第五話 最初の住民(3)
『VRMMO -関東封鎖戦域-』
第五話 最初の住民(3)
ミナトが話を切り出したのは、その直後だった。
「ルーク。俺、第三七号を抜けたい」
空気が止まる。ミナトは腕を負傷している。その状態で追い出す話ではない。
「理由を聞いてもいいか」
「現実の仲間が三人、本編へ入った。別の管区境界にある学校避難所を拠点にしたらしい」
カイトが掲示板の画面を閉じる。
「合流したいのか」
「ああ。昔から一緒にやってる。今回だけ別々の試験に飛ばされた」
「腕が治るまで、ここにいていい」
「それは助かる。でも治ったら行く」
ミナトの言葉に迷いはなかった。ルークは引き止めなかった。第三七号へ入った時、全員が同じチームになると決めたわけではない。生き残るために、一時的にまとまっただけだ。
「分かった。移動経路と必要物資を確認しよう」
「怒らないのか」
「なぜ怒る」
「管理責任者として、人が減るのは困るだろ」
「困る。だが、それと君が残る理由は別だ」
ミナトは少しだけ目を伏せた。
「……悪い」
「謝る必要はない。ただ、黙って消えるのはやめてくれ。担当している仕事を引き継げなくなる」
「俺の担当?」
ルークは人員表を開く。最終試験後、正式な役職を付けてはいなかった。それでも、行動記録から仮の担当が割り当てられている。
《MINATO》
《主担当:物資記録補助》
《副担当:入口警戒》
《技能傾向:在庫確認/小火器/搬送》
「水筒を集めた後、物資の数を一緒に記録していただろう」
「あれで担当になるのか」
「誰かがやった仕事は、役割として残るらしい」
ミナトは自分の表示を見た。
「じゃあ、抜けたら穴が空く」
「空くな」
「だからって残るつもりはないぞ」
「残れとは言っていない」
ルークはチーム管理画面を開いた。
《所属変更》
《離脱予約》
《長期休止》
《引退処理》
ゲームを辞める者。現実の事情で長く接続できない者。別のチームへ移る者。プレイヤーが欠ける理由はいくつもある。オンラインゲームでは珍しくない。だが、このゲームでは、欠けた瞬間にも拠点の時間が進み続ける。ルークが《離脱予約》を選び、ミナトの予定を登録する。
《MINATO》
《離脱予定:負傷回復および移送準備完了後》
《担当業務の空席が発生します》
《代替人員候補の募集を開始しますか》
「募集?」
カイトが覗き込む。ルークが詳細を開く。
《プレイヤーの引退、長期休止、チーム離脱等により継続業務が失われる場合、周辺NPCのうち該当技能・職務経験を持つ人物へ参加募集が通知されます》
《候補者は自動加入しません》
《居住場所、食料、安全、待遇、信頼関係等により参加を拒否する場合があります》
《候補者の移動および護衛が必要となる場合があります》
「人間の穴を、NPCが埋めに来るのか」
セトが言った。
「完全に同じ能力ではない」
ルークは表示を読む。
《募集職種》
《物資管理補助》
《警戒要員》
《搬送要員》
《検索範囲:第三七号周辺の避難者・協力者ネットワーク》
「ゲームを辞めても、拠点が即死しないための仕組みか」
カイトが言う。
「掲示板にも似た報告あった。料理担当のプレイヤーが引退した翌日に、元給食調理員のNPCから参加希望が来たって」
「先に言え」
「百六十レス全部は覚えてないって」
ルークは募集開始を押した。すぐに誰かが現れるわけではない。条件に合う人物が周囲にいなければ、何も起きない。いたとしても、第三七号へ来たいと思うかは別だ。現在の第三七号には、食料がない。寝床も足りない。敵に狙われている可能性もある。
《募集通知を送信しました》
《候補者からの応答を待っています》
ミナトが小さく笑った。
「俺が抜けるって言った瞬間、代わりを探されるの、ちょっと複雑だな」
「君の代わりじゃない」
ルークは言った。
「君がやっていた仕事を引き継ぐ人だ」
「同じじゃないか」
「人と役割は別だ」
早瀬弓香が残した応急ポーチを思い出す。衛生員という役割は、別の誰かが引き継げる。だが、早瀬本人は戻らない。
「同じ能力を持つ人が来ても、君がいた事実が消えるわけではない」
ミナトは少し黙った。
「……管理職っぽいこと言うな」
「管理職だからな」
「ゲームでまで聞きたくなかった」
それでも、表情は少しだけ軽くなっていた




