部排水ポンプ管理棟:機能回復》
《第三七号への給水:再開》
《周辺施設への供給阻害:なし》
《主目標達成》
《追加評価》
《共同設備の維持》
《他拠点との供給調整》
《技術者の救助》
最後の一行を見て、ルークは新城を見る。
「救助?」
新城が聞く。
「タスク上、そう表示されています」
「俺はまだ、ここを離れるとは言っていない」
「歩けません」
「ここには設備がある」
「ここには寝床と医療品が足りない」
本庄が言った。
「新城さん。第三七号へ行って」
「俺がいなくなれば」
「判断基準は教わった。葛西さんもいる。通信がつながれば相談できる」
「二号がまた止まったら」
「その時は呼ぶ。でも今ここに残ったら、本当に死ぬ」
新城は返事をしない。葛西が工具を片付けながら言った。
「お前がいなくても今日の設備は回る」
「今日だけです」
「今日を回せない奴に、明日は来ない」
新城が葛西を見る。
「第三七号には、通信設備があるんですか」
「閉域有線が生きてる」
「どの系統です」
「旧国民保護施設網」
新城の表情が変わった。
「本当に?」
「嘘をつく理由がない」
新城は作業服の胸へ手を入れ、小さな防水ケースを取り出した。中には、指先ほどの記憶媒体が入っている。古い規格に見えるが、ケースには行政用の識別番号が刻まれていた。
「それは」
ルークが聞く。
「関東南部の災害通信網と、非常用インフラの接続記録です」
「なぜ持っている」
「仕事だったからです」
新城の返事は短い。
「この管理棟だけじゃない。生きている有線網、閉鎖された避難施設、非常電源、貯水設備。復旧できる場所を調べていた」
「誰の依頼で」
新城は、すぐには答えなかった。
「依頼主は、もう連絡がつかない」
「その情報を狙う人間はいますか」
新城は防水ケースを握る。
「います」
秋庭が眉を寄せる。
「初めて聞いたぞ」
「言えば、南環住宅まで巻き込む」
「もう巻き込まれてる」
「だから離れる」
新城はルークを見る。
「第三七号の有線網を確認したい。設備情報を読み出せる可能性がある」
「条件があります」
「何です」
「住民と施設を危険にする情報なら、内容を共有してください。勝手な通信と持ち出しは認めません」
「信用していない?」
「会ったばかりです」
新城は少しだけ笑った。
「正直ですね」
「お互いに」
秋庭たちは、負傷した新城を第三七号へ移すことに同意した。代わりに、第三七号と南環住宅は給水設備の状態を共有する。北側弁と南側弁を一方だけで変更しない。異常があれば閉域通信で連絡する。正式な契約画面が、管理端末へ表示された。
《施設間協定:仮登録》
《第三七号―南環住宅》
《対象:南部排水ポンプ管理棟》
《共同目的:給水維持》
《一方的な供給遮断:禁止》
《設備異常情報:共有》
ルークと秋庭が承認する。ゲーム内の契約は、相手を信用した証明ではない。破った時に、誰が破ったかを残す仕組みだ。それでも、何もない口約束よりは一歩進んだ。新城を折り畳み担架へ乗せる。葛西も疲れている。帰路は、来た時より遅くなる。空の水袋は、使わずに済んだ。カイトが一つを持ち上げる。
「無駄になったな」
「成功です」
「本当に言うんだな、それ」
四人で来た。帰りは五人になる。人数が増えれば、速度は落ちる。守る対象も増える。だが置いて帰る理由にはならなかった




