第五話 最初の住民(2)
『VRMMO -関東封鎖戦域-』
第五話 最初の住民(2)
『VRMMO -関東封鎖戦域-』
第五話 最初の住民(2)
葛西は、発電機を三分見ただけで眉をしかめた。
「これを十二時間も動かしたのか」
「止められなかった」
古賀が答える。
「よく持ったな」
「俺もそう思う」
葛西は点検板の前へしゃがみ、配管を指でなぞった。
「応急処置は悪くない。ただ、冷却水の逃げが残ってる。振動止めも片方死んでる。今のままなら、二日か三日でまた止まる」
「直せるか」
「部品があれば」
「ない」
「作ればいい」
「材料がない」
「拾えばいい」
古賀と葛西の会話は、短い。結論だけを互いに置いていく。ルークは施設図を表示した。
「周辺で部品を取れそうな場所はありますか」
葛西は画面を見た。
「この地図は古い」
「分かっています」
「古いが、使えないわけじゃない」
南側の住宅地を指す。
「ここに排水ポンプ管理棟がある。小さい建物だ。発電機、工具棚、配管部品、燃料保管庫。災害の後も何度か使った」
「現在の状態は」
「知らん。俺が最後に見た時は、外壁が一部壊れていた」
「人が住める?」
質問したのはミナトだった。管理室の椅子へ座り、腕の固定具を調整している。葛西は少し考えた。
「今すぐは無理だろうな」
「じゃあ拠点にはならないか」
「今すぐは、だ」
葛西は工具箱を軽く持ち上げた。
「扉を直す。雨を止める。水を確保する。発電機を起こす。寝床を運ぶ。通信線を引く。工具と材料と人手が揃えば、建物は拠点になる」
カイトがいたなら、もっと早く食いついただろう。代わりにセトが聞いた。
「第三七号みたいに、システムからも拠点として認められるのか」
「俺はゲームのシステムなんぞ知らん」
葛西は当然のように答えた。
「だが、人が眠れて、水があって、外から守れて、連絡が取れるなら、それを拠点と呼ばない理由があるのか」
管理端末が短い電子音を鳴らした。施設図の南側に、薄い枠が表示される。
《未確認施設情報を取得》
《候補:南部排水ポンプ管理棟》
《独立拠点登録条件》
《安全区画の確保》
《独立電源または継続的電力供給》
《飲料水または浄水手段》
《最低限の収容設備》
《通信手段》
《管理担当者》
《現在の達成状況:不明》
セトが画面を見つめた。
「……作れるんだ」
「最終試験で管理者になれなかったプレイヤーでも、か」
ミナトが言う。ルークは表示を読む。条件の中に、《最終試験の管理者であること》はない。
「設備と物資を用意できれば、誰でも候補にはできるらしい」
「じゃあ、俺たちは一生ルークの部下ってわけじゃないんだな」
セトの言い方に悪意はなかった。確認だった。
「最初から部下にしたつもりはない」
ルークは答える。
「ここに残るか、自分の拠点を作るか、別のチームへ行くかは各自が決めることだ」
真壁が壁へ寄りかかりながら言う。
「自由には責任が付く。壁を持てば、その壁の内側を守る必要がある」
「知ってますよ」
「まだ知らん」
真壁は第三七号の天井を見た。
「俺たちも、昨日知ったばかりだ」
排水ポンプ管理棟は、地図に小さな印だけを残した。今すぐ向かう余裕はない。だが、第三七号以外の選択肢が一つ生まれた。拠点は与えられるものではない。必要なものを集め、直し、守れば、自分たちで作れる。それは希望だった。同時に、第三七号から人が離れていく可能性でもあった。安全ログアウト区画の表示が点灯したのは、昼を少し過ぎた頃だった。
《KITE:接続復帰》
休眠用スペースへ、カイトの姿が輪郭から戻ってくる。目を開いた瞬間、彼は上半身を起こした。
「ルーク!」
声が大きい。入口警戒中の浜田が振り返るほどだった。
「静かにしろ。負傷者が寝ている」
「悪い。でも聞いてくれ。俺たち、やばいぞ」
「敵か」
「違う。掲示板」
緊張が一段だけ下がった。
「現実側で《クロスロード》見てたんだけどさ」
「休むためにログアウトしたんじゃなかったのか」
「三時間寝た。起きて飯食って、ちょっとだけ見た」
「ちょっとだけ?」
「百六十レスくらい」
「それを、ちょっととは言わない」
カイトは聞いていなかった。PTIDを胸から起こし、保存してきた画面を表示する。安全地帯では、公式コミュニティと外部ネットワークの一部へ接続できる。ただし第三七号の回線は細い。画像は荒く、動画は読み込めず、文字情報が中心だった。
