8.迷い
騒動が起きた翌日。
ケヴィン皇子に押しかけられる心配もなくなり、オリヴィアは自分の執務室に久々に入ることができた。
椅子に腰かけて、オリヴィアはケヴィン皇子の発言を思い返す。
「私に取り入って中枢に入り込むつもりだったみたいだけど、私に気に入られたら他国出身でも政治に参画できると思ったのかしら?」
エルヴィスは怪訝な顔でオリヴィアを見た。
「お前、気付いてなかったのか?」
「えっ?」
「他国出身者が堂々と内政干渉できるポジションがあるだろ」
「え……なに?」
全く思い付かなくて、オリヴィアが瞬きをする。
呆れたようにため息を吐くと、エルヴィスは淡々と言った。
「王配だよ。女王の伴侶だ」
ドクン、とオリヴィアの心臓が跳ねた。
「おっ……王配?わ、私と結婚するってこと?」
「ああ。それを狙ってたんだろうな。やりすぎて逆効果だったが」
落ち着いているエルヴィスに対して、オリヴィアは狼狽する。
なんだか距離が近いとは思ったが、伴侶の座を狙っていたとは露ほども気付かなかった。
特別な関係になりたいのだろうとは予想がついていたが、まさかそこまで考えていたとは。
「そっか……」
改めて気付かされて、オリヴィアはぽつりと溢す。
「私は女王だから、結婚も政治になるのね」
「……」
政略結婚、という言葉が頭に浮かんだ。
国交を結ぶ手段として取る、王族同士の結婚。
王族には後継問題も絡んでくるので、結婚は非常に大きな交渉材料だ。
エクスカリオン王国は剣が王を選ぶが、王の子がまた王に選ばれることも当然あった。
オリヴィアの子も、剣に触れるチャンスが多いという点で剣に選ばれる可能性は高い。
そうでなくても、現女王であり、さらに若い女性であるオリヴィアの寵愛を受けられれば、長く国政に影響を与えられるであろうことは明らかだった。
それが女王として当たり前のことであり、政治上必要な視点であると分かっていても、オリヴィアの心はずんと沈んだ。
「……恋をして、愛し合って結婚するっていうのは夢のまた夢なのかな」
呟いたあと、オリヴィアはうっかり心の声を口にしてしまったことに気がついた。
(いけない、こんなことを言ってはエルヴィスを困らせるだけなのに。何とか誤魔化さなきゃ……)
「あっ、ごめんなさい。何でも……」
「お前の好きにすればいい」
「……えっ?」
オリヴィアは瞬きをしてエルヴィスを見た。
エルヴィスがすっとオリヴィアに目線を向ける。
その眼差しは真剣だった。
「……どういう意味?」
「そのままの意味だ。好きなやつと恋をして、愛し合って、結婚すればいい。政治のことなんて考えなくてもいい」
「……そんなわけにいかないわ。私は女王だもの。私が本当に好きな人と結婚してしまったら、エクスカリオン王国は重要な交渉武器を一つ失くすのよ。……そんなことできない」
オリヴィアが俯くと、静かな足音の後、そっと肩に大きな手が添えられた。
目の前に、エルヴィスが来ていた。
「何のために俺が……俺たちがいると思ってんだ。女王一人好きに結婚させてやれねー甲斐性なしじゃないぜ。お前が好きなやつと一緒になったからってこの国が滅ぶような、そんなヤワな政治はしない」
青い目が、オリヴィアの紫の目をまっすぐに見ていた。
エルヴィスはしばらく黙っていた。
何かを押し殺すように、一度だけ息を吐く。
「好きなやつと結婚しろ。幸せになれ。あとは任せろ」
その言葉に、オリヴィアの胸が波立った。
嬉しい反面、一抹の寂しさもあった。
エルヴィスの言う「好きなやつ」の中に、エルヴィス自身はいない。
(……私が好きなのは、貴方なのに)
その言葉を深く呑み込んで、オリヴィアは微笑んだ。
「……ありがとう、エルヴィス」
エルヴィスがそっと目を伏せて、静かに笑ったように見えた。
夜。
月明かりだけが照らす玉座の間。
コツ、コツと一人分の靴音が響いた。
足音の主は、玉座に向かって階段を上っていく。
正確には──玉座の隣に据えられている、聖剣に向かっていた。
やがてエクスカリバーの前で足音は止まる。
静かに手が伸ばされた。
柄をその手がゆっくりと掴むが、聖剣は拒まなかった。
手の持ち主は暫し微動だにせず静止したが、小さく息を吐くと、そっと剣に身体を預ける。
「……俺はどうしたらいい。父上……」
エルヴィスの迷いに揺れた呟きは、誰に聞かれることもなく、部屋にぽつりと落ちた。




