3.収穫祭
収穫祭当日。
朝から城下町は賑わっていて、人々の楽しそうな声が聞こえていた。
昼にもなれば、あちこちからいい匂いが漂ってくる。
元首としての開祭の宣言を終えたあと、一通りの業務を終えたオリヴィアは、昼過ぎ、町娘の姿をして城下に来ていた。
隣には同じように町人に変装したエルヴィスがいる。
地方の子爵令嬢だったオリヴィアは、王都の祭りは初めてで、辺りの光景に目を輝かせた。
「わ~、すごい!屋台がたくさんね、エルヴィス!」
「ああ。迷子になるなよ」
「子どもじゃないんだからなりません!」
オリヴィアはぷくっと頬を膨らませる。
だがすぐに屋台の食べ物に目移りして、無邪気にはしゃぐ。
焼けた肉の脂の匂いに、香辛料の刺激が混じって漂ってくる。
「あれ美味しそう、エルヴィス!」
「見てみるか」
二人は、焼いた肉を棒に刺して売っている屋台に近寄っていった。
人混みの熱気の中、屋台を何ヵ所か回り、オリヴィアは満足げだ。
屋台をいくつも回る頃には、オリヴィアの両手は食べ物でいっぱいだった。
見かねてエルヴィスが片手の袋を受け取ると、「ありがとう」とオリヴィアは言った。
広場に無料で解放されているテーブルと椅子があるので二人でそこへ向かうと、特設ステージでダンサーのグループによるダンスが行われていた。
結構人も集まっているようだ。
「……良かった。皆楽しんでいるみたい」
オリヴィアが呟くと、エルヴィスが真面目な顔で言う。
「お前が何日もウンウン唸って考えたんだ。楽しいに決まってんだろ」
その言葉に、オリヴィアの胸が高鳴った。
唸り続けている自分を傍で支えてくれたこの人が、自分の努力を認めてくれる発言をしてくれたことが堪らなく嬉しかった。
オリヴィアは何となく目を逸らす。
椅子に座ると、テーブルの上に買った食べ物を広げた。
エルヴィスが眉をしかめる。
「こんなに食えんのかよお前」
「食べるわ。でもエルヴィスも食べて。エルヴィスの分も入ってるから」
「そうなのか」
エルヴィスが使い捨てのフォークを手に取って、近くにあった魚のフライに刺す。
オリヴィアも肉の揚げ物をフォークで取って食べた。
衣がサクッとしていて、噛むと肉汁が溢れてくる。
香辛料が効いていて、ジューシーなのに爽やかだ。
「美味しい!エルヴィスもこれ食べる?」
「ああ」
エルヴィスの返事を受けて、オリヴィアがいそいそと用意をする。
容器ごとエルヴィスの方に差し出そうとして、オリヴィアはあることを思い付いた。
持っていたフォークで肉をぷすっと刺すと、それをエルヴィスの方に向ける。
「はい、あーん」
「……」
エルヴィスが、目を見開いて固まっていた。
その時間はどれくらいだっただろうか。
数秒が数分に感じる。
無言のまま動かない彼を見て、オリヴィアは首を傾げる。
そして暫くして、気がついた。
(……もしかして、これってすごく恥ずかしい?)
そう思うと一気に羞恥心が吹き出してきた。
カーッと顔が熱くなる。
自分は一体何をやっているのだろう。
こんな……破廉恥な。
さっと目線を下に逸らした。
エルヴィスに怒られたって仕方がない。
いや、呆れているかも。
それなら怒られたほうがマシだ。
「ご、ごめんなさい、冗談よ、アハハ……」
慌てて手を引っ込めようとした時。
エルヴィスが、口を開けた。
かぷ、と歯で齧り付く。
そのまま器用にフォークから抜き取ると、口に入れて咀嚼し始めた。
「……」
今度はオリヴィアのほうが呆然とする番だった。
エルヴィスがごくりと飲み込む。
「……冗談だって?」
「え、あ、えっと」
「人がどうしようか真剣に考えてるときにお前……」
(し、真剣に考えてたの?)
オリヴィアの顔が一瞬で真っ赤になる。
「ごめんなさい」
消え入るような声で言うと、エルヴィスはわざとらしい口調で言った。
「私以外にはしないようにお願いしますよ、陛下」
「え」
「するつもりか?お前」
エルヴィスがぎろりとオリヴィアを見る。
「いえっ、滅相もございません!」
即答しながら、オリヴィアの心臓がバクバクと音を立てる。
(エルヴィス……まさかそれって……独占欲?)
『独占欲』を持っていることの意味を考えて、オリヴィアはごくりと唾を飲み込む。
オリヴィアの返事を受けて、エルヴィスはさらりと言った。
「それでいい。サイモンにでもやってみろ、すぐに広まるぞ」
(あ……そういう意味か……)
ほっとしたような残念なような、オリヴィアは複雑な気持ちになった。
期待した自分が恥ずかしくて、オリヴィアは視線を落とす。
話題を逸らしたくて、オリヴィアは慌てて口を開いた。
「私、王都のお祭り初めてだから来られて良かったわ。ありがとう」
「いや」
「エルヴィスは来たことある?」
「まーな。昔何回か」
その言葉にオリヴィアは反応した。
「そうなの?昔王都に住んでたの?」
オリヴィアは、エルヴィスが十年前に魔王に家族を皆殺しにされて、自身は奴隷にされたことしか知らなかった。
エルヴィスはさっと目を伏せる。
「ああ」
それ以上、エルヴィスは自分の過去について語らなかった。
オリヴィアも気になったが、深く尋ねることはしなかった。
夜。
まだ熱気冷めやらぬ町の空に、大きな花火が咲く。
大きな音が腹の底まで響くようだ。
キラキラと七色の光が夜空を彩る。
「すごい、綺麗!」
「ああ」
興奮したオリヴィアがエルヴィスに顔を向けると、エルヴィスは空ではなくオリヴィアを見ていた。
「エルヴィス?」
オリヴィアが戸惑って声を掛けると、エルヴィスは静かな眼差しでオリヴィアを見つめた。
「楽しかったか、今日」
エルヴィスの問いに、オリヴィアは満面の笑みで答える。
「ええ、とっても!」
すると、エルヴィスはふっと微笑んだ。
今日見た中で、一番優しい表情だった。
「それなら、良かった」
オリヴィアの胸が波打つ。
(どうして……?どうしてそんな表情をするの?どうしてそんな顔で私を見つめるの……?)
オリヴィアの頬に熱が上る。
大きく弾けた花火が、二人の横顔を照らした。




