第四話 灯りを絶やすな(2)
『VRMMO -関東封鎖戦域-』
第四話 灯りを絶やすな(2)
施設の確認結果は、十五分後に集まった。管理室の机へ、回収した紙と備品が並ぶ。古賀が施設図へ印を付けた。
「使える区画は思ったより多い。居住区は十八床。ただし半分は湿気と黴で、そのままでは使えない。厨房は電気が来れば動くが、水が出ない。倉庫は空。機械室の奥に整備室がある」
「水設備は?」
「地下貯水槽がある。残量は不明。電動ポンプは動かない」
「手動では」
「汲み上げ用の非常ポンプがあるはずだ。だが、整備室の鍵がない」
古賀は机へ錆びた名札を置いた。
《施設管理主任 葛西》
「管理室で見つけた。鍵束だけ抜かれてる」
「施設を放棄した時に持ち出したか」
「それならいい。問題は、誰かが後から使った形跡があることだ」
古賀が、もう一つ机へ置く。新しいとは言えない。だが、施設の備品よりは明らかに年代の浅い缶詰の蓋だった。
「入口以外に出入り口がある?」
カイトが聞いた。
「図面上は、機械室奥に資材搬入口がある。外から土砂で埋まっている表示だが、本当に埋まっているかは確認していない」
「誰かいるかもしれないってこと?」
「いたかもしれない、だ」
ルークは施設図を見る。十一人が入った時、内部に人の気配はなかった。だが全区画を確認したわけではない。灰色の区画がまだ残っている。
「浜田さんへ連絡。入口だけでなく、機械室側も警戒対象にしてください」
「伝える」
古賀がPTIDを操作する。ルークは机の上の物資を書き出した。飲料水、約三・八リットル。未開封の携帯食、九食分。開封済みの栄養バー、三本。使用可能な弾薬。応急資材。発光灯。予備電池。工具。十一人分には足りない。しかし、今すぐ全員へ均等に配ることが正しいとも限らない。
「水は負傷者と、機械室で作業する人を優先します」
プレイヤーの一人が顔を上げた。腕を負傷している、ゲーム内名ミナト。
「俺たちは後回し?」
「今すぐ同じ量を配れば、二時間後には全員が空になります」
「喉が渇いてるんだけど」
「一口ずつ飲んでください。残量は記録します」
「細かすぎないか」
「水が出るまでです」
「出なかったら?」
「別の方法を考える」
「それ、答えになってないだろ」
空気が少しだけ尖った。ルークはミナトを責めなかった。誰もが疲れている。濡れた装備のまま、銃撃を受け、暗渠を歩き、ようやく安全らしい場所へ着いた。目の前に水があるなら、好きなだけ飲みたいと思うのは当然だ。
「全員の水筒を集めます」
ルークは言った。
「残量を確認して、誰がどれだけ飲んだかを記録する。隠している水まで取り上げるつもりはありません。ただし、共有しない水は共有物資として数えない。足りなくなった時、その人を優先する理由にも使わない」
「脅しか?」
「選択の条件を揃えています」
ミナトはしばらく黙り、水筒を机へ置いた。
「……半分くらい残ってる」
「助かります」
続いてカイトが置く。古賀。動けるプレイヤーたち。最後に浜田が入口から戻り、ほとんど空の水筒を置いた。
「俺のは飲んだ。機関銃は喉が渇く」
「弾を撃つ人間が渇くんです」
「細かい男だな」
「よく言われます」
全員分を合わせると、五・二リットルあった。最初の申告より一・四リットル増えた。それでも十分ではない。だが、分からないよりはいい。見えない不足が、一番危険だ。機械室の発電機は、さらに調子を崩していた。古賀が側面の点検板を開ける。内部から熱気と油の臭いが流れ出た。
「冷却水が回ってない」
「補充できますか」
「水があればな」
ルークは眉を寄せる。飲む水さえ足りない。それを機械へ入れる余裕はない。
「貯水槽の水は使える?」
「飲めるかは知らんが、冷却には使える可能性がある。だから整備室を開けたい」
整備室の扉は厚い鉄製だった。電子錠は死んでいる。横にある手動鍵穴は、工具で簡単に壊せる形ではない。カイトが扉を蹴る。
「開かないな」
「開く扉を蹴る必要はない」
「じゃあ、どうするんだよ」
ルークは周囲を見る。施設の管理主任が鍵を持ち出した。そう決めつけていた。だが、災害時に使う施設で、一人の鍵束を失えば重要設備へ入れなくなる構造にするだろうか。
「管理室へ戻ります」
「鍵はなかったぞ」
「通常の鍵は」
管理室の壁には、避難経路図と設備操作表が貼られていた。ルークは机の引き出しをもう一度調べる。書類。鉛筆。切れた認証カード。鍵はない。次に机そのものを動かした。
「手伝え」
カイトと二人で、重い金属机を壁から離す。机の裏側に、小さな赤い箱が取り付けられていた。
《非常時設備鍵》
透明な蓋は割れている。中身は――空だった。
「惜しかったな」
カイトが肩を落とす。
「いや」
ルークは箱の内側を見る。鍵の代わりに、細い金属板が差し込まれている。
《鍵不在時:機械室内の手動解放器を使用》
「機械室の中に、整備室を開ける装置がある」
「それを探すのか」
「最初から鍵を壊すよりはいい」
二人は機械室へ戻った。壁、床、配管、制御盤。古賀を加えて探す。五分。十分。発電機がまた大きく咳き込んだ。照明が消えかけ、非常灯へ切り替わる。
《推定発電出力:24%》
《冷却系統:危険》
「時間がない」
古賀が言った。
「あと十分持つかどうかだ」
カイトが制御盤の横へしゃがみ込む。
「なあ、この黄色い輪っかは?」
床すれすれの位置に、塗装が剥げた金属リングがある。古賀が引く。動かない。
「三人で」
ルークたちは並んで手を掛けた。一度目はびくともしない。二度目。リングが少しだけ浮いた。三度目で、床の一部が持ち上がる。中には、長いワイヤーと赤いレバーがあった。
《整備区画 機械解錠》
「これだ!」
カイトがレバーを引く。壁の向こうから、重い金属音がした。整備室の扉が数センチ開く。三人で押し広げる。中には工具棚、交換用フィルター、潤滑油、手動ポンプ。そして、壁へ固定された青いタンクがあった。
《非常用冷却水》
「当たりだ」
古賀が初めて、はっきり笑った。
「これなら持たせられる」
「十二時間?」
「発電機が他に壊れてなければな」
「嫌な付け足しだな」
「機械は、直した場所の隣が壊れるものだ」
ルークには物流倉庫の設備担当が、同じことを言っていた記憶があった。古い設備は、一か所を直せば終わりではない。次に弱い場所が表へ出る。人間も、組織も似ている




