19.指輪
「エルヴィス」
執務室の中、業務に当たっているエルヴィスに、オリヴィアが小声で話しかけた。
穏やかな昼下がり、サイモンは外回りに出ていて、室内には二人きりだった。
エルヴィスがそっと羽根ペンを置く。
「何だ」
「セシリアさんからこれが届いたの」
オリヴィアが差し出したのは……小さなジュエリーボックス二つ。
エルヴィスはすぐにピンときた。
「……婚約指輪か」
「うん。開けてみましょう」
「ああ」
二人で中央の大きなテーブルに移動して、互いに一つずつ箱を開ける。
エルヴィスが開けた箱の中の指輪はブルージルコン、オリヴィアの手の中の指輪はルビーのものだった。
エルヴィスはその青に目を奪われた。
オリヴィアは「エルヴィスの目の色の石を」と希望してこれを選んだ。
オリヴィアに……自分の目は、こんな風に見えているのか。
静かな海を閉じ込めたような石は、光を反射して輝いている。
オリヴィアもまた、赤い宝石から目を離せずにいた。
この石とオリヴィアを見比べて微笑んだエルヴィスの顔が思い起こされる。
石の体現する「愛と情熱、太陽」というイメージがぴったりだと言っていたが、やはり思い出すと恥ずかしくなる。
照れを隠しながら、オリヴィアは言った。
「あ、あら、反対だったわね。交換しましょう」
エルヴィスにルビーの指輪を差し出すが、エルヴィスは受け取らない。
オリヴィアが首を傾げると、エルヴィスが顔を上げて言った。
「この指輪……俺からお前に嵌めさせてほしい」
オリヴィアが目を見開いた。
結婚式のように互いの指に嵌めるなんてロマンチックだ。
エルヴィスからそう言ってくれたことが嬉しくて、オリヴィアの頬が僅かに赤く染まる。
「ええ……いいわ、勿論。貴方の指輪も私に嵌めさせて」
「ああ」
エルヴィスがブルージルコンの指輪をケースから取り出す。
そして、オリヴィアの左手を取った。
トクン、とオリヴィアの胸が高鳴る。
指輪を嵌めるだけなのに、堪らなく緊張した。
彼の熱が指先から伝わってくる。
自分の心臓の音も、彼の指に伝わってしまいそうだった。
するりと、指輪が薬指に収まる。
オリヴィアは、指輪が嵌まった自分の指を、暫し見ていた。
彼の瞳が、自分の指で輝いている。
リングは細く華奢なデザインで、オリヴィアの細い指に似合っていた。
オリヴィアがそっと視線を上げる。
見上げた先、エルヴィスは……満足そうに微笑んでいた。
オリヴィアの心臓が震える。
「ど、どうしたの?」
思わず声に出してしまっていた。
「何がだ」
「だ、だって……笑ってたから……」
顔を赤くして言うと、エルヴィスは手を自分の顔に当てて数秒黙っていた。
もしかして無意識だったのだろうか。
やがて、ぽつりと呟くように言った。
「……お前の指に、俺の婚約者だという印がついているのはいいもんだなと思っていた」
オリヴィアはごくりと喉を鳴らした。
彼の独占欲に熱が上がる。
普段そんなことを口にしないエルヴィスだからこそ、胸の奥がじんわり熱くなった。
嬉しいのに、恥ずかしくて、落ち着かない。
誤魔化すようにルビーの指輪を手に取る。
「エルヴィス、左手出して。指輪を嵌めるわ」
「ああ」
エルヴィスが大人しく左手を差し出す。
「……自分の指に、私の婚約者だという印がつくのはどう?」
ちょっといたずらっぽく言うと、
「最高だ」
とエルヴィスが無表情のまま即答したので、オリヴィアは何も言えなくなった。
さっきから顔が火照って暑い。
(もう、どうして私ばっかり?)
そんなことを考えながら、ルビーの指輪をエルヴィスの左手薬指に近づける。
緊張して手が震えた。
だが何とか、指輪を嵌めることができた。
オリヴィアがふう、と息を吐くと、エルヴィスがじっと自分の指を見つめた。
エルヴィスのリングは少し太めに作ってあった。
彼の筋肉質な指に、そのデザインが映えていた。
エルヴィスの口元が、ほんの少し緩んでいる。
……オリヴィアが自分の指を見つめていたときと、同じようなことを考えているのだろうか。
気を取り直すようにして、オリヴィアが言った。
「これで、婚約者同士だって周りに示せるようになったわね」
「ああ。……嬉しい」
オリヴィアがばっと両手で自分の顔を覆う。
「もう!どうしたのエルヴィス!?」
「何がだ」
「普段そういうこと言わないじゃない!」
「言ったらまずいのか」
「まずくないけど……!」
両手で覆ったまま、オリヴィアが俯く。
「……照れちゃう。嬉しくて」
その言葉に、エルヴィスは僅かに目を見開くと、ふいと視線を逸らして鼻の頭を掻いた。
「……大切なことは言っておかないとと思ってな。お前に言われたから。……だがもう止める」
「えっどうして?」
オリヴィアがぱっと手を離して困惑顔で尋ねると、エルヴィスが顔をしかめた。
頬が、赤くなっていた。
「……恥ずかしいからだ」
オリヴィアは、ふふ、と声を出して笑った。
「私は聞きたいわ。もっと言って」
「嫌だ」
「お願い」
「断る」
穏やかな空気の流れる執務室を、窓からの日差しが優しく照らしていた。
第二部 完




