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7.襲撃

使節団が帰る日となった。

オリヴィアは内心ホッとしていた。

これでやっと終わる──。


ケヴィン皇子はここ数日、悩みの種だった。

それがなくなると思えば、最後の大仕事も頑張れる。



玉座の間で、使節団の別れの挨拶を聞いていた。

この謁見が終われば、使節団はフラットランド帝国へ帰ることとなる。

滞在中は何かと騒ぎを起こしたケヴィン皇子も、今は大人しく膝を付いていた。


話の最後に、ケヴィン皇子が憐れさを誘う表情でオリヴィアに乞う。


「最後の別れに、握手をしていただけませんか」


……何か狙いがあるのではないかと疑わずにはいられなかった。

だがここは公式の場だ。

妙なことをして困ることになるのはケヴィン皇子のほうだ。

それに、こちらも「最後の握手を拒んだ」と言われては面倒なことになる。


オリヴィアはすっと立ち上がった。

エルヴィスがじっとオリヴィアを見ていたが、ちらりと目で制する。


エルヴィスが心配しているのは分かった。

しかしこれで完了するのだ。

触れたくも触れられたくもなかったが、ほんの一瞬我慢すれば、この使節団訪問は無事に終えられる。


「分かりました」


オリヴィアはそう言うと、玉座前の階段をコツ、コツと一歩ずつ降りていった。

後ろからエルヴィスとサイモンが付いてくる。


ケヴィン皇子の目の前で止まると、オリヴィアは静かに右手を差し出した。


「お元気で」

「ええ……」


ケヴィン皇子が笑顔で答え、自身の右手を差し出す。

顔に貼り付けた、作り物のような笑み。

ケヴィン皇子はその笑顔のまま、握っていた右手を勢いよく振り上げた。


「!」

「陛下!」


何かがオリヴィア目掛けて飛んでくる。

咄嗟のことで動けないオリヴィアを、エルヴィスが覆うようにして庇った。

サイモンが腰の剣を抜き、横に振り抜く。

ケヴィン皇子の手から放たれた何かが、剣に弾きとばされて転がっていった。


コロコロコロ……ドォォン!


壁にぶつかった爆薬が轟音と共に炸裂した。

熱風が頬を打ち、石片が床を跳ねる。

鼻をつく焦げ臭さに、オリヴィアの背筋が凍った。


(爆薬……!?ケヴィン皇子は、爆薬を私に向かって投げたの?)


オリヴィアは愕然とした。

ケヴィン皇子は微笑みを浮かべて、オリヴィアを殺そうとしたのだ。


しかもあの規模だと、もし命中していたら、恐らく皇子自身も被爆していただろう。

自分の身を犠牲にしてでも、オリヴィアを亡き者にしようとしたのだ。


(一体何を考えているの……?)


冷や汗がオリヴィアの額を伝う。


「陛下!」


耳元で聞こえる自分を呼ぶ声にオリヴィアはハッとした。

エルヴィスが険しい顔でこちらを見ている。

今オリヴィアはエルヴィスに抱き締められている形だ。

エルヴィスの顔が近い。


意識したら急に顔が熱くなってきた。

そんなことを考えている場合ではないのに。


「陛下、ご無事ですか?」


エルヴィスはオリヴィアの考えていることなど全く気付いていない様子で、懸命に声を掛けてくる。


「え、ええ。大丈夫よ、大丈夫」

「……」


ブンブンと首を縦に振るオリヴィアに、エルヴィスが小さく息を吐く。

だが次の瞬間には表情を引き締め、硬い声で言った。


「陛下。ご命令を」

「えっ?」

「あそこにいるのは使節団ではなく敵です。排除のご命令を」


──敵。


そうだ。

国家元首を殺そうとしたのだ。

友好国であるはずなどない。

今の状況は、敵国に王城内まで侵入されている形だ。

速やかに拘束し、フラットランド帝国に対して厳重に抗議しなければならない。


すっと、オリヴィアは周囲に目線を向ける。

皆、オリヴィアの一声を待っていた。

数多の視線がオリヴィアに集まる。


目を閉じてすうっと息を吸うと、カッと目を開き、オリヴィアは大声で言った。


「フラットランド帝国使節団を捕縛せよ!」


騎士達がわっと駆け出した。

使節団は衣類の下に隠していた武器を取り出して交戦を始める。


(武器を隠していたなんて……初めから大人しく帰るつもりなんてなかったんだわ)


