表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
47/48

プロローグ

悲鳴が聞こえる。

壁の崩れる音も、爆発の音も。

土煙が舞って何も見えない。

焦げた臭いが鼻を刺す。

激しい動悸がする。


「坊っちゃん、こちらに!」


近くでジョセフの焦った声がする。

ぐいっと手を引っ張られた。

痛いくらい強い力だった。

何が起きているのか分からない。

ただ、怖かった。


「お父さんとお母さんは?」


ひどく幼い声だった。

自分の声なのに、今聞くと他人のものみたいだ。

見上げた先のジョセフは、苦悶に表情を歪めた。


「……後から来られます」


嘘だった。

今なら分かる。

あれは子供を逃がすための、優しい嘘だった。


だがあの時は、それを信じた。

燃える王城内の廊下。

手を引かれる。

走る。

息が苦しい。


「お兄ちゃんとお姉ちゃんも?」

「ええ、皆さん後から来ますよ」


言いながらジョセフは一室に入り、壁のある部分を押す。

すると、隠し階段が現れた。

俺の手を引いて中に入ると、ジョセフは取り付けられた取っ手を回して壁を戻す。

この階段がバレないようにするためだろう。


ジョセフはしゃがんで周りの土を手に取ると、それを俺の髪に擦り付けた。


「申し訳ありません。しかしその美しい金髪は目立つ。安全な所にたどり着くまで、髪は汚しておいてください」


俺は何もできず、されるがままだった。


階段は長くて、永遠に続くように思えた。

足がもつれそうになる。

拍動が苦しい。


ようやく外に出たとき、冷たい空気が肺に刺さった。

あの時は分からなかったが、後から思えば、あそこは橋の影になる裏門だった。

ジョセフの言う通りにしゃがみながら橋の影を伝い、正門側へ向かう。

魔族が暴れる声、民の悲鳴が聞こえてきて、身が震える。


正門前のバルコニー。

父上と母上は、さっきまであそこにいた。

ジョセフは俺を連れて隠れながら正門にたどり着き……そして息を呑んだ。


「坊っちゃん、見てはいけません!」


だが遅かった。

俺は見てしまった。

正門に何かが吊るされているのを。


最初は、何なのか分からなかった。

風に揺れたそれを見て、俺の思考は止まった。

金色の髪。

母が着けていた耳飾り。

──首だった。

父上、母上、兄上、姉上。

そして、自分の影武者。


頭が真っ白になった。

何が起こったのか分からなかった。


「お父さん……?」

「いけません!」


近寄ろうとする俺を、ジョセフが引き留める。


「誰だ!」


そのとき、魔族の怒鳴り声がした。


「……まずい」


ジョセフが俺を自分の身体に隠した。

そして小声で囁く。


「いいですか、坊っちゃん。名前を聞かれたら『エルヴィス』と名乗ってください。フェリックスの名は言ってはなりません」


俺は困惑した。

フェリックスは父がくれた俺の名前だ。

捨てる意味が分からない。

でも……ジョセフの目が本気だった。

俺は黙って、こくりと頷く。

だが一つだけ、気になったことを聞いた。


「何で『エルヴィス』なの?」


ジョセフは、少し間を置いて、小さく笑った。

今思えば、少し悲しげだったような気もする。


「……孫ができたらそう名付けようと思っていたのです。『エルヴィス』は賢いという意味の、良い名前なのですよ」


ジョセフに息子がいたことを知ったのは、ずっと後のことだった。

しかも、その息子はもうこの世にいなかった。

あのとき彼が俺に託した名前が、どれほど重いものだったのか──その頃の俺は、まだ知らなかった。

そして、この喪失が、どれ程深い傷として自分自身に刻まれたのかも。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