第四話 灯りを絶やすな
『VRMMO -関東封鎖戦域-』
第四話 灯りを絶やすな
発電機の音は、安心できる音ではなかった。一定の低い振動に、ときおり不規則な咳が混じる。ごとん。ごとん。数十秒ごとに回転が落ち、そのたびに天井の照明がわずかに暗くなる。管理室の端末には、受注したばかりのタスクが表示されていた。
《タスク名:灯りを絶やすな》
《残り時間:11時間52分》
《主目標:第三七号の発電設備を維持する》
《追加目標:負傷者全員を安定状態にする》
「十二時間って、発電機を動かしておくだけじゃないのかよ」
カイトが天井を見上げた。照明がもう一度だけ明滅する。
「動いているようには見えるけど」
「止まりかけている」
ルークは管理端末の前へ立ったまま答えた。画面の施設図は、半分以上が灰色だった。生きている区画は入口室、管理室、医務室、機械室。それから居住区の一部。それ以外は電力不足、回線断絶、あるいは状態不明と表示されている。
《推定発電出力:37%》
《推定負荷:64%》
《燃料残量:測定不能》
《冷却系統:異常》
推定ばかりだった。四十年前の施設設備へ、後付けの管理システムを接続しているらしい。センサーが壊れているのか、EMPの影響が残っているのかも分からない。
「管理責任者」
真壁が医務室の入口から声を掛けた。左腕を固定され、上着の片袖だけを脱いでいる。
「状況は」
「電力が足りません。燃料残量も不明。冷却系統に異常があります」
「直せるか」
「それを調べます」
「直せない場合は」
ルークは一瞬、端末の表示を見た。
「必要な場所だけ残して、順番に電気を切ります」
カイトが振り向く。
「暗くするのか?」
「全部を明るくしたまま止まるよりいい」
タスクの名前は、灯りを絶やすな。だが、すべての灯りを守れとは書かれていない。ルークは施設図へ指を滑らせた。居住区、厨房、洗浄室、倉庫前通路。今すぐ使わない区画を一つずつ選択する。
《区画電源を遮断しますか》
「待て」
古賀が管理室へ入ってきた。濡れた装備を外し、腰へ工具袋を下げている。
「電源を落とす前に、手動扉を開けておいた方がいい。磁気錠まで死ぬ区画がある」
「分かりました。古賀さん、必要な通路を確認してください」
「了解」
「カイトは一緒に」
「俺も?」
「一人で扉を押さえながら確認するより、二人の方が早い」
「銃を撃つより地味だな」
「生き残る仕事は、大半が地味だ」
真壁が短く笑った。
「ようやく分かったか」
カイトは不満そうな顔をしながら、古賀の後を追った。ルークは次に、医務室へ向かった。医務室には四台のベッドしかなかった。負傷者は六人。真壁。意識を失った兵員輸送車の運転手。足首を痛めたセト。脇腹を負傷したルーク。腕を撃たれたプレイヤーと、転倒時に頭を打ったプレイヤー。ベッドを使えない二人は、床へ断熱マットと上着を敷いて横になっている。早瀬の応急ポーチは、ほとんど空だった。使える包帯は残り二つ。止血用の資材が一つ。
鎮痛薬が数回分。簡易固定具。手袋。それだけだ。水は各自の水筒に残った分を合わせても、四リットルに届かない。十一人が飲み、負傷者へ使い、十二時間を過ごすには少なすぎる。
「ルーク」
セトが運転手の隣へ座ったまま呼んだ。
「この人、さっきから何度か目を開けてる。でも、すぐまた寝る」
「呼び掛けには」
「反応はある。名前を聞いたら、矢吹だって言った」
運転手――矢吹は、顔色こそ悪いが呼吸は先ほどより安定していた。ルークは端末を胸のマウントから起こす。閉域網につながってから、PTIDの最低限の機能は戻っている。矢吹の身体へ触れずに、遠隔で何でも診断できるわけではない。だが、真壁班の隊員装備から共有された情報と、医務室の古いセンサーを組み合わせ、状態の変化だけは表示された。
《矢吹和臣》
《状態:危険》
《呼吸状態:改善傾向》
《意識状態:不安定》
《継続観察を推奨》
数字の体力ゲージはない。薬を使えば一瞬で傷が消えることもない。
「さっきより良くなっている。ただし、まだ目を離さない方がいい」
「俺が見るのか?」
「嫌か」
セトは足首を見た。
「嫌っていうか……俺、医療なんて分からない」
「異変を治す必要はない。呼吸や反応が変わったら、すぐ人を呼べばいい」
「それだけ?」
「それだけを続けるのが難しい」
セトは矢吹を見る。輸送車の中では、置いていくべきだと言った相手だ。その人物の呼吸を、今は誰より近くで見ている。
「分かった」
小さな返事だった。
「見る」
ルークは医務室の備品棚を調べた。空になった救急箱。期限表示が消えた薬品容器。破れたシーツ。錆びた器具。使えるものはほとんどない。画面の追加目標には、《負傷者全員を安定状態にする》とある。応急ポーチだけでは足りない。
「スズメに医療品を要求しろ」
真壁が言った。
「すでに必要だと伝えています」
「返事は」
「貸しにすると」
「信用できる相手か」
「分かりません」
「では、信用するな」
真壁は迷いなく言った。
「使える情報は使え。だが、相手が善意で動いていると思うな」
「了解です」
「それと」
真壁の視線がルークの脇腹へ落ちる。
「お前も患者側だ」
「歩けます」
「歩けることと、働かせていいことは別だ」
「今、管理を代われる人がいません」
「だから全部自分でやるのか」
ルークは答えなかった。会社でも、似たことを言われた経験がある。部下へ仕事を任せたつもりで、最後には自分で確認し、自分で直し、自分で残業する。責任者とはそういうものだと思っていた。少なくとも、かつては。
「ルーク」
真壁が言った。
「指揮官が倒れれば、指揮所はなくなる。休めとは言わない。だが、立っている必要のない仕事は座ってやれ」
「……了解しました」
真壁は満足したように目を閉じた。
「ようやく一つ命令を聞いたな」