油断してはならないとは分かっていたが、オリヴィアはどことなく裏切られたような気持ちになる。


「陛下、武器を」


エルヴィスに囁かれ、オリヴィアは腰に手を運ぶ。

万が一に備えレイピアを肌身離さず持つよう、防衛担当のルークに言われていた。

オリヴィアはレイピアを抜き取る。


フラットランド帝国の使節団の一人が、オリヴィアに向かって駆けてきた。

その走り方は外交官のものではなく、鍛えられた騎士のものだ。

まっすぐに剣を構えている。


音もなく、エルヴィスがオリヴィアの前に出た。

エルヴィスが静かに左手を前に出すと、地面がぼこっと盛り上がる。

飛び出てきたのは植物のツルだった。

勢いよく使節団員に向かって伸びていき、あっという間に剣と身体を拘束する。


「もが!」


使節団員は抵抗もむなしく、地面に倒れ込んだ。


「陛下、安全な場所に避難を……」

「行かせねえぞ!」


濁った声で叫ぶのは、ケヴィン皇子だった。

ロングソードを構えて、こちらを睨み付けている。


「ケヴィン皇子……」


オリヴィアがエルヴィスの後ろから一歩前に出て、隣に並んだ。

困惑しながらも、まっすぐにケヴィン皇子を見る。


「貴方の狙いは何なの。数日前までの貴方は、問題はあれど私に気に入られようとしていた」


オリヴィアのいるところに押しかけたり、お茶をしようとしたり、触れたり。

やり方は強引だったが、オリヴィアに気に入られ、果ては『特別な間柄』になろうとしている様子だった。

それが一転、命を奪おうとするとは、行動が支離滅裂である。


「そうさ。あんたと懇ろになって中枢に取り入るつもりだったが上手くいかなかったんでね。作戦変更さ」

「作戦変更……?」

「ああ。手に入れられないのなら消すまで。それが俺のやり方だ」


そう言うと、ケヴィン皇子は走りだし、剣をめちゃくちゃに振り回した。

乱雑で太刀筋が読めない。

だが、実戦を潜った者特有の殺気があった。

エルヴィスが腰の後ろ側に着けていた短剣を抜き取り、応戦する。

魔法のツルもケヴィン皇子を止めようとするが、乱暴な剣の動きに切られていった。


オリヴィアがレイピアを突き出す。


「はっ!」

「おっと!」


だがその突きはケヴィン皇子に避けられた。

ケヴィン皇子はオリヴィアを見てにやりと笑う。


「そんなんじゃ俺は捕まえられないぜ」

「安心して。この程度じゃないわ」


オリヴィアは姿勢を低く構えると、レイピアを素早く何度も繰り出した。

ケヴィン皇子と対照的な、美しく鋭い太刀筋。

ケヴィン皇子はひょいひょいと避けるが、次第に傷が刻まれていく。


「くそっ!」


ぶんっと、ケヴィン皇子が剣を振り回した。

レイピアが横から打たれ、一瞬オリヴィアの手を離れそうになる。


(危ない!)


何とか握り直したが、それが隙となった。


「はっは!脇がお留守だぜえ!」

「しまっ……」


ケヴィン皇子が踏み込んで剣を横薙ぎにしようとする。

だが、それはできなかった。

ケヴィン皇子の足元と肘の辺りに草のツルが張られていた。

これ以上踏み込むことも腕を動かすことも不可能だ。


「……チッ」


ケヴィン皇子が一歩後ろに引く。

その瞬間を、オリヴィアは逃さなかった。


「ふっ!」


激しいレイピアの突きの連撃。

ツルで上手く動けないケヴィン皇子はその攻撃を受けきれない。

たまらず、この場を引こうと後ろに飛んだときだった。


「!?う、うわあ!」


ケヴィン皇子の足が何かに捕らわれ、宙吊りになった。

見ると、足を縛り上げていたのは植物のツル。

エルヴィスがケヴィン皇子の気付かぬうちに、罠を敷いていたのだ。


「こ、この、卑怯だぞ!」

「貴方に言われたくはありませんね」


エルヴィスが新たに出した植物のツルで、ケヴィン皇子の武器を奪い取る。


「陛下。使節団は全員拘束しました」


その時、サイモンが駆け寄りオリヴィアに報告した。

見ると、使節団員たちは気絶したり武器を奪われて縛られたりと、無力化されているようだ。


「全員地下牢に入れておいて」

「はっ」


サイモンの指揮のもと、ケヴィン皇子と使節団は連行されていった。


「はあ……」


オリヴィアはため息を吐く。

なんだかどっと疲れた。


「お怪我はありませんか、陛下」


エルヴィスの眼差しに、オリヴィアは微笑んで答えた。


「大丈夫よ、ありがとう。エルヴィスは?」

「私も無事です」

「そう、良かった」


オリヴィアはぽす、とエルヴィスの肩にもたれ掛かる。

女王に相応しくない振る舞いだと注意されるかと思ったが、エルヴィスは何も言わなかった。


「……お疲れでしょう。部屋に戻りましょう」

「うん」


オリヴィアは返事をするとエルヴィスの肩から頭を離し、エルヴィスと共に歩いていった。

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