第四話 灯りを絶やすな(4)
『VRMMO -関東封鎖戦域-』
第四話 灯りを絶やすな(4)
残り時間は、六時間を切っていた。施設内は静かだった。交代で食事を取り、装備を乾かし、眠れる者は短時間でも眠る。ルークは管理室の椅子へ座り、作業記録をまとめていた。誰がどの装備を持っているか。残った食料。処理できた水の量。発電機の点検時刻。入口警戒の交代表。紙の記録も残す。端末がまた死んでも、最低限の情報を失わないためだ。画面の隅には、施設人員の一覧が表示されている。
《第三七号・暫定滞在者 11名》
名前の横に、簡単な状態と現在の役割が並ぶ。真壁――療養。浜田――入口警戒。古賀――設備保守。矢吹――療養。セト――負傷者観察。カイト――設備巡回。他のプレイヤーたちも、警戒、清掃、物資整理へ割り当てられている。さらに、画面の下部に新しい項目があった。
《人員適性:観察中》
古賀の横には《機械整備》と《警戒》。浜田には《重火器》と《防衛》。矢吹には《車両運用》と《経路把握》。ただし現在は利用不能。能力値そのものは、まだ伏せられている。短時間で人間を数字に変えないためなのか。あるいは、信頼や実績が足りないだけなのか。ルークは項目を閉じた。今は数字がなくても困らない。古賀が機械に強いことも、浜田が入口を守れることも、セトが矢吹の変化へ気づいたことも、すでに見ている。
人を知るために、最初から数値が必要なわけではない。胸のPTIDが震えた。
《スズメから通信要求》
ルークは接続する。
《追加目標、終わったみたいだね》
《こちらの状態が見えているのか》
《全部じゃない》
《第三七号の旧い管理網から、施設状態の一部だけ》
《人員の情報も?》
返事が少し遅れた。
《質問が多い管理人は嫌われるよ》
《答えない協力者も信用されない》
《信用しなくていい》
《仕事をしてくれれば》
真壁の警告と同じだった。相手も、こちらへ信頼を求めていない。必要なのは、条件が一致することだけ。
《報酬の受け取り方法は》
《十二時間の維持が終わったら教える》
《今、敵が施設の外にいる》
《もういないよ》
ルークの指が止まる。
《なぜ分かる》
《質問が多い》
《監視できるなら、敵の移動方向を教えてほしい》
《追加料金》
《何が欲しい》
《まだ決めてない》
通信が切れた。
「感じ悪いな」
いつの間にか、カイトが管理室の入口へ立っていた。
「聞いていたのか」
「文字がでかい」
「発電機は」
「安定。古賀さんが、あと六時間なら大丈夫だろうって」
「なら、交代まで休め」
「ルークは?」
「記録が終わったら休む」
「それ、会社で言うやつだろ」
ルークは顔を上げた。
「篠宮か」
「誰?」
「現実の部下だ。同じことを言う」
「いい部下じゃん」
「仕事を増やすのも得意だ」
カイトは管理室の壁へ背を預ける。
「なあ。安全ログアウト、使えるんだよな」
「ああ」
「俺、明日朝から予定あるんだ。ゲーム内も現実と同じ時間なら、一度落ちたい」
ルークは時計を見る。現実でも、すでに深夜を回っている。宗一も翌日は仕事だった。昔なら、朝まで続けたかもしれない。二十二歳の自分なら、眠気を栄養飲料で押し流し、装備を失っても再出撃した。だが、今は違う。ゲーム内の身体だけでなく、現実の身体も四十七歳だ。
「交代要員を決めてから、順番にログアウトしよう」
「タスク中でも?」
「バンカーに残る人員が維持できればいい。全員が見守る必要はない」
「管理責任者が落ちても?」
ルークは少し考えた。端末には、暫定権限の委任機能がある。真壁は負傷中。古賀は設備。浜田は防衛。プレイヤーの中では、カイトが最も長くルークと行動している。
「先にカイトが休め。三時間後に戻れるなら、その時に交代する」
「戻れなかったら?」
「現実の都合を優先しろ。これはゲームだ」
言葉にしてから、少しだけ違和感が残った。医務室では、NPCたちが眠っている。彼らにとっては、ログアウトできない世界だ。それでも、プレイヤーが現実を捨てる必要はない。その境界を忘れれば、二十年前と同じになる。
「了解、管理責任者」
カイトは安全ログアウト区画へ向かった。数分後、人員一覧から名前が消えることはなかった。
《KITE》
《状態:オフライン》
《拠点内保護:有効》
姿だけが、指定された休眠用スペースから静かに消えている。装備と物資は個人保管庫へ移され、施設の人員枠にはオフラインとして残った。プレイヤーがいなくなっても、第三七号の時間は止まらない。発電機は回り続ける。負傷者は眠る。浜田は入口を警戒し、古賀は機械を点検する。ルークは画面を見つめた。非ログイン中にも、この場所は動く。守る人間を配置しなければ、誰も守ってはくれない




