4.来訪
収穫祭後。
「お久しぶりです、ダニエル様」
「こちらこそ。お会いできて嬉しいです、デボラ様」
ベイリー家屋敷。
『四宝』の一つ、『杯』の一族フォーサイス家当主デボラと向き合うのは、同じく『四宝』の『指輪』の一族、ベイリー家当主のダニエル・ベイリーだった。
ダニエルは眼鏡を掛けた神経質そうな男だ。
事前伺いもそこそこに屋敷を訪ねてきたデボラを迎えると、ダニエルは、財政を司るベイリー家らしく、細かい表情で口を開いた。
「それで、どうされたのですか?何か緊急の用件ですかな?」
「ええ。ちょっとお伺いしたいことがあって」
デボラが扇を開いて口元を隠し、小声で話した。
「『左珠』のエルヴィス様のことですわ」
「エルヴィス様がどうされたのです」
ダニエルも小声で答えながら、首を捻る。
エルヴィスは貴族でこそないものの、頭の切れる若者で、女王への忠誠心も高く見える。
かなり腕も立つとの噂で、欠点らしい欠点が見当たらない男だが、何か問題でもあったのだろうか。
デボラはキョロキョロと辺りを見回すと、一層声を潜めて言った。
「……我々がずっと探していた、あのお方に似ていませんこと」
その言葉に、ダニエルはハッと目を見開いた。
「……あのお方に?まさかあのお方だと仰るのですか」
「そうではないかとわたくし思いますの」
「いや……そんなまさか。あのお方は亡くなったはずだ」
ダニエルは目を伏せる。
生きていればと願ったことは数知れず、だが所詮儚い願いだと分かっていた。
デボラは負けじと言った。
「エルヴィス様のお顔を見ましたこと?金髪に碧眼でしたわ」
「金髪碧眼自体は珍しいものではないでしょう」
「もう!結構でございます」
話に乗ってこないダニエルにデボラは機嫌を悪くしたようで、帰り支度を始める。
「お待ちください。デボラ様だって……記憶にあるでしょう。晒し首にされた中にあの方の首もあった」
「信じていますの?あの首は偽物ですわ。影の首ですわよ」
「デボラ様……。貴女こそ、信じたいものを信じすぎているのでは」
「急に押し掛けてきて申し訳ございませんでした。失礼致しますわ」
デボラはさっさと踵を返して、出ていってしまった。
ダニエルは頭を抱えた。
「あの方が……生きてるだって?そんなバカな……」
広い部屋に、ダニエルの呟きだけが静かに落ちた。
◇◇◇
「来てくれてありがとう、ルークにアラン」
「とんでもございません、陛下」
「お会いできて光栄です、陛下」
オリヴィアに頭を下げるのは、『四宝』の当主二人だった。
防衛を司る『腕輪』のガルシア家、ルーク。
隻眼の、がたいがいい武人らしい男だ。
外交を司る『鏡』のロバーツ家、アラン。
策士らしく、頭の切れそうな印象である。
アランは『右笏』のサイモンの父親でもあった。
湯気の漂う紅茶を静かに置いて、オリヴィアが説明する。
「この度、フラットランド帝国から新女王即位の祝いの使者が来ることになったわ。二人にはそれを迎え入れる準備をしてほしいと考えているの」
「フラットランド帝国から、ですか?」
ルークが隻眼を細める。
すうっと部屋の温度が下がった。
「あの国は信用なりません。数年前まで、かの国の国境線でどれだけの血が流れたことか。今でこそ大人しいですが、本性を忘れてはなりませんぞ」
憤るルークに、アランが同調する。
「それに今というのも気になりますね。陛下が即位してから三ヶ月くらい経ちます。祝いの使者を送るには少々遅いのでは」
目を細め、疑わしげに眉をひそめた。
二人とも快く思っていない様子だ。
「ええ、それを心配してお二人を呼んだのですよ」
重い雰囲気の中、軽い調子で答えるのはサイモンだった。
「何事もなく使者を迎え入れ、何事もなく帰っていただく……そのための備えをしていただきたいのです」
「……言うのは簡単ですがね」
ルークが渋い顔をする。
「難しいのは分かっているわ。でもこの国がやっと落ち着いたと示す良い機会だと思うの。なんとか力を貸していただけないかしら」
「それは勿論です、陛下」
オリヴィアの言葉に、ルークが慌てて答えた。
軽く言うサイモンに苦言を申したつもりが、女王に言った形になってしまったことに狼狽した。
目を細めたままのアランがオリヴィアに言った。
「フラットランド帝国は怪しい国ではありますが、これ見よがしに武装してはあちらも面白くないでしょう。陛下の護衛はどうなさるおつもりですか」
「エルヴィスかサイモンが必ず傍についているようにするつもりよ」
今度はアランが渋面を作った。
とんとん、と右手の指で左腕の肘を叩く。
「エルヴィス様は問題ないでしょうが……うちの愚息はどうだか。陛下、どうかエルヴィス様を常に傍からお離しになりませんよう」
「父上、少しは私を信用してくださいよ」
サイモンが困ったような声で抗議した。
それを放置して、冷静にエルヴィスが告げる。
「使者の来訪は一ヶ月後です。急いで準備せねばなりません。急で申し訳ありませんが、お二人には二週間以内に計画を立てて陛下に報告していただきたいと思います。必要なものがあれば用意致します」
「かしこまりました」
重臣二人がそろって返事をした。
(一ヶ月後か……私も気を引き締めないと)
オリヴィアは、手に持った帝国紋章付きの書簡を机に置くと、未来を見やるようにそっと窓を見た。
ぽつりと、雨が降ってきていた。




