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5.侵入

玉座の間。

玉座の左右後方には、右笏サイモンと左珠エルヴィスが控えていた。

正面、段差の下ではフラットランド帝国使者、ケヴィン第三皇子が礼をとっている。


「顔を上げてください」


オリヴィアが言うと、ケヴィン皇子はすっと顔を上げた。

優雅な笑みを浮かべている。

だが、どこか歪で作り物くさい。


「遠路遥々来てくださってありがとうございます」


オリヴィアが声をかけると、ケヴィン皇子は嬉しそうに微笑んだ。


「いえ。こうしてお会いできて光栄の極みです、女王陛下。この度はご即位おめでとうございます。ささやかながら祝いの品をお持ち致しました」


ケヴィン皇子が後ろを示すと、多くの財物が運ばれてくる。

食器に反物、香炉など種類は多岐に渡るようだ。

何だか量が過剰なようにも思える。


「後程、ゆっくり見させていただきます。数日の間、どうかごゆるりとお過ごしください」

「お心遣い感謝致します。願わくは、滞在中城の中を見せていただいてもよろしいでしょうか。ここに来るまでの間にも素晴らしい庭園を拝見しまして、この美しさを目に焼き付けておきたいのです」


オリヴィアはちらりとエルヴィスを見る。

エルヴィスは二度瞬きしたあと、小さく頷いた。

オリヴィアがケヴィン皇子に答える。


「構いませんよ。案内をつけましょう。立ち入り禁止の場所もございますので、それはご容赦ください」

「勿論です。ありがとうございます」


ケヴィン皇子は深く礼をとった。

皇子率いる使節団は、侍従の案内のもと、玉座の間を去っていった。


◇◇◇


「城の中を見せても良かったの?」


オリヴィアの執務室に戻ったあと、オリヴィアがエルヴィスに尋ねる。


「下手に隠すほうが後から騒ぎ立てられて面倒だ。『見せられないのは戦争準備をしているからか』なんて言われても厄介だからな。案内も付けたし、おかしな所には連れていかないはずだ。まあ、だいじょ……」


その時だった。

執務室の前から、オリヴィアの部屋の前を守っている騎士とケヴィン皇子と思われる声が聞こえてくる。

かなり大声だ。


「ですから、なりません!ここには部外者は立ち入りできな……」

「おお、なんと!私は女王陛下から見学の許可をいただいたと言うのに。私を部外者だと言うのか?」

「ですから、陛下も仰ったはずです。立ち入り禁止のところもあると!」


最後に聞こえたのは案内係の声だ。

ケヴィン皇子を制止しきれなかったらしい。


「……」


エルヴィスが眉間に深い皺を作った。


「……案内係が押さえきれなかったみたいね。どうしよう?」

「……こうなったら仕方ねえ」


深いため息を吐いて、エルヴィスはエスコートするため、オリヴィアに手を差し出した。


◇◇◇


キイ……。

執務室のドアが開く。

ドアの前にいた面々はハッとそちらを見た。


出てきたのは、女王であるオリヴィアと、側近エルヴィス。

エルヴィスがオリヴィアをエスコートする形で、ドアを開けたようだ。


「陛下!」

「女王陛下!」


騎士と案内係がすぐさま頭を下げる。

ケヴィン皇子だけが、優雅に微笑んでいた。


「オリヴィア女王陛下!まさかこんなところでお会いできるとは。偶然とは嬉しいものですね」

「そうですね、ケヴィン皇子。偶然にもこの部屋は私の執務室なのです。申し訳ないのですが立ち入りはできません」

「おお、そうでしたか。それは失礼致しました。でもせっかくここまで来たのですから、お茶でもいただけませんか?」


エルヴィスが表情だけは整えたまま、心の中で悪態をつく。

──何て図々しい。


根が優しいこの女王は、押しに弱いところがある。

この皇子を室内に入れないためにオリヴィアに部屋を出てもらったのは苦肉の策だったが、それでも通じないのなら、自分がはっきり言うしかない。

エルヴィスが口を開いた。


「僭越ながら、皇子殿下。我が国の元首の執務室は国家機密です。貴国でもそうなのでは?貴方のためにわざわざ女王陛下が部屋をお出になったのです。どうかこの先はご容赦いただきますよう」


エルヴィスが言うと、ケヴィン皇子は優雅な微笑みのまま答えた。


「臣下風情が誰に向かって口を聞いている?お前に話す許可は出していない。慎め」


皆、驚きに目を丸くした。

エルヴィスだけが、ポーカーフェイスの下で笑っていた。

──それがてめえの本性か。


オリヴィアが口を開いた。


「……それでは私からもう一度言わせていただきます。この先は立ち入り禁止ですので、お控えください」


ケヴィン皇子は大げさに残念がって見せた。


「おお、それでは仕方ないですね。分かりました。今度はぜひ入れていただけることをお待ちしています」


(今度も何も立ち入り禁止だって言ってんだろ)


エルヴィスは心の中だけで罵った。



案内係に導かれてケヴィン皇子が去ったあと、オリヴィアははあっと息を吐いた。


「はあ……困ったわね。エルヴィス、すぐにルークとアランを呼んで」

「かしこまりました。対応を相談しないといけませんね」


エルヴィスは近くの侍従に二人を呼ぶよう言付けると、オリヴィアと共に執務室の中に戻っていく。

執務室に響く雨の音は、エルヴィスがドアを閉めるとパタリと聞こえなくなった。

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