「チュートリアル突破者、接続者全体の二割以下らしい」
「非公開の人間は集計外だろう」
「そう。でも、十人以上を生還させた実績が解除率〇・三パーセント」
カイトが画面を滑らせる。
「車列襲撃。EMP。指揮系統断絶。紙地図で防災施設へ移動。命令を受けた時に生きていた十一人が全員帰還」
管理室にいた者たちが黙った。
「それ」
セトが言う。
「俺たちだろ」
「多分な。施設番号も名前も出てないけど、管区実績に一件だけ増えたって」
カイトは嬉しそうというより、困った顔をしていた。
「掲示板じゃ、盛ってるとか、運営の演出だとか言われてる」
「黙っていればいい」
浜田が言う。
「場所まで知られたら敵が増える」
「それは分かってる。俺も書き込んでない」
「本当に?」
「“知り合いが似た試験だった”くらいしか」
「書いたのか」
「場所も人数も書いてない!」
ルークは額へ手を当てた。
「次からは、投稿前に相談してくれ」
「了解……」
カイトは一度しぼんだが、すぐに顔を上げた。
「でもさ、俺たちがレアケースなのは本当だ。普通は試験が終わったら、プレイヤーごとに別の初期拠点候補へ移るらしい。同行したNPC全員と、その場で一つの拠点を立ち上げた例はほとんどない」
「管理者になったプレイヤーの報告ばかりだったな」
ミナトが言った。
「管理者になれなかった側がどうなるか、情報が少ない」
「そう。それで、俺も一瞬、この第三七号に所属し続けるしかないのかと思った」
セトが南部排水ポンプ管理棟の候補表示を指す。
「その答えなら、さっき出た」
カイトが画面を見る。
「何これ」
「工具と材料があれば、自分の拠点を作れるらしい」
葛西が工具箱の留め金を閉じた。
「工具だけで作れるとは言ってない」
「そこ大事?」
「大事だ」
「でも作れるんだな」
「直せる建物があればな」
カイトは笑った。
「じゃあ、最終試験で管理者を取れなかったら負け、ってゲームじゃないんだ」
「管理者になる方が、仕事が増えるだけかもしれない」
ルークが言う。
「それは見れば分かる」
カイトは管理室の紙束と人員表、食料の残量を見回した。
「ルーク、ずっと仕事してるもんな」
「今は休憩中だ」
「立ってるじゃん」
「立って休んでいる」
「黒瀬教官に怒られるぞ」
ルークは椅子へ座った
葛西は、発電機を三分見ただけで眉をしかめた。
「これを十二時間も動かしたのか」
「止められなかった」
古賀が答える。
「よく持ったな」
「俺もそう思う」
葛西は点検板の前へしゃがみ、配管を指でなぞった。
「応急処置は悪くない。ただ、冷却水の逃げが残ってる。振動止めも片方死んでる。今のままなら、二日か三日でまた止まる」
「直せるか」
「部品があれば」
「ない」
「作ればいい」
「材料がない」
「拾えばいい」
古賀と葛西の会話は、短い。結論だけを互いに置いていく。ルークは施設図を表示した。
「周辺で部品を取れそうな場所はありますか」
葛西は画面を見た。
「この地図は古い」
「分かっています」
「古いが、使えないわけじゃない」
南側の住宅地を指す。
「ここに排水ポンプ管理棟がある。小さい建物だ。発電機、工具棚、配管部品、燃料保管庫。災害の後も何度か使った」
「現在の状態は」
「知らん。俺が最後に見た時は、外壁が一部壊れていた」
「人が住める?」
質問したのはミナトだった。管理室の椅子へ座り、腕の固定具を調整している。葛西は少し考えた。
「今すぐは無理だろうな」
「じゃあ拠点にはならないか」
「今すぐは、だ」
葛西は工具箱を軽く持ち上げた。
「扉を直す。雨を止める。水を確保する。発電機を起こす。寝床を運ぶ。通信線を引く。工具と材料と人手が揃えば、建物は拠点になる」
カイトがいたなら、もっと早く食いついただろう。代わりにセトが聞いた。
「第三七号みたいに、システムからも拠点として認められるのか」
「俺はゲームのシステムなんぞ知らん」
葛西は当然のように答えた。
「だが、人が眠れて、水があって、外から守れて、連絡が取れるなら、それを拠点と呼ばない理由があるのか」
管理端末が短い電子音を鳴らした。施設図の南側に、薄い枠が表示される。
《未確認施設情報を取得》
《候補:南部排水ポンプ管理棟》
《独立拠点登録条件》
《安全区画の確保》
《独立電源または継続的電力供給》
《飲料水または浄水手段》
《最低限の収容設備》
《通信手段》
《管理担当者》
《現在の達成状況:不明》
