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第七話 水の道(2)

『VRMMO -関東封鎖戦域-』


第七話 水の道(2)


南部排水ポンプ管理棟までは、配送センターよりさらに南にある。前回使った道路を途中まで進み、倒壊した歩道橋の手前で東へ折れた。葛西の歩幅に合わせているため、速度は遅い。しかし、止まる回数は少なかった。古賀が先頭。中央に葛西とルーク。最後尾はカイト。配送センター付近には、前回より多くの足跡が残っていた。白石たちのものか。正面から来た武装集団のものか。判別できない。


「寄らないのか」


 カイトが配送センターを見る。


「目的が違う」


「燃料、まだ残ってるかもしれない」


「戻りに余裕があれば確認する」


「前も聞いた気がする」


「前も余裕がなかった」


 カイトは倉庫から視線を外した。南へ進むにつれ、地面の傾斜が緩く下がっていく。道路脇には、膝ほどの高さの青い標識が立っていた。


《災害時給水幹線》

《第三系統》


 標識の下へ、白い塗料で矢印が書き足されている。南。新しい塗料だった。


「誰かが道を示している」


 古賀がしゃがむ。


「靴跡も多い。十人以上」


「管理棟へ向かった?」


「行きも帰りもある」


 葛西が標識を見る。


「水を求めて来るのは、うちだけじゃない」


 さらに進むと、路上の消火栓に布が巻かれていた。赤い布。その横に、段ボール片が針金で固定されている。


《水なし》

《南へ》


 二百メートル先の公衆給水口にも、同じ表示があった。誰かが、給水口を一つずつ確認している。そして、使えない場所を後から来る者へ知らせている。


「親切な人もいるんだな」


 カイトが言う。


「罠かもしれない」


 古賀が返す。


「どっちだよ」


「両方考える」


 ルークは段ボールの裏を見る。何も書かれていない。赤い布は、同じ幅に切られている。即席だが、誰かが決めた規則で設置されている。個人ではなく、集団の仕事かもしれない。管理棟へ近づくほど、足跡は増えた。空の容器。壊れた台車。乾いた泥に残る、膝をついた跡。水を運ぼうとして、途中で諦めた人間がいる。南部排水ポンプ管理棟は、低いコンクリート壁に囲まれていた。三階建ての事務棟。その背後に、巨大な円筒形の貯水設備が二基。


 正門は閉じている。門の前には、空のポリタンクが十数個並べられていた。人はいない。


「待っている列だけ残ったみたいだな」


 カイトが声を落とす。正門の操作盤は消えている。門には、新しい鎖と南京錠。内側から閉められていた。


「人がいる」


 古賀が事務棟二階の窓を示す。カーテンが、わずかに動いた。風ではない。ルークたちは門の正面から離れ、コンクリート壁へ身を寄せた。


「呼び掛けます」


「撃たれるぞ」


 葛西が言う。


「黙って入れば、もっと撃たれます」


 ルークは銃を背へ回し、両手が見える位置まで門へ近づいた。


「八洲共同警備機構!」


 声を上げる。


「第三七号の給水停止を確認しに来た! 設備技術者が同行している!」


 返事はない


 二階のカーテンも動かない。


「水を奪いに来たわけではない! 話がしたい!」


 数秒。事務棟の屋上から声が返った。


「武器を置け!」


 若い男の声。


「全員、見えるところへ出ろ!」


 古賀が小さく首を振る。従えば、完全に無防備になる。


「武器は下げる! 置かない!」


 ルークが答える。


「こちらは四人! 一人は六十八歳の設備技術者だ!」


「証明できるか!」


 葛西が前へ出た。


「南側の二号貯水槽は、平成四十九年の改修で逆止弁を交換した! 制御室へ入る通路は一階じゃなく、沈砂池側の点検廊だ! 分かったら、くだらん問答をやめろ!」


 屋上が静かになる。カイトが囁く。


「証明の仕方、強いな」


「黙ってろ」


 やがて、屋上から別の声がした。


「第三七号と言ったな!」


「そうだ!」


「そっちの水は、今は止めてある!」


「理由を聞きたい!」


「そっちへ回す水がない!」


 葛西の顔が変わる。


「ポンプが動いてないのか!」


「一基しか動かない! 北の管を開けたら南部住宅の圧が落ちる!」


 第三七号への管路は、北側系統に分類される。止められたのは故障ではない。誰かが選んで閉めた。


「中へ入れてくれ!」


 葛西が叫ぶ。


「二基目を見れば分かる!」


「昨日、同じことを言った奴が制御盤を壊した!」


「そいつは技術者じゃない!」


「見分けがつくか!」


 返す言葉がなかった。正門の向こうで、複数人が動く音がする。銃を持っている者もいる。だが、統制された兵士の動きではない。住民が水を守るために、武器を持っている。ルークは門の外に並ぶ空容器を見る。


「あなたたちの人数は」


「関係ない!」


「必要な水量を計算するために必要だ!」


 屋上の男が黙る。


「第三七号は十四人! 現在の飲料水は十四時間分! そちらの供給を止めてまで開けるつもりはない!」


「じゃあ帰れ!」


「二基目を直せれば、両方へ送れるかもしれない!」


「直らなかったら?」


「何も変えずに帰る!」


 ルークは一呼吸置いた。


「ただし、設備を見せてほしい。判断するのは、それからだ」


 屋上では、低い声で相談が始まった。すぐには答えが出ない。当然だった。見知らぬ武装した四人を、水の心臓部へ入れるかどうか。失敗すれば、住民全員の水が止まる。ルークでも、簡単には決められない。


 その時


 事務棟の一階で、何かが倒れる音がした。続いて、短い警報。


《低水位警報》


 壊れた屋外スピーカーから、機械音声が流れる。屋上の男が振り返った。


「何だ!」


 別の声が叫ぶ。


「二号槽の水位が落ちてる!」


「一号ポンプを止めろ!」


「止めたら住宅側も断水する!」


 葛西が門へ近づいた。


「吸水側が詰まってる! 無理に回せば一号も焼けるぞ!」


「分かるのか!」


「音を聞けばな!」


 ルークには、警報音以外は聞き分けられない。葛西は違った。地面へ伝わる振動へ手を当てている。


「止めろ! 今なら再始動できる!」


 屋上の男が叫ぶ。


「門を開けろ!」


 鎖が外される。門が、人一人通れる幅だけ開いた。


「武器は背負え! 変な動きをしたら撃つ!」


「了解!」


 四人が中へ入る。門の内側には、七人いた。若い男が三人。中年の女性が二人。高齢の男性。そして、右脚を引きずる少年。武器を持っているのは三人だけ。屋上から指示していた男は、二十代後半に見えた。


「南環住宅の自警班だ。俺は秋庭」


「ROOK。第三七号の管理責任者です」


「管理責任者?」


 秋庭の目が、ルークの装備から年齢の出る顔へ動く。


「今は説明している時間がない」


 葛西が遮った。


「制御室へ案内しろ」


 秋庭が先に走る。ルークたちは事務棟へ入った。廊下には、水を求めて来た人々の痕跡が残っている。濡れた衣服。空の容器。手書きの順番表。壁には大きく、次の給水予定が書かれていた。


《南環住宅 18時》

《第二中学校 停止中》

《北西避難所 連絡なし》

《第三七号 閉鎖》


 第三七号の名前には、赤い線が引かれていた


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