第五話 最初の住民(4)
『VRMMO -関東封鎖戦域-』
第五話 最初の住民(4)
募集開始から四十分後
管理端末へ一件の通知が届いた。
《参加希望者を確認》
《大城航平 男性 四十四歳》
《現在地:北西臨時避難所》
《職歴:物流倉庫管理/夜間警備》
《技能傾向:在庫管理/巡回警戒/荷役》
《健康状態:注意》
《同行者:なし》
《希望条件》
《安全な寝床》
《一日二回以上の食事》
《避難所に残された知人二名の安否確認》
管理室にいた全員が、食料残量を見る。
《推定6時間分》
「一日二回」
カイトが呟いた。
「今の俺たちより食う気だ」
「当然の条件だ」
真壁が言う。
「働かせるなら食わせろ」
「参加希望って、無料の仲間じゃないんだな」
「人間を何だと思っていた」
「NPC」
「同じだ」
カイトは返す言葉を失った。ルークは大城の参加希望を保留にした。断るのではない。今の第三七号では、約束できない。
《回答期限:23時間42分》
それまでに食料を確保し、北西臨時避難所へ行く手段を考える必要がある。しかも、知人二名の安否確認が条件に含まれている。一人を補充するために、三人分の問題が増えた。
「人が増えると、仕事も増える」
セトが言った。
「仕事をする人も増える」
ルークは返した。
「先に増えるのは、どっちだ?」
「仕事だ」
「だよな」
第三七号へ来た三人の保護申請も、まだ正式には処理していなかった。管理端末には選択肢が並んでいる。
《一時保護》
《居住許可》
《作業協力契約》
《他施設への移送》
《保護拒否》
葛西、高瀬真由、高瀬結衣。三人を一時的に休ませるだけなら、《一時保護》でいい。物資が不足したまま、いつまで置けるかは分からない。別の施設へ送る選択もある。だが、その別の施設が安全だという保証はない。
「葛西さん」
ルークは本人を管理室へ呼んだ。
「三人の今後について聞かせてください」
「追い出す相談か」
「選択肢の確認です」
葛西は端末を見た。
「娘さんと子供は休ませろ。俺は働く」
「葛西さんだけ働けば、二人も住めるという契約にはしません」
「なぜだ」
「それでは、あなたが倒れた瞬間に二人を追い出すことになる」
葛西の目が細くなる。
「では、どうする」
「三人とも住民として受け入れます。その上で、働ける人に役割を相談する」
「食わせる物がないぞ」
「確保します」
「寝床もない」
「直します」
「言うのは簡単だ」
「分かっています」
葛西はしばらくルークを見た。
「ここへ来る前、別の避難所で同じことを言った男がいた」
「どうなりました」
「食料を探しに出て、戻らなかった」
「俺も戻らないかもしれません」
管理室が静かになる。
「だから、一人で行くつもりはありません。俺が戻らなくても、第三七号が続くように役割を分けます」
葛西は、そこで初めてルークを管理責任者として見たようだった。
「四十七か」
「なぜ分かる」
「若い奴は、自分が戻らない話を先にしない」
「ゲーム内の外見は、もう少し若いはずですが」
「歩き方が四十代だ」
カイトが吹き出した。
「分かるんだ、それ」
「膝を庇ってる」
「ルーク、バレてるぞ」
「笑うところではない」
葛西は端末へ視線を戻した。
「住民登録をしてくれ。働ける範囲で働く。娘さんは食料の管理と炊事ができる。前の避難所でもやっていた。子供は働かせるな」
「当然です」
ルークは三人へ《居住許可》を選択した。
《葛西正信:居住許可》
《高瀬真由:居住許可》
《高瀬結衣:居住許可》
《第三七号・居住者数:14》
続いて、能力情報が公開される。
《葛西正信》
《設備保全:高》
《電気設備:中》
《給排水設備:高》
《拠点建設補助:高》
《高瀬真由》
《炊事:中》
《物資配分:中》
《児童保護:高》
《対人交渉:中》
《高瀬結衣》
《保護対象》
《作業割り当て不可》
数字ではなく、段階表示だった。葛西の技能は、第三七号が今まさに必要としているものばかりだった。偶然にしては都合がいい。あるいは、灯りを維持した拠点へ、必要な人間が流れ着くように世界が動いているのか。プレイヤーが抜ければ、似た役割を担えるNPCが参加を希望する。施設を直せば、住民が来る。住民が来れば、さらに物資が必要になる。拠点の成長は、報酬ではない。責任が増える仕組みだった。管理端末に、新しいタスクが表示される。
《タスク名:十四人分》
《主目標:第三七号の食料を二十四時間分確保する》
《追加目標:南部排水ポンプ管理棟を調査する》
《任意目標:大城航平の参加条件を満たす》
《警告:保護対象を伴うため、長時間の施設無人化は推奨されません》
「最初の住民を入れたら、最初の仕事が食料集めか」
カイトが言った。
「順番としては正しい」
高瀬真由が、医務室の入口からこちらを見ていた。片脚を固定され、壁へ手をついている。
「私も、できることをします」
「まず休んでください」
「休んだ後です」
その後ろから、結衣が顔を出した。毛布を肩へ掛け、両手で温かい水のカップを持っている。唇の青さは、少しだけ消えていた。
「ここ、ずっと明るい?」
結衣が聞いた。発電機の音が、床を通して響いている。止まるかもしれない。燃料も部品も足りない。敵が来れば、灯りを消す必要もある。ずっと明るいとは約束できなかった。
「暗くする時はある」
ルークは答えた。
「でも、必要な灯りは消さないようにする」
結衣は少し考え、頷いた。
「じゃあ、ここにいる」
子供の決定に、管理端末の承認表示は必要なかった。第三七号は、ただの避難場所ではなくなった。プレイヤーが攻略のために使う施設でもない。出ていく者がいて。代わりに来ようとする者がいて。自分の拠点を作ろうと考える者がいて。帰る場所として選ぶ住民がいる。ルークは十四人分の食料一覧を開いた。足りないものは多い。その一番上に、赤い文字が表示されている。
《保存食:不足》
「カイト」
「何だ」
「掲示板に、食料が手に入りそうな場所の情報はあったか」
「ある。スーパーへ行って、持ちすぎて動けなくなった報告なら」
「場所は」
「そこまで書いてない」
「役に立たないな」
「掲示板って、そういうもんだろ」
葛西が南部排水ポンプ管理棟の印を指した。
「管理棟の途中に、小さな配送センターがある。災害備蓄を扱っていた」
「残っていると思いますか」
「思わん」
「では、なぜ」
「残っていないか、自分の目で確認できる」
古賀が頷く。
「十分だ」
ルークは新しい紙地図を広げた。第三七号。南部排水ポンプ管理棟。配送センター。北西臨時避難所。行くべき場所が増えていく。それは第三七号が成長している証拠ではない。まだ、増えた責任へ追いつこうとしているだけだ。
「食料回収班を編成します」
ルークが言う。
「同時に、第三七号へ残る人員を決める。全員で出ることはしません」
「今度こそ本編の初出撃か」
カイトが笑った。
「もう本編には入っている」
「拠点から出てないだろ」
「出なくても、人は増えた」
ルークは人員表を見る。十四人。昨日より三人多い。近いうちに一人が抜ける。条件を満たせば、別の一人が来るかもしれない。人数は、ただ増減する数字ではない。それぞれに食料が要る。寝床が要る。役割が要る。そして、帰る場所が要る。第三七号の灯りの下で、最初の住民たちが眠り始める。ルークは地図へ、最初の経路を書き込んだ