セトが画面を見つめた。
「……作れるんだ」
「最終試験で管理者になれなかったプレイヤーでも、か」
ミナトが言う。ルークは表示を読む。条件の中に、《最終試験の管理者であること》はない。
「設備と物資を用意できれば、誰でも候補にはできるらしい」
「じゃあ、俺たちは一生ルークの部下ってわけじゃないんだな」
セトの言い方に悪意はなかった。確認だった。
「最初から部下にしたつもりはない」
ルークは答える。
「ここに残るか、自分の拠点を作るか、別のチームへ行くかは各自が決めることだ」
真壁が壁へ寄りかかりながら言う。
「自由には責任が付く。壁を持てば、その壁の内側を守る必要がある」
「知ってますよ」
「まだ知らん」
真壁は第三七号の天井を見た。
「俺たちも、昨日知ったばかりだ」
排水ポンプ管理棟は、地図に小さな印だけを残した。今すぐ向かう余裕はない。だが、第三七号以外の選択肢が一つ生まれた。拠点は与えられるものではない。必要なものを集め、直し、守れば、自分たちで作れる。それは希望だった。同時に、第三七号から人が離れていく可能性でもあった。安全ログアウト区画の表示が点灯したのは、昼を少し過ぎた頃だった。
《KITE:接続復帰》
休眠用スペースへ、カイトの姿が輪郭から戻ってくる。目を開いた瞬間、彼は上半身を起こした。
「ルーク!」
声が大きい。入口警戒中の浜田が振り返るほどだった。
「静かにしろ。負傷者が寝ている」
「悪い。でも聞いてくれ。俺たち、やばいぞ」
「敵か」
「違う。掲示板」
緊張が一段だけ下がった。
「現実側で《クロスロード》見てたんだけどさ」
「休むためにログアウトしたんじゃなかったのか」
「三時間寝た。起きて飯食って、ちょっとだけ見た」
「ちょっとだけ?」
「百六十レスくらい」
「それを、ちょっととは言わない」
カイトは聞いていなかった。PTIDを胸から起こし、保存してきた画面を表示する。安全地帯では、公式コミュニティと外部ネットワークの一部へ接続できる。ただし第三七号の回線は細い。画像は荒く、動画は読み込めず、文字情報が中心だった。
「チュートリアル突破者、接続者全体の二割以下らしい」
「非公開の人間は集計外だろう」
「そう。でも、十人以上を生還させた実績が解除率〇・三パーセント」
カイトが画面を滑らせる。
「車列襲撃。EMP。指揮系統断絶。紙地図で防災施設へ移動。命令を受けた時に生きていた十一人が全員帰還」
管理室にいた者たちが黙った。
「それ」
セトが言う。
「俺たちだろ」
「多分な。施設番号も名前も出てないけど、管区実績に一件だけ増えたって」
カイトは嬉しそうというより、困った顔をしていた。
「掲示板じゃ、盛ってるとか、運営の演出だとか言われてる」
「黙っていればいい」
浜田が言う。
「場所まで知られたら敵が増える」
「それは分かってる。俺も書き込んでない」
「本当に?」
「“知り合いが似た試験だった”くらいしか」
「書いたのか」
「場所も人数も書いてない!」
ルークは額へ手を当てた。
「次からは、投稿前に相談してくれ」
「了解……」
カイトは一度しぼんだが、すぐに顔を上げた。
「でもさ、俺たちがレアケースなのは本当だ。普通は試験が終わったら、プレイヤーごとに別の初期拠点候補へ移るらしい。同行したNPC全員と、その場で一つの拠点を立ち上げた例はほとんどない」
「管理者になったプレイヤーの報告ばかりだったな」
ミナトが言った。
「管理者になれなかった側がどうなるか、情報が少ない」
「そう。それで、俺も一瞬、この第三七号に所属し続けるしかないのかと思った」
セトが南部排水ポンプ管理棟の候補表示を指す。
「その答えなら、さっき出た」
カイトが画面を見る。
「何これ」
「工具と材料があれば、自分の拠点を作れるらしい」
葛西が工具箱の留め金を閉じた。
「工具だけで作れるとは言ってない」
「そこ大事?」
「大事だ」
「でも作れるんだな」
「直せる建物があればな」
カイトは笑った。
「じゃあ、最終試験で管理者を取れなかったら負け、ってゲームじゃないんだ」
「管理者になる方が、仕事が増えるだけかもしれない」
ルークが言う。
「それは見れば分かる」
カイトは管理室の紙束と人員表、食料の残量を見回した。
「ルーク、ずっと仕事してるもんな」
「今は休憩中だ」
「立ってるじゃん」
「立って休んでいる」
「黒瀬教官に怒られるぞ」
ルークは椅子へ座った




