第六話 十四人分(3)
『VRMMO -関東封鎖戦域-』
第六話 十四人分(3)
搬送車は、空の時よりはるかにうるさかった。小さな段差を越えるたび、箱と金属枠が鳴る。古賀とカイトが左右から支え、ルークが後方を確認する。倉庫を出て百メートル。まだ追手は見えない。二百メートル。遠くで発砲音。白石たちが撃ったのか、侵入者が撃ったのかは分からない。
「走る?」
カイトが聞く。
「走らない」
「追いつかれるぞ」
「この荷物で走れば転ぶ」
路地へ入り、建物の陰を進む。行きに避けた交差点には戻らない。別の道を選ぶ。距離は増える。だが、搬送車を押せる幅がある。出撃前に決めた経路は、状況が変われば捨てる。地図は命令ではない。三人が住宅地の端へ着いた時、搬送車の右輪が傾いた。
「止めろ」
古賀がしゃがむ。軸の留め具が緩んでいる。葛西から借りたレンチを使う。すぐには直らない。金属が歪んでいた。
「どれくらい持つ」
「平地で五百メートル。段差を踏めば終わる」
第三七号までは、まだ七百メートル以上。荷物を減らせば、車輪への負担は下がる。食料箱三つ。燃料缶一つ。
「燃料を置く?」
カイトが聞く。
「一度降ろす」
ルークは燃料缶を搬送車から外した。その場へ置くのではない。自分の背嚢から予備装備を出す。弾薬の一部。使っていない照明具。工具ではない金属部品。
「何してる」
「重量を入れ替える」
「弾を捨てるのか」
「戦闘を続ける量は残す」
「敵が来たら」
「食料を持って逃げる」
カイトは何か言いかけ、黙った。三人の背嚢へ荷物を分散する。燃料缶は古賀とカイトが交代で持つ。ルークは脇腹を考慮し、最も軽い荷物にした。均等ではない。運べる者が、多く持つ。それが公平かどうかではなく、全員で帰れるかどうかだった。再び動き出す。搬送車の車輪は、曲がったまま回った。背後で、かすかな金属音がした。誰かが空き缶を踏んだ音。三人が止まる。後方の路地。人影は見えない。風ではない。
「追われてる」
カイトが言う。
「確認できない」
「でも、いる」
「いるものとして進む」
ルークはPTIDで第三七号までの経路を見る。最短は公園正面。しかし、拠点へ追手を直接案内することになる。排水路へ戻る。水の中では搬送車を使えない。
「搬送車を畳む」
「箱は?」
「背負う」
「三箱あるぞ」
「中身を分ける」
食料箱を開け、個包装を三人の背嚢と布袋へ移す。箱そのものは置いていく。自治体の印が入った樹脂箱。持ち帰れば保管に使える。だが今は、中身の方が重要だった。燃料缶。
食料
折り畳んだ搬送車。背中と両手が埋まる。銃はすぐ使える位置にあるが、撃ち合いながら運べる状態ではない。
「本当に行ける?」
カイトが聞く。
「無理なら、燃料を隠して食料だけ持つ」
「今じゃないのか」
「まだ全員歩ける」
排水路へ下りる。泥に足を取られる。背嚢が重い。搬送車の金属枠が古賀の肩で鳴る。速くは進めない。それでも止まらない。五十メートル。百メートル。後方から、足音は聞こえなかった。追手が諦めたのか。そもそも追手ではなかったのか。確認するために戻る理由はない。カイトの呼吸が荒くなる。
「ルーク」
「何だ」
「甘いの、見つけたぞ」
何の話かと思った。カイトは自分の背嚢を叩いた。
「糖分入りのやつ。結衣ちゃんの分」
「全員へ配る物だ」
「分かってる。その中の一個くらいは子供優先でもいいだろ」
「医務室で確認してからだ」
「はいはい」
声には、まだ余裕があった。それなら歩ける。第三七号へ近づく前に、三人は一度停止した。遠回りして公園の反対側へ出る。周囲を確認する。追跡の気配はない。ルークが短い認証信号を送る。すぐに浜田から返答が来た。
《識別確認》
《接近を許可》
《人数は》
《3》
《負傷者は》
《なし》
《荷物あり》
《了解》
鋼鉄扉が、人一人分だけ開いた。三人が順番に入る。
食料
燃料
搬送車。最後に古賀が入り、扉が閉じた。
「人数」
真壁が入口室の向こうから聞く。
「三人。全員帰還」
ルークが答える。それを聞いてから、施設内の空気が少しだけ緩んだ。持ち帰った物資は、管理室へ運ばなかった。まず入口室で外装を確認する。汚れ。破れ。液漏れ。不審な付着物。問題のある包装は分ける。安全が確認できた物だけを、厨房脇の保管庫へ移す。高瀬真由が椅子へ座ったまま、個数を記録する。ミナトが管理端末へ入力する。葛西は燃料缶の状態を確認し、発電機へそのまま入れず保管場所を決める。外へ出た三人だけで終わる仕事ではなかった。
持ち帰った後に、使える状態へする者がいる。数える者がいる。配る者がいる。守る者がいる。全員の作業が終わり、管理端末の表示が更新された。
《安全な食料:推定31時間分》
《安全な飲料水:推定15時間分》
《発電設備継続稼働:推定42時間》
《タスク:十四人分》
《主目標達成》
《報酬》
《居住区保管棚・簡易設計図》
《周辺取引情報》
《食料配分効率補助》
カイトが画面を見る。
「三十一時間」
「一日と七時間だ」
セトが言う。
「一日分の仕事で、一日分しか増えてない」
「一日分増えた」
ルークは答える。
「次の一日を考える時間ができた」
「前向きなのか後ろ向きなのか分からないな」
「物流は、止まらなければ勝ちだ」
高瀬真由が、確認済みの個包装を一つ持ってきた。小さな甘味付きの栄養食品。
「子供と、低血糖の危険がある負傷者へ優先できます」
「結衣さんへ一つ」
ルークが言う。
「残りは医務室で管理してください」
カイトが得意そうな顔をする。
「ほらな」
「君の戦果ではない」
「持って帰った」
「全員でだ」
結衣は包装を両手で受け取った。
「甘い?」
「多分な」
「食べていい?」
真由が頷くまで、結衣は開けなかった。一口食べる。しばらく噛む。
「甘い」
それだけ言って、少し笑った。管理室へ、新しい通知が届く。
《戦域情報網:新規連絡》
《送信者:SHIRAISHI》
《燃料一缶を預かった》
《次に来る時は先に連絡しろ》
《正面から来た連中は、こちらを追わなかった》
敵ではない時間が、もう少し延びた。ルークは短く返信する。
《了解》
《食料の状態に問題があれば共有する》
送信。続いて、別の通信窓が開いた。
《送信者:スズメ》
《十四人分、集まった?》
ルークの手が止まる。まだ、達成報告は送っていない。
《集まった》
《よかった》
《配送センターで会った二人は、撃たなかったんだね》
管理室の空気が変わる。カイトが画面を覗き込む。
「何で知ってるんだ」
ルークは入力する。
《どこから見ていた》
返信は来ない。代わりに、新しいタスクだけが表示された。
《タスク名:水の道》
《目的:南部排水ポンプ管理棟を調査する》
《補足:第三七号の水は、そこから来ている》
葛西が画面を見た。
「誰からだ」
「スズメです」
「その名前は知らん」
「こちらのことは、よく知っているようです」
第三七号の食料は、三十一時間分。水は、十五時間分。ひとつの数字を延ばせば、別の数字が短く見える。休む時間はできた。安心する時間ではない。ルークは紙地図へ、新しい線を引いた。第三七号から、南部排水ポンプ管理棟へ。今度の線は、食料ではなく水につながっていた




