第四話 灯りを絶やすな(3)
『VRMMO -関東封鎖戦域-』
第四話 灯りを絶やすな(3)
発電機の整備には一時間近くかかった。古賀が冷却系統を確認し、カイトが手動ポンプを動かす。ルークは座ったまま、必要な区画の電力配分を変更した。医務室。管理室。機械室。入口監視。それ以外は遮断。居住区の照明が消える。厨房も暗くなる。通路には、一定間隔で非常灯だけを残した。
《推定負荷:31%》
《推定発電出力:42%》
《冷却系統:注意》
危険から注意へ変わった。発電機の回転も、先ほどより安定している。
「これで十二時間いけるか」
カイトが汗を拭う。
「燃料があれば」
古賀が答えた。
「またそれかよ」
「残量計が壊れているからな」
タンクを叩いた音だけでは、正確な量は分からない。非常用の測定棒は途中で折れていた。ルークは現在の負荷と、古賀が推定した燃料消費を書き出す。
「八時間から十四時間」
「幅が広すぎない?」
「最悪なら八時間。うまくいけば十四時間です」
「タスクは十二時間」
「だから、さらに二割落とします」
「どこを切るんだ」
「管理室の照明」
カイトが顔をしかめる。
「ここまで暗くするのか」
「端末と通信が動けばいい」
照明を落とす。管理室は、端末の画面と小さな卓上灯だけになった。白い光がルークの顔を下から照らす。
《推定負荷:26%》
これでいい。灯りを守るために、灯りを消す。矛盾しているようで、物流では当たり前の判断だ。すべての荷物を同時に運べないなら、必要な順に運ぶ。すべての注文を同時に守れないなら、止めてはいけないものを選ぶ。何かを優先するとは、何かを後へ回すことだ。管理端末に、スズメから連絡が入ったのはその直後だった。
《まだ生きてる?》
カイトが画面を覗き込む。
「軽いな、この人」
「相手に聞こえるぞ」
《音声回線は開いてないよ》
「文字を見られてる!」
カイトが端末から離れた。ルークは返信する。
《発電設備を整備した。医療品と水が不足している》
《施設の貯水槽を確認した?》
《ポンプを見つけた。水質は不明》
《飲む前に処理が必要》
《でも第三七号には簡易浄水設備がある》
《場所は》
《無料で全部教えると思う?》
カイトが顔をしかめた。
「貸しにするんじゃなかったのか」
少し間が空いた。
《冗談》
《厨房の床下》
《旧式だから電動ポンプが死んでいても手動で動かせる》
《フィルターは整備室》
古賀が整備室を確認する。工具棚の最下段から、密封された交換用浄水フィルターが二本見つかった。期限表示はとうに過ぎている。だが、ゲーム内の検査表示では《劣化・使用可能》となっていた。
《なぜ施設の構造を知っている》
ルークが送る。
《現地協力者だから》
《答えになっていない》
《答える契約をしてない》
今度は返事が止まった。真壁の言葉が頭に残る。使える情報は使え。だが、信用するな。
「厨房を確認します」
ルークが立ち上がると、脇腹に痛みが走った。
「座ってろ」
古賀が言った。
「場所は分かった。俺とカイトでやる」
「でも」
「管理責任者が一人で全部やるなと言われただろ」
カイトが笑う。
「聞こえてたのかよ」
「施設内の声は響く」
ルークは二人を見る。任せる。口で言うのは簡単だ。だが、自分が行けば状況を直接見られる。間違いにもすぐ気づける。それでも今は、別の場所にいるべきだった。
「お願いします。飲める状態になるまで、誰にも使わせないでください」
「了解」
二人が管理室を出る。ルークは椅子へ座り直した。少しだけ、負けたような気分になる。任せることを、仕事を手放すことと感じてしまう。
だが、十五分後
厨房側から、カイトの歓声が響いた。
「水が出た!」
ルークは立ち上がりかけ、やめた。報告を待つ。さらに数分後、古賀から通信が入る。
《浄水設備、作動確認。処理後の水質検査は適合。流量は少ないが使用可能》
管理端末へ表示が追加された。
《生活用水設備:仮復旧》
医務室から、セトの声が聞こえる。
「矢吹さんが起きた!」
今度は、ルークも立ち上がった。矢吹はまだ、自力で起き上がれる状態ではなかった。だが、目を開け、質問へ短く答えられるようになっていた。
「ここは……」
「旧国民保護施設第三七号です」
セトが答える。
「覚えてますか。輸送車が襲われて……」
「お前は」
「セト。プレイヤーです」
「そうか」
矢吹は天井を見る。
「車両は」
「置いてきました」
「隊員は」
セトの声が止まる。ルークが代わりに答えた。
「命令を受けた時に生存していた十一人は、全員ここへ到着しました」
早瀬は、その十一人に含まれていない。矢吹も理解したらしい。目を閉じ、小さく息を吐いた。
「……そうか」
PTIDの表示が変わる。
《矢吹和臣》
《状態:注意》
《呼吸状態:安定》
《意識状態:回復傾向》
危険から注意へ。追加目標の表示も更新される。
《安定状態:4/6》
残りは真壁と、腕を負傷したミナト。真壁は出血こそ抑えられているが、痛みと疲労が強い。ミナトは包帯の交換が必要だった。浄水設備が動いたことで、洗浄や飲料へ回せる水が少しずつ増えている。古賀と真壁の基本処置技能、施設端末の医療支援、それから残った応急資材を使い、状態を確認し直す。派手な回復演出はない。一つずつ、悪化する要因を減らしていく。濡れた衣服を替える。身体を冷やさない。少量ずつ水分を取らせる。負傷箇所を再確認する。
休ませる。それだけで時間が過ぎていった。
《安定状態:5/6》
最後まで残ったのは、真壁だった。
「俺は安定している」
本人はそう主張した。PTIDは《危険》のままだ。
「機械より頑固ですね」
ルークが言う。
「機械は命令を聞くのか」
「壊れるまでは」
「なら俺も同じだ」
「壊れてから止まるのでは遅い」
真壁は医務室のベッドへ座り、右手だけで装備を点検していた。
「入口の警戒が足りない」
「浜田さんと、動けるプレイヤー二人が交代しています」
「機械室側は」
「古賀さんが警報用の金属片を仕掛けました」
「発電機は」
「カイトが十五分ごとに確認しています」
「水は」
「一時間あたりの処理量を記録しています」
「負傷者は」
「セトが矢吹さんを見ています」
真壁は黙った。自分がいなくても、役割は回っている。
「班長」
「何だ」
「今は休むのが役割です」
「管理責任者らしくなったな」
「あなたに言われたことを、そのまま返しています」
真壁は鼻で笑った。そして、ようやく装備を床へ置いた。
「二時間だ」
「四時間」
「三時間」
「分かりました」
「交渉を覚えたな」
「会社員なので」
真壁が横になる。数分後、PTIDの表示が変わった。
《真壁仁》
《状態:注意》
《安静状態を確認》
《安定状態:6/6》
《追加目標達成》
誰かを治したというより、ようやく休ませた結果だった




