2.灯火
「栄光あるオリヴィア女王陛下に謁見致します」
オリヴィアの執務室。
女王であるオリヴィアの前でカーテシーをしているのは、『四宝』の一つであるフォーサイス家の当主、デボラ・フォーサイスだ。
小麦色の豊かな髪が肩で揺れている。
「ご挨拶ありがとう。楽にして、デボラ」
オリヴィアが声を掛けると、デボラは微笑んで顔を上げた。
即位直後、オリヴィアは歳上のデボラを『さん』を付けて呼び、敬語を遣って話したので、その場でエルヴィスに咳払いで止められ、後でたっぷり叱られた。
それ以来オリヴィアは、臣下に『女王らしく』振る舞うように注意していた。
「こうして陛下にご挨拶するのは久しぶりですわね。間が空いてしまって申し訳ございません」
「いいのよ。魔族の脅威がなくなって農業に力を入れ始めたから、デボラも忙しいでしょう。何と言ったって、農林水産業を司る『杯』のフォーサイス家当主だもの」
「お心遣い、痛み入りますわ。しかし聖剣に連なる神器を受け継ぐ四名門の一つですもの。泣き言は言っていられません」
感謝の言葉を述べたあと、デボラはふと視線をオリヴィアの背後に向ける。
その先にいたのはエルヴィス。
デボラは一瞬、ハッと目を見開いた。
エルヴィスは、オリヴィアに屈んで声を掛けた。
「陛下、失礼致します。デボラ様にご挨拶する許可を頂けますか」
「勿論よ。エルヴィスはデボラに会うのは初めてだったかしら?」
「はい。なかなか機会に恵まれず」
エルヴィスは顔を上げると、デボラにお辞儀をした。
「初めてご挨拶申し上げます。左珠のエルヴィス・フォスターと申します」
「ご挨拶ありがとうございます。フォーサイス家当主、デボラ・フォーサイスです」
カーテシーを返しながら、デボラはじっとエルヴィスの顔を見つめた。
「……何か?」
エルヴィスが探るような目で、見つめ返して尋ねる。
デボラは視線を外さないままゆっくりと首を横に振ると、やがて、そっと目を伏せた。
「……何でもありませんわ」
オリヴィアはこのやり取りに首を傾げたが、深く考えないことにした。
「さて、デボラ。貴女に来てもらったのは他でもない、収穫祭のことなの」
「ええ、存じておりますわ。先代王の時代以来、実に十年ぶりのことですわね。皆も楽しみにしていることでしょう」
「ええ。できる限り盛大に行いたいと思っているのだけど、デボラたちも忙しいでしょう?どの程度の規模で、どのようなことができるか相談したかったの」
収穫祭は毎年秋に行われる行事だ。
その年の収穫への感謝と、来年の豊穣を願って祭りを行う。
しかし十年前に先代王が魔王に殺されて以来、収穫祭に限らず行事全般が行われていなかった。
これが人生で初めての祭りになる者も多いだろう。
「町中を飾り付けて、屋台を出すことはできますわ。ただ食料は足りているところとそうでないところがありますから、盛大には難しいかもしれません」
「国庫からの援助も厳しいわよね、エルヴィス?」
「そうですね。去年まで魔王に虐げられていましたから、今年は税を大幅に下げました。祭りの援助は国庫の解放ではなく、労働力の提供などにしたほうが良いかと存じます」
三人はしばらく意見を出し合った。
収穫祭の大まかな形が決まったところで、この日の会議はお開きとなった。
夜。
手元を照らす灯りだけを付けて、オリヴィアは頬杖をつく。
(私にできること、他にもあるかしら……)
紙に思い付くままに案を書いてみるが、うまくまとまらない。
その時、ノックの音が聞こえた。
返事をすると、顔を覗かせたのはエルヴィスだった。
エルヴィスは静かにドアを閉めると、オリヴィアに向き合う。
「もう寝ろ」
二人きりなので荒っぽい口調だ。
「気になって眠れないの」
「そう言って、お前また寝不足になるぞ」
「そうなんだけど……」
唇を尖らせるオリヴィアに、エルヴィスがため息を吐いた。
ちらりとオリヴィアの手元を覗く。
「……なにで悩んでんだよ」
「あのね、祭りで暴動が起きないか心配だったの。復興に地域差があるから、どうしても格差が生まれるでしょう?余剰分を一度王城に集めて再分配とかも考えたけど、大がかりになっちゃうし……。どうしよう」
「いいんじゃねーの。まだ時間はある。それか、既に数字は上がってるから、王城じゃなくて直接少ないところに運ばせてもいいかもな」
「なるほど!そしたらここはこっちに運んで……これはこっちにして……。大道芸人やダンサーの出し物も考えてたから、その人たちにも一緒に移動してもらいましょう!」
「まとまったんなら寝ろ」
「あう!」
エルヴィスに頭からブランケットを掛けられる。
暖かい。
いつの間にか冷えていたようだ。
「ありがとう、エルヴィス」
ブランケットから顔を出すと、エルヴィスは「別に」と言ってふいと目線を逸らした。
ふと、良いことを思い付いてオリヴィアは口を開いた。
「そうだ。ねえエルヴィス、収穫祭のとき、一緒にお祭りに行きましょう」
「は?視察か?」
「そう!女王たるもの、国民が楽しく祭りを行えているか確認しなければ」
オリヴィアのわざとらしい口調に、エルヴィスは片眉を上げる。
「そう言ってお前が参加してーだけだろ」
「うっ!」
オリヴィアはさっと目を逸らすが、誤魔化しきれていない。
エルヴィスは軽く息を吐いて、頭をかきながら言った。
「分かったよ。お忍びで行きてーんだろ。準備しとく」
「……!ありがとう、エルヴィス!」
ブランケットを肩に掛けたままオリヴィアは喜んだ。
歌でも歌いだしそうな勢いだ。
「だから早く寝ろ」
呆れたように、エルヴィスは同じ言葉を繰り返した。




